06話.[行かせてもらう]

 塗木とは壮士が誘っているから一緒に過ごす時間も増えていた。

 昼ご飯も一緒に食べるが嫌な雰囲気にしてきたりはしないから悪くない。


「伊吹ちゃんは変わっていなかったなあ」

「高校が変わってから会ったりしていたのか?」

「数回ね、もちろん俊樹君に許可を貰ってからしているから勘違いしないでよ?」

「ん? いや、別に俺は関係ないから許可を貰っていようとこそこそしていようとどっちでもいいけど……」


 昨日の様子を見るに彼一筋という感じだから意味がないというか、他の男子にちょっかいを出されても更に仲が深まるだけなのは確かだった。

 弱みを握られて脅される、なんてことにならなければ他校であっても彼がきっと守るはずだ。


「ま、ここにいる塗木は千原がこっちの高校に通っていたら壮士に取られていた、とか言っていたけどな」

「え、あれだけ俊樹君のことが好きな女の子なのに?」

「俺なら余裕だけど自信を持てなくなるような人間だったんだろ、壮士は」


 黙ったままの彼を見ていると「なんだよ?」と一応反応はしてくれた。

 これは後悔しているからか、本当に勢いだけで行動をするといいことがない。

 ところで、昨日のあれはどうなんだろうか、こうして普通に壮士と話せているが。


「名前で呼べばいいだろ」

「伊吹って? そんな必要はないだろ」


 あっちが「昴君」と呼んできていることがおかしいんだ。

 壮士が相手のときみたいに助けてもらってばかりだったから君付けスタイルを貫くとしても名字呼びにしておくべきだった。

 俺が何回も例として出しているようなイカれている野郎だったら彼氏がいるのに馬鹿みたいに告白していたことだろう。


「伊吹ちゃんの力がなければふたりを止めることができなかったからね、中学時代は本当にお世話になったよ」

「俺は俺らしく野球をしていただけだったけどな」


 食べ終えたから片付けて廊下に移動する。

 もうそうしない内に冬が終わる、そうすればもっと元気になる。

 暖かくなれば多少は頑張ろうとできるだろうし、まあ、多少ぐらいなら彼のために動くのもありだ。

 いや、これも千原のためだ、多分これを逃すと返すチャンスがなくなるからやらなければならない。


「仁村」

「塗木、ちゃんと千原と仲良くしろ」

「……そっちは大丈夫なのか?」

「ああ」


 どっちになっても負けることはないそんな勝負、それだというのに誰かに協力してもらうのは違う。


「……実は今日の放課後も会う約束をしているんだ」

「少し離れているけど毎日会うのが不可能な距離じゃない、だから会ってやってくれよ。お互いに部活もしていないんだから余裕だろ?」

「仁村も来るか?」

「いちゃいちゃを見たくはないから遠慮しておくわ」


 黙ってこっちを見ている壮士を持ち上げて再度移動をする。

 教室に戻るのは昼休みが終わるぎりぎりでいい、それまではこの部活大好き君とゆっくり過ごしたい。


「なんか心配になるからやっぱり部活を見ていてもらおうかな」

「寒いから家で大人しくしているよ」

「……無理やり付き合わせて風邪を引かせてしまったことがあるから怖いんだよね、だけど僕がいない間に他の誰かと仲良くしていそうなのも……」

「須郷先輩や力先輩と過ごすこともあるけどみんな相手にしか意識を向けていないから大丈夫だ」


 あらら、納得できたような顔はしていない、それどころかこちらを不安そうな顔で見てきているだけだ。


「それなら夜に迎えに行ってやるよ、一緒に帰るだけなら風邪を引くこともない」

「え、それもどうなんだろう……」


 これも壮士が好きにすればいい、選択権はあちらにある。

 いらないということなら家でゆっくり母と話して過ごすし、来てほしいということなら寒いとかそういうことを吐きつつ行かせてもらう。

 どうせ暇人野郎だから悪いことでもない限りなにかがあってくれた方がよかった。


「壮士、してもらいたいことをはっきり言っておくのが大事だぞ」

「経験値が高い人間が言うと説得力があるな」

「はは、俺は中学時代から伊吹と付き合っているからな」


 経験値が高い人間でもアホなことをしてしまうぐらいだからほとんどレベル一の俺らが失敗をしてしまうのは仕方がないと片付けられる。

 次に活かせなければあまり意味もないが、難しく考えすぎてもいい方へは傾かないからこれまた緩くでいい。

 正当化していることは認めるしかない、だが、俺らしく云々と常に片付けてきている人間が上手くやれている奴以上の結果なんて残せはしないんだ。


「待てよ、塗木が嫌いだったのに壮士のことを名前で呼んでいるということは千原も俺のことが嫌いだったんじゃ……」

「「それはないよ」」

「そうか? 今回のこれだってどうにかしたくてたまたま校門にやって来た俺を頼っただけじゃないか?」

「「はぁ」」


 できることなら彼氏に注意なんてしたくなかったはず、だというのに毎回原因となる俺のことを悪く考えていてもおかしくはない。

 でも、千原のすごい点は仮にそういうのがあったとしても表に出さずに優しくしてくれたというところだ。


「壮士も千原もすごいな、俺にはできないことを平気でしている」


 真似をしようとも思えないそんな能力だった。




「昴君、はい」

「ありがとな」


 温かい飲み物というのは複雑な気分の状態でもよくしみると分かった。


「嫌ってなんかないからね? 嫌っていたらこうして一緒にいないよ」

「嫌われていても問題はなかったけどな、一緒にいても迷惑をかけるだけでしかなかったから」


 俺が勘違いをして調子に乗るような人間ではなくてよかった。

 我慢をしているところにそれだったらきっと導火線に火がつけてしまっていた。


「千原、塗木が急に消えて周りの反応はどうだった?」

「いなくなっちゃった当日はみんなざわざわしていたよ、なにがあったのかって仲の良かった私にみんな聞いてきた。だけど私もその日に聞くまで知らなかったから答えられなくて……」

「両親に許可を貰った、としか言ってなかったしな」

「でも、昴君とのことをずっと気にしていたからね」


 春休みとかに終わらせておけば可愛い異性とのいちゃいちゃ生活だったというのにやっぱりアホだ。

 壮士だったら絶対にこんなことにはしない、そして彼女の一途属性があれば少し離れていてもずっと仲良くいられた。


「千原、先生が言っていたことがあるんだ」

「先生?」

「ああ、その人は塗木という名字なんだ、その先生は今日『してもらいたいことをはっきり言っておくのが大事だぞ』と教えてくれてな」


 壮士にではなく彼女に言ってやれよという話だよな。

 勢いで行動することも、中途半端な態度で接することも相手に迷惑をかける。

 別に女子だからというわけではないが、いきなりこんなことをされたら不安にもなるだろう。

 人によっては自分がなにかをしてしまったのかもしれないと考えてしまう人間だっているのだから気をつけるべきだ。


「あはは、そっか」

「ああ、千原はもっとわがままになっていいと思うぞ」


 アホが相手なら分からせるしかない、待っていてもきっと疲れてしまうだけでしかない。

 そんなことで疲れてしまうぐらいなら動いて疲れた方がマシだと言える。

 きっと彼女ならできる、甘えるだけではなく強い人間でもあるからたじたじにさせてしまえばいい。


「わがままか、昴君だったらどういうことを相手に求める?」

「付き合っているならもっと相手をしてくれとかそういうことじゃないか?」

「そうだよね、うん、私も同じだ」


 いい顔をしている、そこら辺にいるイケメンよりよっぽど格好良かった。

 塗木がふたりきりのときにどういう風に接しているのかはストーカー行為をしたことがないから分からないが、もし草食野郎なら肉食系女子になってしまえばいい。


「千原の場合はキスもありかもな」

「キスか」


 いまから振り向かせなくていいというのと、彼氏彼女の関係だから積極的になったところで引かれにくいというのも大きい。

 弁当を作ったりもありだ、手料理なんかは特に影響力大ではないだろうか。


「まだ一回もできていないんだ」

「へえ、もう結構長いのに意外だ」


 健全で結構、しまくればいいというわけではないからな。


「わ、私が恥ずかしがってしてもらっていなかったんだよね……」

「まあ、そんなものだろ」

「で、でもさ、もしいい雰囲気になったら……ありかな?」

「ぶちゅうっとやってやれ、そうしたら塗木だって一発で元通りさ」


 こういうタイプの怖いところは一度したら緩くなりそうだというところだった。

 外でも人がいないところに移動をしてぶちゅうとやってしまうようになるかもしれない。


「仁村、壮士はあれから更に上手くなったな」

「おかえり、壮士はずっと続けているからな」


 やっと揃ったから帰ることにする、もちろん空気を読んで別行動を開始だ。

 俺がそれなりに離れた後に千原は決めるかもしれない、理由は戻ってきたときの目がマジだったからだった。

 まあ、キスが無理でも抱きしめたりなんかをすれば効果的だろう。

 結局すぐにやめていたぐらいだし、いまの塗木にはよく効くと思う。

 後悔したところでまた戻れるというわけでもないが、反省して前に進めればそれでいいんだ。


「ただいま」

「おかえり」


 ああ、家族が相手だとやっぱり全然違う。


「母さん、いつもありがとな」

「え、なんで急に?」

「家族が元気でいてくれるというのはありがたいことだからな」

「そんなことを言ったら昴が元気にいてくれているだけで私達はありがたいよ?」

「じゃあいい家族だな」


 誰かひとりでもそう思っていなかったらここまで楽しくはやれていない。

 当たり前のようで当たり前ではない、ニュースとかを見ていると尚更そう感じる。


「あっ、だけど一番好きなのはお父さんだからね?」

「当たり前だろ……」


 ま、まあ、変なことを言い合えるのもいいところだと言えるだろう。

 そういうことにしておきたかった。




「これを毎日持って行くだけでも大変だな」

「本当にいいの?」

「いいだろ、ただ一緒に帰るだけじゃ俺がいる意味なんてないしな」


 グローブとスパイクだけで十分重かったからな、おまけに水筒とか練習着とかも加わったうえに教科書なども持って行かなければならないから大変だった。

 自分が決めて入っているとはいっても本当に毎日ちゃんと授業も部活もやってすごいと思うよ。


「意味はあるよ、一緒にいてくれているだけでも僕は十分だ」

「そうか」

「というか、一緒にいられないときはどうしても集中力が下がるんだよね」

「怪我には気をつけてくれ」


 大好きな野球ができなくなったら絶対にいまのように元気ではなくなる。

 そうしたら日常生活に思い切り影響が出るだろうからやるならそっちにちゃんと集中するべきだ。

 面倒くさくないなら終わった後に来てくれればちゃんと相手をさせてもらうし、別に今日みたいにこうして終わり間際に学校に行ってもいい。


「それにもう着いちゃうからなあ」

「毎日繰り返せばいいだろ、壮士がしなければならないのは毎日ちゃんと休むことだからな」

「うん、そうだね」

「ほら、風邪を引いてくれるなよ」


 荷物を渡して帰路につく。

 もう少し距離があってくれればと考える自分と、距離があったら登下校だけで疲れてしまうからこれでよかったと考える自分がいた。

 ただ、夜に出ているにしては少し物足りないので、明日同じことをするとしても変えていきたいな、と。

 だが、俺のなにかを満たすためにしているわけでもないから難しい、そういうことを求めるということは疲れている壮士になにかをさせるということだからだ。


「昴」

「お、父さんにしては帰宅時間が早いな」

「コーヒーを買いに行くから付いてこい」

「いいぞ、どうせ後は風呂に入って寝るだけだからな」


 あの公園の近くまで行かないと自動販売機は設置されていない。

 値段も大して安くない、母が見ていたら間違いなく「スーパーで買って」と言ってくるだろう。


「やる」

「ありがとな」


 ここで飲むつもりはないようですぐに帰ることになった。

 家に着いてからも変わらない、あんまり喋る人ではないんだ。

 母はこういう静かなところを気に入っているらしい、俺は毎回その度に壮士が明るくてよく喋る人間でよかったとそう感じる。


「壮士と仲良くやれているのか?」

「ああ」

「それならいい、大事にしろ」


 ぼうっとしていても仕方がないから風呂に入って部屋に戻ることにした。

 夏だったら窓を開けながらこの飲み物を飲むんだが、残念ながら冬で寒いからそんなことはできない。


「お邪魔します」

「父さんといろよ」

「だってお風呂に入ったらもう寝るって言ってきたから……」


 遅い時間に帰ってくるから食事入浴睡眠出勤食事――と俺なんかとは比べ物にならないぐらいの大変な毎日だった。

 自分も卒業をしたらやらなければならないわけだが、八時出勤の十七時に退勤できる会社がいいな、まあ、そんないいところばかりでもないんだろうが。

 能力も優れているわけではないから何回も失敗をして足を引っ張りそうだった。


「制服を着た昴を見ていると昔のお父さんを思い出せていいんだ、なんなら私も制服を着て学校に行きたくなるぐらいだよ」

「まあ、家でなら自由だから着たらどうだ? あんまり喋らない父さんが饒舌になるかもしれないからやってみてくれよ」

「え、えー、きゅ、急にそんなことを言われても――ひぇ!? な、なんでお父さんがここに……」


 力先輩が真顔のときと比べて全く怖くないんだ。

 やっぱり家族というのはその点いい、色々知っているからいつも通りでいられる。


「母さんが制服を着ても俺は変わらない」

「そうか?」

「それに制服姿がよかったから求めたわけじゃない」

「ははは、目の前でいちゃいちゃしてくれるなよ、連れて帰ってくれ」


 あれか、みんな惚気話をしたい時期なのか。

 冬だからこうなるのかもしれない、千原達もあれでいて同じだ。

 だが、できることならこっちに言わないで同じように誰かと付き合っている相手に言ってほしい。

 なにかがあった際にも効果的なアドバイスだって貰えるだろうし、お互いにとって得となるから。


「あ、やべえ」


 あんなことを言われた後の母が大人しく寝るわけがない。

 父もまだまだ母大好き人間だ、となれば、ふたりきりになったらそれはもうやばいことになる。


「壮士、やばいんだ」

「なにが?」

「いや、それより大丈夫か?」

「大丈夫だよ、さささっと行動して自由時間を確保しているようにしているから」

「それなら邪魔だよな、それじゃあな」


 スマホを片付けてもう寝るかとベッドに寝転んだタイミングで電話がかかってきたので出てみると「やばいのは君だよ」とやばい奴認定をされてしまった。


「我慢していたのに電話をかけて邪魔をするからだよ、それなのに一瞬でやめるという意地悪でもあるよね」

「邪魔だったなら正解だろ」

「君は分かっていないね、この前だってこっちの気持ちなんか考えずに『全部壮士次第だ』とか言ってきてさ」

「事実だからな、壮士次第で俺達の関係は変わったり変わらなかったりするんだよ」


 一応それなりの言葉を放って、壮士はそれを聞いて慌てて帰ったりもするのに翌日には普通にいられているから面白い関係だった。

 なるほど、やばい奴と裏ではやばい奴の組み合わせだからこうなるのか。

 表では頑張っている分、裏で発散できているのならそれでいい。


「発散できているよな?」

「え、全然? 昴なんてすぐに帰っちゃうからね」

「なんだよ言えよ、言わないと分からないぞ」

「それなら明日抱きしめるから」

「それなら家だな」


 部活が終わった後にこっちに来させるのも違うから彼の家の敷地内でと決めた。

 どんな顔をしているのか、なんのために黙ってしまったのかは分からないが、明日もまた会おうと言って電話を切っておいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る