第4話


「実はわたしね、このまえマジックを覚えたの。試しに見てみてくれる?」

「マジック……魔術?」

「えっ? ふ、普通の手品だけど……」


 よかった。もしスズさんまでオカルトにハマってたらと思うとゾっとする。

 にしても……手品か。

 どうしてまた急にそんなものを──なんてことを質問する前に、いつの間にか彼女はトランプを用意していた。


「これはいま開けたばっかりのトランプです。種も仕掛けもありません。じゃ、これをシャッフルしてくれるかな」

「……これでいいですか」

「ん、おっけ。そしたらこの中から好きなカードを一枚引いて?」


 言われるがまま山札から引いたのはハートの四。

 

「確認したらわたしに見せないままこの中に戻して、またシャッフルしてね」


 ここでマジックを見破るべきか、それとも素直に受け取るべきなのか。

 ……そもそも初見じゃ見抜けないか。

 とりあえず何も考えず、指示通りにシャッフルしてスズさんにデッキを手渡した。


「ふふふ……そしたらこの中から一枚、わたしが裏向きのまま引きます。……なるほど」

「……?」

「それじゃあ大我くんが引いたカードを宣言してね」

「えっと、ハートの四です」

「オープン!」


 俺が宣言した瞬間、彼女は引いたカードの表面を俺に見せてきた。

 それは間違いなく──ハートの四のカード。

 素直に驚いた。

 

「……すごいですね、スズさん。ちゃんと当たってます」

「やった、ちゃんと当たった~。えへへ、やってみるもんだね」


 聖女のような眩しい笑顔でトランプを片付けると、傍らに置いてあったバッグの中から未使用のトランプを取り出し、俺に差し出してくる。


「えっ?」

「……大我くん、まだ転校してきたばかりでしょう? わたしも高校のころに転校したことあるから、最初は馴染めない気持ちもわかるんだ」


 だから、と一拍置いて。


「このマジックで話題……とまではいかないだろうけど、関心を持ってもらうきっかけにはなると思うの。……どうかな?」

「…………なる、ほど」

 

 こちらの様子を窺うように差し出してきたトランプを、俺はゆっくりと受け取ってカバンの中にしまった。

 俺に友達がいないことなど、スズさんにはお見通しだった──ということか。

 赤嶺と青島に関しては意味不明というか、正直ただの困惑の元でしかなかったから、スズさんには友人ができた報告や、高校生活の楽しそうな雰囲気を伝えることがなかった。

 それで逆に彼女は察してくれたのかもしれない。

 コミュ力おばけに見える彼女にも、俺と同じように人間関係で悩める時期があったのだ。

 だから俺の事情をすぐに察知し、改善の要因にできそうなマジックを覚えて、俺に見せてくれた。

 気乗りしていなかった俺ですら多少は驚いて面白くなったことから鑑みるに、楽しいことを探し続けている多感な時期の学生に対してのアプローチでマジックをおこなうというのは、案外的確な答えなのかもしれない。 


「──ありがとうございます、スズさん。俺もこれ、覚えたいです」

「っ! ……そっか。そっかぁ……! じゃっ、この開封済みのほうで練習しよ、大我くん」

「はい、お願いします」

「えへへ……じ、実はね、シャッフルする前に──」


 俺がこの家に越してきてから、ようやく拝むことができたスズさんの愛想笑い以外の初めての笑顔。

 マジックはもちろんだが、俺にとっては普通の人間とのコミュニケーションの取り方を思い出させてくれた彼女のやさしさが、なによりもうれしい収穫だった。

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