第11話
「先輩、こういうゲームはプレイしたことありますか?」
対面する形で席に着いてから差しだされたのはスマートフォンだった。
どうやら画面に映っているものを確認しろという意味らしい。
おそるおそる手に取ってみてわかったのは、映っているものがとあるゲームの実況動画ということだった。
「……学園恋愛ADV?」
それはとあるノベルゲーム。
残念ながらそのタイトル自体は遊んだことのないゲームだったが、種類としては非常に似通ったものをプレイした覚えがある。
「ギャルゲー、って呼ばれてる類のものですね」
「まぁ……何回かやったことはあるよ。どういうものなのかはだいたい把握してる」
「よかった、それなら話が早いです」
なんで唐突に女子からギャルゲーのプレイ画面を見せられてんだ俺は。
もっとシリアスに語り始めると思って身構えていたのに。
「じゃ、これを見ていただけますか」
そういって彼女が机に広げたのは、なにやら様々な文字が書きなぐられた台紙だった。
一見すると地図のような見た目だが、そこには”Aルート”だの”ここで世界逆行”だの、地図に書いてあるはずがない意味不明な単語が散見される。
天宮はそこに四つのちいさい指人形を置いてから口を開いた。
「あの、わかりやすく説明するために比喩表現を多めに使いますけど、あながち間違いでもないんで怒らないでくださいね」
「教えてもらってる立場で文句なんか言えないから安心してくれ」
天宮が何度も確認を取ってくる理由は、俺が入室の前後まで青島のことでイラついていたからだろう。
あの時はさすがに俺も態度が悪かった。下手な言い訳はせず心の中で反省しておこう。八つ当たりはみっともない。
「では。──まず、ゲームには主人公が必要ですよね。これからこの高校で発生する一つの物語をゲームと仮定すると、先輩はそれの主人公ということになります」
地図、ないしルート表の起点となる一番下の円の中に、俺を模した指人形を設置する天宮。
「主人公がいるなら当然ヒロインもいます。それがこの三人」
次に三つの指人形が置かれた。
まずは赤色の指人形。
続いて青色、最後に黄色。
「……これが赤嶺と青島なのはわかる。だが、この黄色の指人形はなんなんだ? もしかして──」
「あっ、いえ。私じゃないですよ」
めっちゃキッパリと切り捨てられてしまった。
「私はヒロインじゃなくてサブキャラですからね。指人形があるのはメインの四人だけなんです」
「じゃあ誰なんだこいつ」
少なくとも黄色がイメージカラーの知り合いはいない。
「如月先生──あぁ、いえ、スズちゃん先生です」
「…………聞き間違いか? お前の言った如月とスズって文字列が組み合わさった名前の人物……俺、一人しか心当たりがないんだが」
「それで合ってますよ。黄色の指人形は如月スズさんのことです」
ヒロインの話してたのにいとこ出てきちゃったよ……。
「……茶髪だぞ、あの人」
「魔術を行使するとき──本気を出すときは金髪になるんですよ、スズちゃん先生」
どっかの戦闘民族だったの俺のいとこ?
ていうか他に聞くべきことが山ほどあるだろう。髪色にこだわってる場合じゃないぞ。
「なんで先生呼び?」
「二週間後、つまり五月の十一日に美術の外部講師としてうちの高校に来るんです。で、生徒からの要望が多くて、指導の仕方もすんごい上手だったって教師の間でも評判になって、わりと頻繁にこの高校へ通うことになるんですね」
「……イラストレーターなのは知ってたけど、外部講師を任されるレベルだったのか」
知らなかった一面を知ったわけだが、不思議とあまりうれしくない。
未来を知っている少女から聞いたせいなのだろうか。
なんというか、スズさんのこれからの行動を先読みするのは、本来まだ知ってはならない情報をズルして手に入れている気分だ。それにスパイスとして罪悪感が少々。
ヒロイン──であるらしい──という扱いを従姉が受けているのは割と心にくる。
俺、自分を拾ってくれた恩人であり形式上唯一の家族であるあの人と高校でラブコメするのか……。
「話を戻しますよ。先輩が主人公でこの三人がヒロイン、ってところまでは把握できました?」
「不本意ながら」
普通なら信じていけない話だが俺は既に信じられないような
この少女の話を鵜呑みにしすぎるのも危ないが、それと同じくらい情報を信じてこれからの対策を講じるための柔軟な思考も必要となってくるのだ。
信じ難いことでも頭ごなしに否定するだけでは話が前に進まない。
「よかった、では続きを」
お茶を舐めるように嗜みつつ、彼女の動かす地図を注視する。
大切なことを見落として困るのはほかでもない俺だ。今日中に全部頭の中に叩き込むぞ。
「八月の中旬に開催予定の夏祭りがあるんですけど、そこまでがいわゆる共通ルートです。さくら先輩、ヒナミさん、スズちゃん先生の三人と遠すぎず近すぎずな距離感で接していくわけですね」
「……三人と? 彼女たちに共通点があるようには見えないが」
「フッ」
鼻で笑われた。なんだよ。
「共通点なんか先輩のことに決まってるでしょ。最初に言ったじゃないですか、あなたは主人公なんだって」
「むず痒い……いやだな、他人から主人公って呼ばれるの」
「そこは我慢ですよ、先輩」
両親を失って一週間が経過したころ、まるで自分を悲劇の主人公のように認識していた時期があった。
だが、アレも結局は虚しいだけだった。
自分を主人公として扱うのは一種の逃避だとその時に結論を出した──のだが、まさか他人から『あなたは主人公です』だなんて念を押される日がこようとは。
変な気分だ。
なんだかとても落ち着かない。
「まず最初は先輩と私で手品同好会って集まりを発足させたんです。で、そこからさくら先輩とヒナミさんが参加して、最後にスズちゃん先生が外部コーチになって手品部に昇格。名義上は別の先生が顧問ですけど、基本的にはこの五人とスズちゃん先生に会うのが目的でたまに来る中嶋先輩の計六人で過ごすことになります」
……ちょっと聞き捨てならないことが。
「手品?」
「はい、手品です。さっき先輩にも見せましたね」
「なんで手品……?」
手品で知っているのはスズさんに教えてもらったトランプのアレだけだ。
というかそもそも手品が特別好きってわけでもないし。
なのになんで同好会まで創ってるんだ。俺の知らない俺の考えが全く分からない。
「発足の理由は……まぁ、正直くだらないことなんで省きますけど、結果的には魔術のカモフラージュをするには丁度いいってことになったんですよ。不思議な現象を目撃されても『これはマジックだ』と言い張ればなんとかなりますから」
出た。
ついに出やがった、魔術の野郎が。
俺の悩みの種の中心であり、かつ俺の命を脅かす元凶ともいえる魔術。
にしても、急に出てきたな。
ここまでの話には影も形もなかったのに。
「ネタバレしますけど、さくら先輩とヒナミさんは魔術師の家系なんです。先輩が魔術を知ったきっかけは、まぁ端的に言うとあの二人の事情に巻き込まれたからですね。同じ理由でスズちゃん先生も魔術を学ぶことになります」
あえて何も言わずにジッと天宮を見つめると、彼女は察して苦笑いした。
「魔術と魔術師に関しては……その、額面通りに受け取ってもらって構いません。魔術はいわゆるファンタジーな不思議ぱわ~。魔術師はそれを行使する人の総称です」
「……青島はライサスがどうとか、近づいたら命はないとか言ってたがアレは?」
「魔術師って同族嫌悪がマジやばなんですよ。先輩がた二人は仲良しなんですけど、お家のほうは逆にバッチバチでして。人気のない場所で魔術の打ち合いをしたり、それで怪我人や最悪死傷者も出るんですけど、タチの悪いことに彼ら隠蔽工作が得意中の得意なんで、警察沙汰にもならないんですよね」
公権力に頼れないから自衛に努めるしかない──そういう意味で青島は俺に警告したのかもしれない。
だとしても殺すなんてワードは一般人に対して物騒すぎると思うが。仮にもクラスメイトだというのに。
「……あいつらの素性と俺がこれから経験するであろう道筋のことはだいたいわかった」
ギャルゲーを例えに出された時点で予想できた内容ではある。
だが、俺が一番知りたいのはそこではない。
「教えてくれ。今の状況──あいつらの妙な言動の正体が知りたいんだ」
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