第18話

「えっ?」


 何を言っているのか分からない。

 凶器の切っ先を向けて殺気をプンプンに醸し出していたヘンテコ女が何か言ってやがる。


「だから。……橋の下でのことは謝る。ちょっと言い過ぎた」

「ナイフを突き立てておいてちょっとって、おまえ……」

「……ご、ごめん。その、あの時はいろいろあって気が立っていたから」


 目を合わせてはくれないものの、青島の声音は本当に申し訳なさそうなものではあった。

 はたして彼女のこの謝罪を俺は信じてもいいのだろうか。

 隙を見てナイフで斬りかかってきたりしないだろうな。


「無関係の一般人に手を出すわけない。あれだけ強く言えばわたしには近づかないと思った。……でも、また話しかけてくれたから、謝らなきゃと思って。……ごめんなさい」

「……いや、別にいいよ。許せないほど怒ってるわけでもない。ただ……まぁ、凶器だったり電気ショックの魔術だったりは、金輪際ご勘弁願いたいところかな」

「うっ……」


 痛いところを突かれて俯く青島。ちょっといじりすぎたか。

 とはいえ俺もナイフで脅された立場なのだから、これぐらいのことは大目に見てもらいたい。

 

「とりあえず今日は優勝目指して一緒にがんばろうぜ、青島」

「……うん。よろしく、如月」


 少し顔に近づき耳打ちするようにそう告げてから、俺たちはお互いに少し距離を取ってから試合のコートへ入場していった。

 自然と俺への君付けが外れたが、そもそも俺も彼女にさん付けしていなかったので、そうされて当然だ。距離が縮まったと考えれば悪くない。

 あっちに本気の敵意がないことが判明したのなら、俺としても彼女に必要以上の警戒心を抱くことはない。

 クラスメイトたちに隠れながら最後尾で会話をしていたわけだが、こうしてコミュニケーションを取ってみて分かったのは、青島もそれなりに普通の感性を持った女子だという事実である。

 それを知って安心できた。

 橋の下で発生したあのイベントを『必要なことだった』とクールに割り切るのではなく、あのときは言い過ぎたと謝罪してくれるような、そういった普通の良心自体は兼ね備えてくれていたようだ。

 そうだよな。

 あんまり仲良くない相手に対しての殺害宣言はぜんぜん普通じゃないもんな。

 明らかにいろんな情報を把握していますよ面しているあの飄々とした天宮後輩よりも、学校内であればいちクラスメイトとして普通に応対してくれる青島のほうが、俺個人としては信用できる人物な気がする。

 少なくとも”ヒナミ”にならなければ、青島は普通にただ席が隣なだけのクラスメイトだ。

 氷のナイフで迫ってきた件に関しては……そこは、ほら、気が立ってたらしいし。

 いまも隠蔽工作をしながら殺し合いを続けてるような、ちょっとばかり複雑な事情をお持ちのご家庭に身を置いているのであれば、あぁも警戒心が高まった状態になってしまうのも無理はない。

 もし俺が彼女の一族の敵対勢力に属する魔術師であった場合、冗談抜きにあの橋の下で命の奪い合いが発生していたのだ。

 はたから見れば異常な警戒心も、魔術師の観点から考察すればむしろ褒められるべき自衛本能だったのだ──ということにして一旦納得しておこう。


「あっ」


 ボーっとしていた。

 試合中にもかかわらず呆けていた俺が未だに生き残っているのは、前線で暴れまわってる運動部こと中嶋くんのおかげだろうか。

 相手のチームはなかなかの強豪なようで、こっちのコート内の人数は中嶋と俺を含めても既に五人以下だ。

 

「えい」


 そこで外野にいた青島が、不意をついてポコンとボールをあてて戻ってきた。

 優勢という状況に胡坐をかいて油断していたあちらのチームの一人を屠った少女が戻ってきたことで、こちらの士気も若干上昇した様子が見受けられる。

 すごく空気が熱いというか、みんなスポーツ漫画のキャラみたいな雰囲気だ。


「サンキュー青島! うおおぉ負けらんねぇぜ!!」


 中嶋くん盛り上がりすぎじゃない?


「わ、わ……」


 対して戻ってきた青島となぜか生き残ってしまっている俺はボールをよけるので精いっぱいだ。

 今回のドッジボールは二球でおこなっているため、片方に気を取られているとすぐに逝きかねない。

 

「如月、うしろ」

「え? うおぉっ」


 基本的にはどんくさい俺と、いつも眠たげで機敏に動くタイプではない青島。

 しかし二人で協力し合っていると不思議とうまく立ち回ることができた。

 派手な活躍こそしないものの、当たらずにコートに残り続けてボールを外野に供給する役割はそれなりに良さげなポジションだ。

 加えて、早い動きをしているわけではないが、とにかく青島の動体視力が凄まじい。

 誰が誰にボールを渡すのか、攻撃なのか仲間へのパスなのか、そういった相手の次の行動をほぼ確実に読み取っている。

 これも魔術師という常に戦場に身を置く立場であるが故なのかもしれない。

 

「……あっ」


 だが、学校行事で警戒心をマックスにするほど擦り切れた感性をしているわけでもないようで、彼女の真後ろでボールをキャッチした外野に狙いを定められてしまった。

 

「あぶねっ」


 ──で、投げられたボールから彼女をかばったのは俺だった。

 別にカッコいいかばい方でもなんでもなく、右手を差し出して青島にあたる前に俺の指先に当てただけだ。


「…………」

「いってぇ……わりー中嶋、あたったわ」

「おけ! 外野の右端からあの男子ねらっといて、油断してっから!」

「了解です」


 そのまま外野へ転がっていき、指示通り右端で待機。

 ……しかし、俺が活躍する機会はついぞ訪れず。

 野球部所属のパワーを存分に生かした中嶋と運動部数人の奮闘により、Bチームは見事勝利を収めたのだった。

 クラスメイトたちは勝利を祝いあい、すぐさまみんな揃ってAチームのほうの試合を観戦しにいく。

 そんな仲良し集団に交じって俺も──と言いたいところだったが、そうは問屋が卸さなかった。


「如月」


 体育館の外にある水道へ向かおうとしていたところを後ろから青島に呼び止められた。

 少しだけいやな予感を覚えながら振り返ってみたが、青島の瞳の色はいつもの金色。

 ヒナミに変わっているわけではなかったようだ。


「どうした」

「……その怪我。わたしをかばったときに、ボールで突き指したんでしょ」


 カッコつけて隠してたのにバレた。


「そうだけど……いやまあ、水で冷やしときゃ治るから」

「怪我の自己判断はよくないと思う。先生には言っておいたから、一緒に保健室いこう」

「……わかった。サンキュな」

「わたしのせいでもあるから、気にしないで」


 先生に報告がいっているのなら逃げ道はないので、おとなしく保健室まで行くことにする。

 そこでようやく気がついたのは、遠くにいるチームの男子何人かに怪訝な表情で見られてることだった。

 クラスの中で特にかわいいと思う女子って誰? という質問をされた場合ほとんどの男子に名前を呼ばれるような顔面偏差値高めの女子が、クラスの中でも特に目立ってなくてドッジボールでも大した活躍をしていない陰気な男子に構ってる光景は、さぞ不思議なものとして映っているのだろう。

 正直いって俺も驚いている。

 だが──それはそれとして。


「……なに、じっと見つめて」

「いや、わるい何でもない」

「……?」


 たとえ後でほかの男子に『おまえ青島のこと好きなのか~?』と小学生のような煽りをされるとしても、彼女の瞳を念入りに確認する必要があった。

 俺には俺の事情があるのだ。

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