第2話
「大我。いっしょに帰る」
「…………」
──問題は一つだけではなかった。
なんとか地獄の昼休みを乗り越え、眠くなるような授業も終えて駐輪場から自転車を動かし校門へ向かう途中の俺の前に立ちふさがったのは、赤嶺より幾分か小柄な体系の、ミディアムボブの水色髪が目を引く同学年の少女だった。
眠そうなジト目を崩すことなく、突然突っかかってきた彼女の名は──
「青島……」
「? なんで苗字」
「…………ヒナミ」
「んっ」
青島ヒナミ。
彼女もまた赤嶺のように身に覚えのない事情で俺に”当たり前”を押し付けてくる謎の少女だ。
かわいいとは思う。
赤嶺に負けず劣らずの美少女だと思う。
小柄な体形が庇護欲をそそるし、いつも眠そうで無気力だがコミュニケーション能力は高く、誰とでも同じ──というかかなり近めな距離感で接する彼女もまた、男子を勘違いさせるタイプの女子だということは、同じクラスということもあって既に把握している。
……で、例に漏れず俺は彼女と名前で呼び合うほど親しい間柄になった記憶も、そのきっかけとなったイベントもなにひとつ覚えていない。
覚えてないというか存在しない。
なにしろ転校してきたのは先週だぞ。
しかも基本的にひとりでいたし、なんなら会話をしてくれた生徒の顔はわりと覚えている。
でも、こいつも赤嶺も俺と一週間で仲良くなるような行事は何もおこなっていない。
故にわからない。
あまりにも不可解すぎるぞ、この状況は。
「また二人乗りして、速度上昇の魔術つかう?」
「…………危ないからやめようって話、前にしなかったか」
「そうだった」
俺のセリフは完全なる適当な返事だったのだが、どうやら彼女の記憶にはしっかりと該当する部分があったらしい。
とりあえず、二人乗りはまだわかる。
俺が自転車で青島が歩きだから。
仮にそういう仲だったとしたら、二ケツなんてやっていたところで不思議ではない。
わかりやすい仲良しの証拠みたいなものだろう。
問題はそのあと──速度上昇の魔術とかいう不思議ワードだ。
なんだ速度上昇の魔術って。
赤嶺も魔術とか口走ってたが、もしかして二人ともオカルトに傾倒しすぎて魔術などというファンタジーを本当に信じちゃったのか。
転校したばかりで二人の女子からまるで深い仲の友人のような扱いをされていることも忘れてはならないが、それと同じくらい魔術というワードも気にしたほうがいいと思う。
もし二人が怪しい新興宗教とか変なオカルト文化に精神を侵されているのだとしたら、さすがに見て見ぬふりはできない。
俺が救う──となるほど熱くはなれないが、助け舟ぐらいは出してやれないものだろうか。
……自分の私生活で手一杯なヤツがなにいってんだって感じだな。冷静になろう。
「あっ」
自転車を押しながら彼女の隣を歩いていると、青島が何かに気がついたような声を上げた。
今いる場所は河川敷だ。遠くに大きな川の上をつなぐ橋が見える。
「どうした」
「あそこ、今日は人がいるんだね」
「……確かに、橋の下でゴミ拾いしてるおじさんがいるな」
青島が指さしたのは河川敷の橋の下。
別に何の変哲もない光景に思えるが、どうして彼女は反応したのだろうか。
「わたしたちの雨宿りスポット、とられちゃった。人除けの魔術、時間経過で解けちゃったのかな」
どうやら彼女の頭の中では、俺とあそこで雨をしのいだ記憶があるらしいが、またまた魔術ができやがった。
コレはいま考えても答えの出ない問題だし、魔術に関しては一旦無視を決め込む方向でいこう。
しかしそれにしても、雨宿りなんてどこでしても同じだろうに、どうしてわざわざ人除けまで。
まさかあんなただの橋の下に思い入れでもあったりするのか?
「別にいいだろ。俺たちだけの場所ってわけでもないんだし」
「……あそこはわたしたちの避難場所。なにかあったときは、いつもあそこに集合する。前にそう言って術式を敷いてくれたのは大我のほう」
こいつの記憶の中の俺なにしてんの……。
公共の場所を私有化しようとするなんて、どこまで横暴な奴なんだ。
ていうか俺も魔術が使える設定なのかよ。
オカルト話は無視しようと決めていたのに、いちいち関心を引いてくるのが厄介だな。早めにこれの謎を解き明かしたいところだ。
「それにあの橋の下は、わたしたちが初めて不純異性交遊をしたところ。個人的には渡したくない」
──?
「…………??」
「大我、どうしたの」
……えっと。
「いや、なんでもない。とりあえずアレは後回しにして、今日は帰ろう」
「そうだね」
──今日のところは、無視したい事情はとにかく無視する。
考えてもわからない話題はわからないままにしておく。
ちょっとそろそろ情報量で殴ってくるのは勘弁してほしいと考えたその時点で、この日の俺は不思議な少女たち二人に完全敗北していたのだ。
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