08話.[邪魔をしてきた]

「塗木も野球大好き野郎だな」

「投げることしかしてないぞ、それ以外は走ってばかりだった」


 走ることに付き合った後にキャッチボールをしていた。

 千原も一応ここにいるが、冬なのにベンチに座ってうとうとと眠そうだ。

 まあ、塗木君が上着を掛けてやっているから色々な意味で暖かいのかもしれない。


「部活に入らなかったのは正解だったな、こっちの高校に移動するときに迷惑をかけることになっていたから」

「いや、特に問題もないなら普通それすらしないんだけどな」

「いいだろ、移動してからは楽しくやれているからな」


 楽しくやれているならそれでいいが、実際はメリットもそうないから無理やりそう言い聞かせているんじゃないかと思えてくる。

 小遣いも自ら受け取らないようにしているみたいだし、千原の誕生日プレゼントとかどうするんだよと言いたくなる。


「ただ、毎回伊吹に来てもらっていることだけは気になるところだな」

「千原になにかしてやれ、ああして眠たそうにしているのも塗木のせいだろ」

「どうだろうな」


 別に俺から誘ったわけでもないのに申し訳ない気持ちになってきたため、空気を読んで片付けて帰ろうとしたのにできなかった。


「大丈夫だよ」

「いや、なにが?」


 起きて移動してきたと思ったらそんなこと、彼女はそれには答えずに「ご飯を食べに行こうよ」と。

 幸い金がない俺はこれで帰れると期待した、が、塗木が邪魔をしてきた。

 もう帰ろうと考えるのはやめよう、一緒に行動したいと考えておけば雨が降ってほしいときに晴れるのと同じアレで自然と別れられるだろうから。


「正直、昴君のせいでもあるんだよ」

「えぇ、なんで俺のせいなんだよ……」


 やっぱりそうだったか、塗木が壮士を嫌いでいたように千原も俺のことが嫌いだったんだ。

 それだというのに付き合っている俺は偉すぎだろ、実際のところが分かったらもういいと離れる人間も多そうなのにこれだからだ。


「昴君が中学時代に言い返さなかったからだよ、だから俊樹君も余計に気になっちゃったということだからさ」

「絡んでくる奴にはあの対応が正解だろ、自分が動いたところで悪化するだけでしかない」

「……だってあれだと俊樹君の味方をできなくなるもん」

「彼女だからってなんでも擁護をすればいいわけじゃない、まあ、千原が仮に味方をするような人間だったらそれならそれで俺もやりやすかったけどな」


 ごちゃごちゃ言う人間が二人から三人に増えたというだけだし、こちらからすれば無視をする対象が三人に増えたというだけだから。


「でも、実際のところは壮士と一緒に優しくしてくれたわけだからな。本当にあのときは助かった、ありがとな」

「えっ、あ……」

「礼ぐらいは俺でも言える、中学を卒業するときにも言ったけど何回も言ってはいけないなんてルールはないからな」


 信号が赤になって足を止めた。

 後ろを歩いていた塗木に意識を向けてみるとあくまで真顔だった。

 まあ、にやにやしていたら怖いからこれでいい。


「あ、そういえば味醂を買ってきてくれって言われていたんだよな、だからふたりで行ってくれ」


 もう千原に会うのもこれで終わりだ、優しくしてくれていたのに嫌われていたってパターンが一番傷つくからだ。

 だったら最初から味方なんかしてくれなくていい、他者を頼って生きてきた人間が言うのはおかしいかもしれないがそういうことになる。

 でも、こんなことを言えるのは壮士がずっといてくれたからなんだ、もしどこかにいかれていたらどうなっていたんだろうか。


「おつかいを頼まれた、行けたら行く、お決まりの言い訳よね」

「見ていたんですか」

「ええ、離れてしまってよかったの?」

「いいんですよ、彼氏彼女と一緒に変なのがいたらそっちの方がおかしいです」

「私にだって同じようなことを言ってきたわよね、あなたは気にしすぎよ」


 いや、女子の方がもっと気をつけてほしいところだった。

 こちらが考えて動いているのにあたかも俺が間違ったことをしているみたいに言われるのは困る。


「そもそも私、力とは付き合っていないわよ」

「須郷先輩には須郷先輩のやり方がありますからね」

「力の方が断ってきたの、もっと余裕ができたときにまだ好きでいてくれたら付き合おうと」

「高校三年生になったばかりならまた違ったんでしょうけどね」


 それだったら抱きしめるなんてするなよと言いたくなってしまう。

 先輩が本気で好意を抱いていたのなら相当酷いことをしたことになる。

 終わり間際でも関係ない、俺はって言わなきゃ駄目だろそこは。

 なんて内では矛盾をしつつ難しいですねなんて言っておいた。


「とにかく、どんな理由からであれ須郷先輩とまた話せてよかったです」

「酷いわよね、卒業式の日もさっさと帰ってしまったんだから」

「泣いていたと聞いていたので、そういうときにいてほしいのは俺じゃないでしょうから」

「寂しいと言ってくれていたのに嘘だったの?」

「嘘なわけないですよ、だから話せてよかったと言っているじゃないですか」


 すると先輩はまたいい笑みを浮かべて「それならよかった」と。

 だが、すぐに戻すと「意地悪な男の子とは一緒にいられないわ」と歩いていってしまったのだった。




「――ということがあったぞ」

「別に気にしないであのふたりとご飯を食べてくればよかったのに」

「金がないんだよ」


 あと、外食なんかしなくても母作のご飯が食べられればそれでよかった。

 友達と行動できるのはいいことだが、きっとそういうことが増えたら不安にさせるからこれでいい。


「行くなら壮士と休日に行くよ」


 そのためになかったことにして貯めているんだ、急に炭酸が飲みたくなっても我慢して貯めている。

 それだというのに「食べてくればよかったのに」なんて酷い発言だ。


「それならまたあのケーキが食べたいかな」

「お、気に入っているな」

「食べているときの昴が嬉しそうだったから」

「会計のときは悲しくなるけどな」


 そう頻繁に小遣いを貰えるわけでもないのに約千円近く消えることになる。

 喜んでくれるならそれでいいものの、あそこも頻繁に行ける場所ではない。


「着いたな、今日もお疲れさん」

「明日も朝からあるけど土曜日だから壮士の家に泊まろうかな」

「じゃあご飯とか食べてこいよ」

「すぐ食べてくる!」


 外にいすぎて寒さにも慣れてしまった、こういうときが一番注意しなければならないと分かっていても無根拠に風邪なんか引かないと考えてしまう。


「行こう!」

「風呂にも入ってきたのか? 早いな」

「自由な時間を確保するためにさささっと行動するのが常のことだからね」


 今度は壮士に待ってもらっている間に食事も入浴も終わらせた。

 部屋に戻ったら残念ながらもう寝てしまっていたが、気にせずに布団の端を利用して寝転ぶ。


「僕の力があれば意地が悪い子だって持ち上げられるんだよ」

「ど、どうやっているんだ……」


 体の側面を掴まれているのに不安定な感じは全くない。

 きっと罠にかかった動物はこうして固まったまま命を散らしていくんだろう。


「昴さ、あのときどさくさに紛れて離れようとしたよね、あれってどうして?」

「壮士が女子とふたりきりになるのを避けているかどうかを見たかったんだ」


 一ヶ月も、それに離れる必要もなかったし、なにより本人に聞けばよかった。

 あのとき先輩があっさり解放してくれてよかった、そうでもなければ無駄な時間となっていたから。

 あっさりと許可をされていたらいまも一緒にはいられていなかったかもしれない。


「ああ、うん、僕は避けていたよ、昴に勘違いしてほしくなかったから」

「俺に? 別に壮士が女子といようと気にならなかったけどな」

「それは分かっていたよ、だけど僕からしたら必要なことだったんだ」


 いやでも、仮に徹底していたとしても彼は俺のためにしているんだ、なんて考えにはならない。

 相手が女子だった場合でもそうだ、勝手な妄想で勘違いなんて恥ずかしい。


「昴、好きなんだ」

「ああ、だけどあれからなにもしてこないよな? またお手本を見せた方がいいのかもしれないな」


 なんか違うんだよな、なにもしてこないと引っかかる。

 だが、俺はあくまでこれまで通り会話などができればいいと考えていたんだが。


「前にも言ったけど集中力が下がるから野球をしなければならない日はやめているんだよ」

「好きでやっている壮士に言うのはなんだけど野球、邪魔だな」

「え? 昴は……」

「いや、俺だって壮士ともっと遊びに行ったりしたいから」


 迷惑をかけるだけとは分かっていても言わせてもらった。

 なんというか関係が変わったいまならはっきり言っておくことが大切な気がしたからだ。

 というか、こういう感情が出てきて当たり前だと思う、寧ろ自由にやれ~というスタイルだったら同性同士ということもあって長続きはしない。


「……ど、同情で付き合ってくれたんじゃなかったの?」

「まあ、これまで世話になったからというのはあるぞ、でも、なんにも求めないのは違うだろ」


 彼がしてこないならということで真横にいるのをいいことに思い切り抱きしめておいた。

 求めてきたのは彼なんだからなにも気にしなくていい、あと時間も時間だからこのまま寝てしまうのもありだった。


「も、もしかしてこのまま……?」

「寝られるだろ、一緒に昼寝だってこれまで何回もしてきたんだから」

「これはお昼寝じゃないし、なによりベッドの上なんだけど……」

「気にするな、おやすみ」


 寝不足で怪我をされても困るから黙ることにした。

 黙っていればどうせすぐにすーすー寝息を立てるから問題ない。

 ただ、なにかが気になって見てみたらガン見されていた。


「目がやばいぞ?」

「ね、寝られる気がしない」

「それじゃあ反対にするか」


 向こうからする分には寝られないなんてことはないだろうから反対を向いた。

 もう寒くないというわけではないから暖かくてよかった。

 が、それは俺だけだったのか翌朝には眠たそうな彼を発見することになった。




「もう春だな」


 なんとなく壮士達もやりやすそうに見えた。

 暖かくなってくると汗をかく量が増えるだろうが、それでも寒いよりはいいと壮士が言っていたから歓迎していると思う。


「仁村ってもはや保護者だよな」

「そうだな、怪我しないか心配だからな」

「いつでもやる気MAXだから問題ないよ」


 まあ、こうして付き合っている塗木が言うのはあまり説得力もないが。

 それにしても渡さないって言っていたのはなんだったのだろうか。

 あ、言い間違えか、本当は壮士を渡さないと言いたかったんだ。

 嫌いな子にちょっかいを出したくなるのは相手が同性であってもあるということなんだろう。


「あといちいち逃げるなよな、伊吹もいるときは露骨すぎだ」

「いちゃいちゃを見たくないんだよ、それに千原は俺のことが嫌いだからさ」

「嫌ってくれていればどれだけよかったことか、あのときのあれはそれも影響していたんだぞ」


 自分が原因を作っておきながら被害者面は困る。

 彼だけではなくもうひとりも自由に言ってきたから一時期は学校に行きたくないとまで考えたこともあったんだぞ。

 それだというのにこの発言、少しは反省をしてもらいたかった。


「逆効果でそうなるとは気づいていなかったのかよ」

「冷静に対応できる人間だったらあんなに面倒くさい絡み方はしていないだろ」

「おいおい……」

「それより徳元先生に許可を貰っているから端っこでキャッチボールをしようぜ」

「野球大好き野郎め」


 なにもやらないでただただ見ているだけよりはマシだった。

 ただ、練習をしている人間達と別行動をしていると微妙な気分になる。


「懐かしいな、俺らはこうして違う場所で投げていたよな」

「俺が、だけどな」

「仁村の球はなんとも言えなかったな」

「所詮素人の球だからな」


 それでも一応あのときはやる気があって直球だけでは駄目だと考えて変化球を投げられるように練習をしていた。

 直球のコントロールが曖昧なのにそこで変化球となる時点でセンスがないのかもしれないが、ひとりでも多くの人間を抑えたかったから。

 ま、それでも前にも言ったように入らなくて困ったが。


「先発には興味なかったのか?」

「いや、自分から言ったところで変わらなかっただろうからな」


 外野の方が好きだったというのもある、ゴロかフライだから後逸しなければ捕って返すだけで十分だったからだ。


「おらよっ……と、ナイスキャッチだな」

「ははは、楽しそうにやっていたから参加しちゃった」

「邪魔するなよ、相変わらず仁村が関わっていると必死になるよな」

「当たり前だよ、僕は昴の保護者なんだから」


 ということは保護者に手を出しているということか、やばいな俺は。


「休憩しておけよ」

「こうやって付き合うことで昴のレベルアップを狙っているんだよね」

「「こんな時期から入るわけがないだろ……」」

「部活に入ってもらおうとはしていないよ、だけどこれからも相手をしてもらうつもりだからね」


 それなら俺には緩くやらせてほしい。

 俺がちゃんとやりたい人間なら転校したというわけでもないから部活に入ることを選んでいる。


「それとね、俊樹君は伊吹ちゃんと遊んでおけばいいんだよ」

「恋人だからって毎日一緒に過ごすわけではないぞ」

「なんか危ないなあ、その間に誰かに取られそう」

「壮士、多分それはないと思うぞ、塗木がこっちに来たときもすぐに『彼女のままでいたいの』と言ってきたぐらいだしな」

「でも、気をつけておくのは悪いことじゃないよね? というわけで俊樹君は伊吹ちゃんのお家に行ってください」


 壮士の言葉に「どれだけ俺にいてほしくないんだよ」と。

 警戒しても意味はないから止めておいた。

 そうしたら彼からは感謝されたが、壮士からは睨まれて苦笑したのだった。

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