第7話



 急いで外出したのは何を隠そう単に頭を冷やすためである。

 魔術についての仮定を考えるよりも先に、見落としているものはないかと確認するための、いわば脳内情報の整理の時間であった。

 自室に籠っていては見えてこない部分もある。

 個人的には頭を抱えて悩むより、思考しながら体を動かしている時のほうが落ち着いて物事を見ることができるため、考え事がまとまらないときはこうして外出するのが癖になっているのだ。

 思い返せば病院で両親の安らかな寝顔を目の当たりにしたときも、その場で涙を流す前に建物を飛び出していた。

 ……まぁ、アレに関しては子供みたいに泣き喚けばよかったのか、それとも大人のようにグッと堪えるのが正しかったのか、今でもその答えは出ていない。 

 あの日の俺は半泣きで街中をほっつき歩く不審者と化していたため、いつもの癖で飛び出したアレはあまり褒められた行動ではなかったのだろう。

 大粒の涙を流して泣いてしまえばスッキリしたかもしれないし、静かに耐えれば自然と心に区切りがついていたかもしれない。 

 どちらを取ることもなく、またどちらも中途半端に取ってしまったがために、今の俺みたいな半端者が出来上がってしまったのだ。

 しかし、それはそれ、これはこれ。

 両親のことをいつまでも引っ張って心に闇を抱えたシリアス主人公ごっこをしている暇など俺にはない。

 とにかくいまは赤嶺の──


「……雨か」


 コンビニで買い物を終えると、見計らったかのように大粒の雨が降り始めた。

 小雨なら走って帰るところだがそうは問屋が卸さないらしく、広がった雨雲はあっという間に街を土砂降りで覆い隠してしまった。

 本降りか通り雨かわからないが、できればあんまんが冷める前に帰宅したい。

 善は急げということでビニール傘を買い、早々にコンビニを立った。別にあそこに長居したいわけでもない。

 まるでバケツをひっくり返したような大雨に辟易しつつ帰路につく──その途中で。

 大きな川をつなぐ橋に差し掛かった。

 そして見つけた。

 見つけてしまった。

 あの橋の下で雨宿りをしている、見慣れた水色髪の少女を。

 青島ヒナミだ。

 衝撃のカミングアウトをしたあの日の言葉は嘘ではなかったようで、彼女は正しく帰り道に指さした橋の下で雨宿りをしている。

 

 そうだ。

 思い出した。見落としていたものを再確認できた。

 俺が忘れていたのは青島ヒナミの案件だ。 

 彼女もまた俺と近しい距離感で接してきた女子であり、また”魔術”を口にした存在でもあった。

 赤嶺の衝撃ですっかり記憶の彼方へ忘却してしまっていたが、ハッキリ言えば青島は赤嶺と全く同じ条件の相手なのだ。

 赤と青、どちらか一方の面倒ごとを解決するだけでは事態の収束は測れない。

 魔術などという意味不明なワードを口にし、俺を大我と呼んで演技とは思えないほどの馴れ馴れしい態度で接触してくる女子は二人。

 

「──青島」


 今後の自分のためにも放っておいてはならない存在。

 そう再認識できたからこそ、俺は勇気を出して彼女のそばへ出向くことができたのかもしれない。

 今日の赤嶺のときのように逃げてはいけない。

 まだ未判明の部分は数多あるが、後に回して後悔するのは自分自身だ。

 夏休みの宿題は最後にやるタイプだったがジョブチェンジするチャンスともいえる。

 いま最も俺が欲しているのは、彼女たちの現在抱えている都合と魔術についてであり、つまり情報だ。

 多少危険を冒してでも──得なければならない。

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