第6話
赤嶺に体調不良を訴え、中嶋には謝り倒して高校から走り去った俺は、まっすぐに帰宅して自室に閉じこもった。
考える時間が欲しかった。
人間、本当に恐怖する対象を目の前にすると叫ぶでも恐れるでもなく、口を噤んで逃げてしまうのだなと知った。
もうホラー映画の登場人物たちを茶化すことはできない。
たぶん、最初に脱落するタイプの一番ダサい逃げ方を俺はしてしまった。
そんなモブAこと俺はベッドに座り込み、殺風景な部屋の中で一人困惑に耽っている。
今日再会した段階で確かに予兆はあった。
最初とぼけていると思った赤嶺は、冗談抜きに初対面かのような対応をとってきていたのに、それを無理やり演技だと解釈した俺が間違っていたのかもしれない。
彼女には何かがある。
それがなんなのかは判断しかねるが、俺の想像を超えた何かが赤嶺の身に降り注いでいるのは間違いない。
なにより一番の問題は"それ"が俺を標的としていることだ。
初対面同士の一般的なやりとりをした数十秒後に、馴れ馴れしいなんて言葉じゃ片付けられないほどの距離感で接してくるおかしな女なのだ。
自己紹介だって苗字の如月しか教えなかったのに豹変した赤嶺は俺を大我と呼んできた。あの場で俺の知らない間に妙な現象が発生したのは明らかだ。
まてよ。
赤嶺あいつ、もしかして薬か何かをやってんじゃないのか?
ああいった記憶の混濁や人格の変貌はヤベェ薬物を服用してる人間の特徴だと考えれば妥当だ。
さすがに生でクスリやってるやつを目撃したことはないものの、おおよその予測を組み立てることはさして難しくない。
危ない薬物を服用した人間がどうなるのかなど、中学の頃に嫌というほど授業で聞かされているのだ。副作用の症状ならだいたい把握している。
そうだ、病院でも調べてみようか。親に隠したいのなら最悪俺が付き添ってやってもいい。
「……いや」
かぶりを振った。
思考が土壺にはまってる気がする。
本当にあいつは薬なんかやっているのだろうか。
自分を納得させるために思ってもいないような仮説を組み立てているだけじゃないのか。
一旦落ち着いて冷静に考えるべきだ。
あいつは”魔術”に関してあーだこーだと口にしていた。
そこに関連する何かが彼女の中で発生していて、それゆえに俺への態度が変貌していたりしたんじゃ──我ながら突拍子もない話をしている自覚はあるのだが、そこしかヒントがないのもまた事実だ。
実際に催眠術が原因で発生した殺人事件も存在するのだし、魔術という分野を軽視しすぎるのも危うい。
オカルトをバカにしているだけでは話が進展しないのだ。
魔術というファンタジーが実在するかどうかはともかくとして、魔術という名のなにかしらの文化があるのかは調べる価値があるように思う。
催眠術のように、はたから見れば鼻で笑えるが突き詰めれば真に効力を発揮する、半分ファンタジーみたいな分野は現実にもそこそこあるのだから。
あの少女が口にした魔術とは、なにも手から火を放出したり宙に浮かんだりする非現実的なものなどではなくて、他人に『そうだ』と半強制的に認識させる人心掌握術である可能性も大いに存在する。
赤嶺の様子から察するに──もう一つの人格、とか。
あの女が望んでそれを受け入れていたり、ハリウッドスター顔負けのスーパー演技うまうま役者だったりした場合は対処の選択肢が狭められてしまうが、ここは自分の精神の自衛のためにもポジティブに考えていこう。
場合によっては落胆による心のダメージが増える可能性もあるけども、それらは一旦無視していく方向で。
まずは行動を起こさないと──
「た、大我くん? 帰ってるの?」
机の上のパソコンを開こうとしたその時、部屋のドアがノックされた。
まずい、忘れていた。
そういえば挨拶もせずに部屋へ飛び込んで、そのままずっと脳内で一人会議してたんだった。
咄嗟に横の置時計を見ると、帰宅から既に約二時間が経過している。窓の外も夕焼けから宵闇に移り変わっていた。
すぐに席を立ち、自室の扉を開く。
「ごめんなさい、スズさん。自室じゃないとやれない急ぎの用事があって」
「そうだったんだ……あ、邪魔してごめんね?」
「いや、もう終わったから。俺ちょっとコンビニ行ってくるけど、なにか買ってくるものありますか」
少々不自然な対応だということはわかっているが、それでも魔術云々と馬鹿正直に事情を話すよりかは幾分かマシだろう。
親を亡くし、転校してまだ一週間──そんな状態でオカルトに傾倒していると思われてしまったら、きっとやんわり精神科の受診を勧められてしまうに違いない。
多少の違和感は必要経費だ。
その後なんともなければ深く追及されることもあるまい。
「あ、えっと……じゃあ単三の電池を買ってきてくれるかな。テレビのリモコンの電池、そろそろ変え時だから」
「はい。じゃあ行ってきます」
「気をつけてね。遅くなるようなら──」
「連絡、ですよね? 大丈夫、わかってます」
「う、うん。いってらっしゃい……」
若干歯切れの悪いスズさんを背に急ぎ足で自宅を出ていく。
今の俺に対して不安を抱く気持ちはわかるが、スズさんが思っているような思い詰め方はしていないので安心してほしい。
そんな気持ちを分かりやすく伝える手段はないものか、と考えたあたりで一つ思い至った。
コンビニのあんまんでも買って帰ろう。
好物が同じということもあってか、俺が知っているスズさんの数少ない貴重なプライベート情報だ。
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