第10話
「はい、宣言してください」
「……クローバーの四だ」
「オープンっ。……わっ、当たりました。やったぁ」
憩いの場であったはずの空き教室で、初めて出会った後輩の女子になぜかトランプの手品を見せてもらっているこの現状は一体どういうことなのか。
なんでこんな事になっている。
というかどうしてスズさんがやってたこの手品を知ってるのだろうか。
「……これ、誰に教えてもらったんだ」
「え? ……あー、秘密です。手品は隠し事が大事ですからね」
「いや、タネは俺も知ってるんだが」
「はいはい、どうでもいいことは一旦置いときましょ。先輩はもっと大変なことになってるんですから」
最初に手品を見せてきたのはそっちだろうに。
俺が何を口にしても余裕を崩す雰囲気が感じられない彼女はさっさとトランプを片付けてこちらと向き合った。
なんとなくだが、既にわかる。
こいつの飄々とした態度は今の俺じゃ改めさせることはできない。
出会い頭に言ってきた『おおむねの事情は把握している』というセリフからもわかる通り、俺と彼女では情報量のアドバンテージ格差が大きすぎるのだ。
少し生意気な後輩に対して先輩としてマウントを取りたい気持ちは確かにあるものの、ここはグッと堪えなければ。
凶器を持ったクラスメイトに詰め寄られてもなんとか平静を保った俺ならできるはずだ。さっそくあのときの経験を活かすとき。
心の中で深呼吸しよう。
すぅー、はあ。
ひっひっふぅ。
……深呼吸ってコレで合ってたっけ。
「──では、改めまして。私は一年の
ぺこり、と。
腰を折って会釈してきた彼女に対して、喉元まで出かかった他に言うことあるだろ的な文句をなんとか飲み込み、俺も改めて自己紹介をすることにした。
こういった挨拶は全ての対話の基本だ。
そこを疎かにしてはならない。
知りたいことやこちらを見透かしたような態度が気にかかっていても、間違いなく彼女とは初対面なのだから。
「もう知ってると思うけど、如月大我だ。よろしく……と言いたいところなんだが、ひとついいかな」
「ええ、なんでしょうか」
「……きみは俺の味方、って認識で合ってるのか?」
意味のない質問だということは自覚している。
味方であれば俺に都合のいいように振る舞ってくれるし、味方を装った敵だとしてもあからさまな敵意は示さずこちらの警戒を解こうとしてくるだろう。
どちらにしてもこの質問で得られる情報はない。
必ず優しい、もしくは慣れ親しんだような態度で接してくるのはわかっている。
それでも、俺はこの質問をせずにはいられなかった。
冷静に見えるのはポーカーフェイスを保ったつもりの顔面だけで、俺の内心は彼女と出会ったときからずっと困惑の連続だ。
無意味な質問を投げかけてしまうのもしょうがないと思う。
近づいたら殺すとか物騒なセリフを吐いていた女が自ら寄ってくるこの味方無しの地獄のような環境で、自分の身を守れるのは自分だけ。
怪しげな情報をいくつも掴んでいて、なおかつ初対面から"久しぶり"だなんて言いかけるヤバい奴まで現れたのなら、生産性のない質問をしてでも慎重になりすぎるのは至極当然の反応なのだ。
なめんなよ、俺は普通にトラブルに弱い一般人だぞ。事がスムーズに進むと思ったら大間違いだからな。
「……まぁ、それが当然の反応ですよね。こっちばかり余裕をかましてすみませんでした」
「お、おう……」
「先輩からすれば今は頭の中ぐっちゃぐちゃですもの。ちゃんと順を追って説明させていただきますね」
ビビった。意外とこっちの意を汲んでくれそうな反応だ。
赤嶺といい青島といい、知人ヅラしてくる美少女たちはみんな俺の懊悩をまったくと言っていいほど感じ取ってくれなかったせいか、彼女のこの反応は大変に新鮮だ。
「あ、そうだ。とりあえず先に一つ、先輩にお願いがあります」
「……?」
「なんでそんなことをお前が知ってるんだ、という疑問はグーっとこらえてほしいです。私が現状を把握している理由は一番最後にお話ししますので。まずは先輩が置かれてる状況から説明させていただいてもよろしいですか」
「……わかった。余計な質問はしない」
こちらが訝しむのを予想した上での提案に、やはり俺はまた驚いてしまっていた。
なんというか──接しやすい。
別にこんなことで信用しただとか心を許しただとか、そんなチョロい人間では断じてないが。
比較対象があの赤青の二人なのだから、相対的に良く見えてしまうのはしょうがないことだ。
「お茶淹れましょうか?」
「別に……いや、やっぱいただくわ」
「はーい、お待ちくださいねぇ」
赤嶺が勝手に持ち込んだ電気ポットを当然のように使ってお茶を二つ用意する天宮。
気が利くのはありがたいことなのだが、あぁも自室みたいに慣れ親しんだ様子でこの教室の設備を使われると、俺としてはやはり警戒せざるを得ない心境に陥ってしまうのであった。
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