第9話

翌日。

 なんだかまっすぐ帰る気分になれない俺は、きっとおそらく誰もいないであろう、誰もいないで下さいと願うあの空き教室へと向かっていた。


 昨日の行動で確かに得たものはあった。

 案内図なしで見知らぬ街を散策するようなターンは終わりを迎え、新情報によって間違いなく事は進展した。

 魔術はファンタジーではなく、オカルト文化でもなく、信じがたいことだが実在している──その事実は大きな収穫だった。

 さすがに目の前で氷のナイフを生成されたら俺とて信じざるを得ない。

 いや、もう、本当に信じ難いことではあるのだが。

 そこは深く考えてもしょうがないので、不本意ながら受け入れた。

 ──だが『殺す』というセリフは納得がいかない。 

 マジで憤懣やるかたない。

 何がかかわったら殺すだ。下校前に校門で俺を待ち構えてるのはお前のほうだろうが。

 恐怖より苛つきのほうが勝ってしまって、昨日からずっと不機嫌だ。

 今日の授業中だって教科書忘れたとかのたまって机と肩をくっつけてきやがったし、なんなら朝なんて家の前で待機していたくらいだ。

 あなた昨日言ってたことと本日の行動が一致してませんよ。

 これ、赤嶺の逆パターンで青島が急に”昨日の青島”に戻ったら、俺が悪いって思われて殺されるんじゃ──ゾッとする。

 両親の車の後部座席に乗っていたあの日と同じか、もしくはそれ以上の死の恐怖を感じる。

 橋の下での青島の殺意は本物だった。

 別に修羅場を潜り抜けたわけではないから偽物と本物を正確に区別できる人間ではないけども、確実に殺気は向けられていたと思う。

 だってめちゃくちゃ怖かったし──と、そんな小学生並の感想しか出てこない程度には、俺の頭の中の関心が青島に埋め尽くされている。

 赤嶺といい青島といい、俺の情緒を乱すことに長けすぎているだろ。そろそろいい加減にしてほしい。


「──あ?」


 ガラガラ。

 空き教室の扉を開く。

 そしたら見知らぬ少女が一人。


「……ん? あら、おひさし──あいや、初めましてか」

「…………」


 紺のブレザーの下にクリーム色のパーカーを着込んだそのポニテ少女は、手元でトランプをいじりながら、顔だけこちらに向けて優しく微笑む。



「初めまして、如月大我先輩。あなたの現在抱えてる事情をおおむね把握している後輩こと、天宮千鶴です!」



 ──また変なのが出た。

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