07話.[ここにはいない]
二月になった。
周りも、そして俺と壮士も特に変わってはいない。
塗木も後悔しているわけではないようで、こっちの高校生活を楽しんでいた。
「昴君、集中しなさい」
「気づきました?」
「ええ、だって色々なところを見ているんだもの」
壮士が部活に行っている間、こうして先輩と勉強をするようになっていた。
力先輩は就職組で既に頑張らなければいけないことは終わっているため、邪魔をしてはならないということでここにはいない。
いやあんたがいてくれよと言いたくなるのは俺だけではないだろう。
「もう卒業ですね」
「そうね、けれど悲しさよりもやっとかって気持ちが大きいの」
「嫌だったんですか?」
「そうではないけれど、それなりにやり辛さとかがあったのよ」
付き合ったままではいられるとはいえ、いままでみたいに朝から一緒にいられなくなるのにそれでいいのだろうか――ではないよな、仕方がないことだ。
「力と朝から会えないのは気になるし、昴君とこうして一緒にお勉強をすることができなくなるのも寂しいけれどね」
「その気になればいつでも会えるので大丈夫ですよ、俺とはあんまり一緒にいない方がいいですけど」
力先輩が敵視してくるわけがないと分かっていても気になってしまう。
だからなるべく気をつけてほしかった、先輩がちゃんと考えて行動してくれればこちらはいつでもいつも通りの自分でいられるんだ。
「なんで?」
「え、だって付き合っていますよね?」
「あ、そういう……」
黙ってしまったから会話ばかりしていてももったいないということで勉強を再開、こういうのは帰っているときにすればいい。
そもそも自分でなるべく一緒にいない方がいいとか考えているくせに誘われたらこうして過ごしているわけだから説得力がなかった。
言ってしまえばこちらは壮士の部活終了時間まで時間をつぶせればいいわけだが。
「そのことなら気にしなくていいわ」
「そうですか」
先輩はこちらを利用しているわけではないがこちらが利用していることになるからいつものあれか。
別に嫌な気持ちになることはないからやれることをしておけばいい。
あんまり長々とはできないから一時間とかそこらで手が止まるとしてもだ。
でも、こうして先輩を見ているとなんか寂しいという気持ちになるな、なんだかんだひとりにならなくて済んでいたのは先輩のおかでもあるから。
最初のあれからよく一緒にいられたなと、これは先輩の力だけではない気がする。
「須郷先輩が卒業してからもあと一年、頑張りますよ」
「ええ」
それから三十分ぐらいやって、こっちは教科書などを片付けた。
まだ集中してやっている先輩のために飲み物を買ってきて机に置くと、柔らかい笑みを浮かべて「ありがとう」と。
なんであんなやり方をしていたんだろうと考えている間に更に時間が経過し、完全下校時刻間際になって帰ることになった。
「送りますからちょっと待っていてください」
「分かったわ」
壮士と一緒に帰らなければこの時間まで残っていた意味がない。
「あ、今日は須郷先輩と一緒にいる」
「お疲れ様」
「ありがとうございます」
こうなると自然に他のメンバー同士が会話をしながら帰ることになるのは何故だろうか、別に変な遠慮をしているわけではないんだが……。
「へえ、昴と一緒に勉強をやっていたんですね」
「ええ、付き合ってくれるからありがたいわ」
「昴はそういう子ですからね」
多分、あれだって本当は必要のないことなんだ。
先輩的にはひとりの方が集中できるはず、だから来てくれているのは優しさ……だろうか。
一応それなりに一緒に過ごしていたから過ごせる内に過ごしておこう……とかそういうのもあるのかもしれない。
「寂しいです」
「ふふ、嘘ね、あなた的には昴君がいてくれればいいのでしょう?」
「それとこれとは別ですよ、卒業をしてしまったら会うことも難しくなりますから」
「そう、それならそういうことにしておきましょうか」
言っておくべきだと判断して同じように言ってみたら黙られてしまった。
「嘘ね」と言われた方がまだマシだった、かもしれない。
だが、本当に感じたことを言っているわけだからいいかと終わらせる。
「……送ってくれてありがとう」
「はい」
別れて少し離れたところで壮士が腕を突いてきた。
痛くはなかったからただ確認のために彼の方を見てみるとなんかによによ笑っていて微妙な気分になった。
「昴も変わったね、中学の先輩にはあんなこと言っていなかったのに」
「中学の先輩とはろくに関わっていなかったからな」
「あとはほら伊吹ちゃんにもさ」
「言わなかっただけだけどな」
「だからそこが違うでしょ? 僕も言ってもらいたいなあ」
いまはスマホとかもあるし、会おうと思えばいつでも会えるから彼に対して寂しいと感じたことはない。
だけどそれを全部言おうものなら拗ねられそうだったから別れることになるのは寂しいぞと言っておいた。
「き、気持ちがこもってない……」
「ま、明日も楽しくやろうぜ」
朝と放課後以外はゆっくり一緒にいられる。
そのときにやりたいこととかをやらせておけばいいだろう。
「ケーキは美味しいけど……ここって女の子向けじゃない?」
「女性限定とは書いていなかっただろ」
「そ、そうだけど居心地が……」
「気にするな、味わっておけばいい」
十二月に話していたケーキ屋に今更来ていた。
今回は真似をすることもなく他のケーキを頼んでみたのだが、これも普通に美味しかった。
いまもそれなりにお客がいるし、行きたくなる理由もよく分かる。
「口の横についてるぞ、器用な女子か」
そういえば千原も中学のときに同じようなことをしていた。
あれは計算か? 塗木がいたときにそうだったからありえる。
彼は自分で拭いていたが、千原は大胆に求めていたからな。
「でも、本当に美味しいね」
「だろ? だけど連れて行かないまま二月になっちまった」
「仕方がないよ、僕は月から土曜日まで部活なんだから」
「そうか、だけど今日ここに連れてこられてよかったよ」
気にするなとはいってもそれはあくまで誰か同行者がいてくれる場合の話だ、ひとりで堂々と入れるような店ではない。
まあ、そんな店の商品に惹かれすぎてしまっても不味いし、中毒になってしまっても色々な意味で不味いからこれでいいんだ。
ふたりなら店内で見知った顔を見かけても気まずくはならない、その人が例えムキムキ大男であったとしてもそう言える。
「ただ、食べ終えたらもう金がないから壮士の家な」
前もそうだがケーキとは地味に値段がするんだ。
ちまちま使うのを我慢していてもこうして一気に吹き飛ばしていたらまるで意味がない、意味がないからと開き直って使いまくるよりはまだマシと言えるが。
「本当にいいの?」
「ん?」
「あんなことを言っておきながら僕の家に上がるとなったらそれはもう覚悟済みということだよね?」
「好きにすればいい、言っただろ、全部壮士次第だって」
結局彼はまだ一度も自分が口にしたことを守っていなかった。
抱きしめるとかああいうのはまだできないらしい。
「ありがとうございました」
会計を済ませて外へ、二月というのもあってまだまだ外は寒い。
だから自然と早歩きになりそうなところを彼が止めてきた。
「そ、そんなに急がなくてもいいでしょ?」と少し慌てた感じの彼がいる。
「のんびりするだけだ」
「そ、そうだよね」
仕方がない、全部彼に任せるとこのままなにもないまま学校生活が終わりそうだから動くとするか。
きっかけを作ってやればいい、なにも本格的にやる必要はない。
彼の母は専業主婦というわけではないから部屋に移動しても気になるということはなかった。
だからこそやりやすくなるというものだ、とはいえ、後回しにするとどうなるのかは分からないからぎゅっと抱きしめてやった。
「うわ!?」
「お手本だ、できるだろ?」
これだと俺が彼のことを好きすぎて抑えられなくなってしまったように見えるが、別になにか損となるわけではないから気にしなくていい。
「なんてことはないだろ、したければすればいい」
「でも、試合に勝って嬉しいときにするあれとは違うんだよ?」
「関係ない、他の誰かが見ているわけではないんだからいいだろ」
離して顔を見てみたらこれでもまだ動けそうではなかった。
したくないならしなければいいとかそういうことも言わずに見ているとゆっくりやり返してきて思わず笑う。
「どうしても気になってしまうならここは外国だと考えればいい」
「もう大丈夫、あと、もう離さないから」
「はは、一度やってしまえばこんなもんだよな」
身長差があるのと、彼が軽いのもあってこのまま動けてしまう。
そのためついつい調子に乗って歩いていたらふたりで転びそうになって冷や汗をかく羽目になった。
「平日みたいに早く休ませなきゃならないという状況でもないし、楽だよ」
「平日だってあんまり気にしなくて大丈夫だよ?」
「そうもいかないだろ、微妙な状態に気づくのは翌日とか翌々日の壮士だからな」
疲れたから座って休憩、彼の家なら寝転んでしまうのもありだ。
床も暖かくなっているから羨ましい。
「昴、寝ないでよ?」
「寝ないよ」
まだ昼にもなっていない中途半端な時間だし、何気にケーキが腹に圧をかけているから眠気なんかやってこない。
こいつを消化し終えた後に寝転んでいたらどうなるのかは分からないが。
「昴のことが好きなんだ」
「そうか」
だったら先輩もやっぱり力先輩のことが好きだよな、抱きしめた、抱きしめられたということならそういうことになる。
それだというのに何故気にしなくていいということになるのか、もしかしてお互いに告白はしていないのだろうか。
クリスマスなんかに男女がそういう意味以外で一緒に過ごすのはおかしな行為というわけではない。
今回もまた好きだからこそできないこともあるというやつなんだろう。
「一応言っておくと男の子として、だからね」
「この流れでならそれしかないだろ」
「それで……僕次第なんだよね?」
「ああ、冗談で言わないぞ」
勇気を出せた人間から変わっていく。
もちろん相手次第ではあるが、言えずに終わらせるなんてもったいない。
だから偉そうではあるが卒業をした後でもいいから頑張ってほしかった。
「卒業か」
「いまどんな気持ちですか?」
「最後になにか失敗をしなくてよかった、というところだろうか」
終わり良ければ全て良しという言葉もあるから俺も来年そう言いそうだった。
もっとも、後輩の友達がいるわけではないから聞かれることもなさそうだが。
「少しの間だったがありがとう、初絵との件でも世話になったな」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
「だが、初絵が泣くとは思わなかったが」
だからいまは別行動をしている、先輩は同性の先輩と一緒にいる。
ちなみに壮士も自分が卒業でもないのに泣いて別行動中のため、力先輩が去ったらひとりとなる。
塗木はもう帰った、今日も千原といちゃいちゃするみたいだ。
「そろそろ行くよ」
「はい、それではまた」
「ああ」
ずっと相手を頼むのも違うし、今日はもう大人しく帰るか。
最後に先輩と会話をできなかったのは残念だが、まあ、仕方がないということにしておこう。
「卒業式にしては珍しく晴れだな」
あ、だからこそ先輩が泣くことで――なわけない、そこまで先輩中心で世界は回っていない。
ただ、小学校と中学校の卒業式はどっちも雨だったから珍しいと感じるんだ。
「うえーん、ま、待っでよ゛~」
「壮士か、今日はどうする?」
「昴の家に行ぐ……」
もうあれから時間も経過しているのにまだまだ駄目みたいだった。
HR中も泣いていたから先生が困ったような顔をしていたぐらいだ。
泣いたことというのは滅多にないからある意味凄く感じる。
なんらかのことがあって亡くなってしまった! とかなら分かるが、相手が卒業をしたというだけでこれだから。
「ずびー! はぁ、ちょっと落ち着いたよ」
「壮士は須郷先輩と話せたか?」
「ううん、駄目だった」
「だよな、力先輩とは話せたんだけどなあ」
だからって家に来てくれるということはないだろうし、もうこのまま一生話すことはないかもしれない。
「来年は僕らも卒業、昴と離れ離れ……」
「そうだな、壮士は大学志望だからその時点で合わないし」
「だ、駄目だ、あっという間に関係も消滅するんだぁ……」
泣いていたのはそういうことからかよとツッコミたくなったが我慢する。
無根拠に卒業してからも大丈夫なんて言ったところでいまの彼には効果的ではないだろうからどうしよう。
家が近くても予定が合わなければどうしようもない、そして、全く会えないとなるとそれまで長く一緒に過ごしていようが関係が消滅、なんてこともゼロではない。
「だからいま! いまできることをしておくんだよ!」
「急に元気になったな」
「でも、とりあえず今日は泣き疲れたから休憩」
「自由にどうぞ」
休憩どころかそうしない内に寝てしまったため、一階に移動してきた。
ソファでうとうととしている母を発見したため、これまた移動する。
で、結局客間で寝転ぶこととなった。
畳で少し冷えるが寝ているふたりをまじまじと見ているよりはマシだろう。
「立ったり座ったりで地味に疲れたから俺も寝るか」
俺達は明日も登校しなければならないから休めるときに休んでおく方がいい。
年上が学校を去ってもそれ以外の変化というのはないのはいいか。
俺らしくいられる、来年になって去る側になっても同じだ。
自分らしくいられる環境というのは大切だよな、ただ近いという理由で選んだ高校だがその点で感謝するしかない。
「ふぁぁ~、おかえり……」
「ただいま」
起こしてしまったか、扉を開けるべきではなかった。
「ご飯食べたい? 食べたいなら作るけど」
「面倒くさいならいいぞ、壮士も寝ているからな」
「大丈夫、それじゃあ作るよ」
たまにはと手伝おうとしたら意外と許可をしてくれた。
なんでもそう、自分のできる範囲でやらせてもらってあっという間に出来上がったわけだが……。
「なんか自分が作ったやつを食べてもらうのって恥ずかしいな」
「そう? そんなことないよ」
しかも起こしてまでの価値があるのかという話だ。
とはいえ、冷めてしまってももったいないから起こすことにした。
もちろん起こして皿を置いたらすぐに逃げ――られなかった、そんな俺よりもよっぽど速かった。
「昴が作ってくれたの?」
「全部じゃないぞ」
「でも、作ってくれたんだよね? 逃げようとするのはそういう理由からだよね」
「まあ、ほとんど母さんが作ってくれたから味の心配はするなよ」
教えてもらって彼のために最初から作るとか可愛げの塊だな俺は。
いや、俺がアピールをする必要はないのにおかしいだろこれは。
とうとうイカれてしまったらしい、が、彼は知らないままでいいから黙って食べることにする。
「美味しいよ」
「そうかい、母さんもそう言ってもらえて嬉しいだろうな」
俺のは母が作ってくれたからいつも通り美味しい、俺が元気でいられているのは母が作ってくれたご飯を食べられるからでもあるからありがたい話だった。
よし、もう気にならないから味わって食べて、今度こそ昼寝でもしよう。
食べたら彼ももっと眠たくなるだろうからそういうことで時間をつぶさないとな。
「眠気が覚めたよ、これも昴のおかげだ」
「そうか」
「というわけで食べ終えたらキャッチボールをしよう」
「それは勘弁してくれ……」
やるにしても明日……は部活があるから無理か。
部活の存在はそういうときには邪魔としか思えなかった。
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