個別ルートからいらっしゃったそうで

バリ茶

第1話






 一ヵ月前、交通事故で両親を失った。

 

 スタートダッシュからいきなりシリアスな話題になってしまっているが、俺が今現在抱えている問題はそこではない。

 あくまで両親の喪失はきっかけである。

 人生で一番悲しんだし、涙ながらに別れを告げて、心に一旦の区切りはつけたつもりだ。

 完全に乗り越えたとまではいかないけども、恵まれた環境で育ててくれた両親のおかげで、俺は現実逃避もせず不良にもならず、まっとうに現実を生きている。

 そう、両親の事情は間違いなく人生の転換期であり大事件だったが、今の俺の抱えている問題とは関係ない。

 あの二人を失い、引っ越すことになり高校を転校

 

 俺が流れ着いた先は、幼少期に過ごしていたらしいとある町だった。

 錆びついた看板が印象的だった駄菓子屋という、僅かな記憶の隙間にあった思い出の場所は、多くの人が立ち寄るコンビニエンスストアに変貌していた。

 都心へ繋がる駅では毎日多くの人々が行き交っている、そこそこ栄えた町ではあったが、田舎から越してきたということもあってか非常に落ち着かない場所だというのが第一印象。

 そこに両親の喪失を若干引きずっている不安定な精神状態が合わさってしまい、とても他者との人付き合いに割けるリソースは、俺の頭の中には残っていなかった。

 ゆえに、孤立。

 これから苦楽を共にするであろうクラスメイト及びご学友たちとのファーストコンタクトは、まぁ端的に言って最悪なものだった。

 挙動不審で自己紹介すら噛み噛みだったし。

 転校生特有の質問攻めも『あっ……』とか『その……』とカオナシみたいな返事しかできず、見事に俺は新しい学校生活の第一歩を全力で踏みはずしたのであった。


 それから少しの間、優雅なおひとり様の時間を隅っこで黙々と過ごして。

 教室はおろか小さい食堂すらお祭り騒ぎな騒音が支配している環境に嫌気が差し、友達ゼロ・コミュニケーション能力ゼロな俺は、人気の少ない場所を探しまわって──ようやっと”そこ”にたどり着いたのだった。


「……今日もいるのか」


 もうあまり使われていない旧校舎の端っこ。

 道具も資料も室名札も存在せず、トドメと言わんばかりに鍵すらかけられていない謎の一室。

 そこを見つけて軽く掃除をおこない、誰にも邪魔されない憩いの昼休みを過ごせる……という甘い考えを持っていたのは三日前まで。

 俺がこの空き教室でクソ一人ぼっちライフを送るようになったその翌日に、神聖な場所である我が領域はに侵略された。


「やっときたーっ! もう、遅いよ大我たいが!」

「……わるい」


 教室の扉を開けた途端に飛んできたデカい声の主は、先ほどから窓越しに存在を確認していた少女。


「今日も早いな、赤嶺あかみね

「……ねぇ大我。なんでわざわざ名字で呼ぶの?」

「あっ、えと……」

「むぅー」


 茜色のロングヘアーが特徴的な、いかにも元気っ娘っぽい見た目の、今はちょっとだけ不機嫌そうな表情の彼女の名は赤嶺さくら。

 俺と出会ったのがたった数日前なのにもかかわらず、なぜか馴れ馴れしく名前呼びをしてくる、距離感のバグった不思議少女だ。

 しかも俺にまで名前呼びを強要してくるだけでなく、なんとこの部屋で自分の作ってきた弁当を俺に”あーん”などという意味不明な文化を持ち出して食わせようとしてくる生粋の料理人でもある。

 本当に何なんだこいつ。

 先日の約束──ほぼ無理やり取り付けてきた──があったため仕方なくここへ訪れたが、本来なら怖すぎて近寄りたくない人物であることには違いない。


「ごめん、さくら」

「そうそう。これからは名前呼びで、よそよそしいのナシ! って二人で決めたでしょ?」

「……そうっすね」


 んなのまったくもって身に覚えがねえよ。怖くて従っちゃったけど。

 何だ、これもしかして新手のストーカーなのか?

 赤嶺ははたから見れば美少女だし、明るいし気配りもできて、なにより噂によれば彼女の”童貞を勘違いさせる優しさムーブ”で多数の男子から好意を向けられているらしい、とても魅力的な存在ではある。

 彼女みたいな人気者に言い寄られれば、大抵の男子であれば舞い上がって喜ぶに違いないだろう。


「はい大我、あーん」

「ぁ、あーん……」

「どう? 前に魔術の勉強をしてたとき、好きだっていってた甘い卵焼きなんだけど……」

「うまいよ、流石さくらだな。俺の好みをばっちり把握してくれてる」

「……えへへ」


 ──だが、それにしても限度というものがあると思う。

 互いの名前呼びを強制させられるだけにとどまらず、交わしたことのない約束を持ち出され、昼休みはこの空き教室に呼び出されて弁当を振舞われる。

 確かに弁当はうまいし彼女は美人だが、そういうことではない。

 だから何なんだ。

 普通に考えて恐怖でしかないのだ。

 肝心の名前だって教えた覚えはないんだ。

 このまるで”誰か”と間違えられているような感覚は、なんとも居心地が悪く落ち着かない。

 クラスは違うし、転校してからこの空き教室に訪れるまで会話すらしたこともなかったのだから、本当にワケがわからない。

 てか魔術の勉強ってなんだよ、オカルト女子なの?


「魔法瓶にココアを入れてきたんだ。大我も飲むでしょ」

「お、おう。さんきゅ……」


 そんな俺の懊悩も気に留めず、彼女は変わらず自分の中の当たり前を押し付けてくるのだから、これが恐怖でなくて何だというんだ。

 なんなら突然『おまえはちがう! だましたな!』とか言い出して刃物で滅多刺しにされないかとか、そういう心配すらしてる始末だよこっちは。誰かたすけて!

 下手に逆らわないほうがいいのは明白だが、彼女の手のひらで転がされ続けるのもそれはそれでマズい。

 どうにかして原因を突き止めなければ。


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