05話.[言わせてもらう]

「結局駄目だったな……」


 夕方ではなかったものの、目を開けたら十二時だった。

 日付が変わったぐらいに寝たのに流石に寝すぎだと自分でもツッコミたくなる。

 まあ、いつもとは違うことをしたわけだから別におかしなことというわけでもないのが幸いな点だろうか。


「あ、遅いよ」

「あのふたりは帰ったか?」

「さすがにね、今日はお正月ですから」


 だよな、俺が仮に早く起きていたとしても帰っていたことだろう。

 壮士は両親と会うために、あいつは彼女に会うためにというところか。

 俺達相手についつい変なことを吐いてしまったからひとりになりたいと言ったわけだろうし、元々長くいるつもりはなかったんだと思う。


「はいこれ、お年玉」

「もう高校三年生になるというところまできているのにいいのか?」


 そりゃ貰えるのならありがたいが、申し訳ない気持ちになることはある。

 受け取ったからには返したりはしないものの、保険というかそういう感じで毎年言わせてもらっていた。


「いいのいいの、他所は他所、家は家だから」

「普通そういうのって渡さないときに言うことじゃないか?」

「いいからはい、大金というわけじゃないから大丈夫だよ」


 他人に厳しくするような人間ではないが、今年も自分に甘い俺がいた。

 なんとなくすぐに見ることはせずに部屋の机の上に置いておく。

 何故か貯まらないではなく、ちびちび使っているから貯まらないということを分かっているからだ。


「さて、腹が減っているというわけでもないからどうするか」


 新年早々暇人になってしまうというのも微妙だろう、とはいえ、いまから壮士を誘うというのも非常識な気がしてできない。

 母を誘ってどこかに行くというのもいいが、父も家にいるからそちらを選ぶはずなんだ。


「仁村君、入らせてもらうわよ」

「あれ、いつの間に来ていたんですか?」

「いまね、あなたのお母さんに『暇そうだから相手をしてあげて』と頼まれたの」


 この人の悪いところは連絡先を交換しているのに連絡してから来ないところだ。

 それと必ずひとりで来るところ、力先輩と一緒に来てほしいと思う。

 あの人が真顔になると怖いし、敵視されたらやっていられないから次からは絶対にそうしてほしかった。


「仁村君、力はやっぱり駄目なのよ」

「ゆっくりやりましょう」


 勢いだけで行動すると大抵いいことには繋がらない。

 側にあれだけいい人がいるのに見ないふりをするというのはもったいない。

 素直になるだけで自分のしたいことをできるようになるわけだからな。


「駄目なの、だってすぐに抱きしめてくるのよ?」

「はは、もしかして自分が優位な立場でいたいんですか?」

「そうね、慌てている自分を直視することになるのはきついのよ」


 他者に対して慌てるということが少なかったから気持ちが分かる、なんて言うことはできない。

 本気で好きな人間ができたわけでもないし、一生懸命になったこともないからあまり価値がないんだ。


「それにあんなに筋肉質なのにとても優しい力で抱きしめてくるのよ? 優しさしかそこになくて気になるのよ」

「惚気話がしたいんですね」

「ち、違うわよっ」

「落ち着いてください、話を聞いている限りでは幸せな時間を過ごせているようにしか思えないですよ」


 価値がないとしてもこれを続けるしかない、俺はこういう風にしかできないから。

 多分相手を不快な気分にさせているというわけではないから大丈夫だ、もし嫌ならこうして何度も来たりはしない。

 先輩がM属性ではないのなら、そう、そういうことになる。


「これを」

「え?」

「……お金をあげるから聞かなかったことにしてちょうだい」

「いやいいですよ、別に言いふらしたりとかしませんし」


 壮士しか友達がいないからなんにも意味がない。


「そ、壮士君とはどうなのよ、あなた達はクリスマスも大晦日も一緒に過ごしたのでしょう?」

「毎年そうしてきましたからね」

「そうではなくて、あなた達の関係は……」


 え? なんかやばい勘違いをされている気がする。

 壮士の部活仲間にもそうだった、関係はどうなっているのかと聞かれているのか。

 壮士も壮士で馬鹿とか言ってきていたしな、あのとき言っていた心臓に云々もあいつに嫉妬していたから……だよな。


「壮士は大切な存在ですけど、ずっと親友止まりだと思いますけどね」


 俺がそうするというわけではなくて壮士があれ以上踏み込んでこないと思う。

 なんとなくだからどうなるかは分からないが、同性相手に「好きなんだ」とはっきり言える人間は少ないはずだ。

 というかそもそもこれは勝手にこちらが考えているだけでそういう感情があるかどうかも分かっていないわけだからすぐに解決したりはしないことになる。


「やっぱりこれを、聞かなかったことにしておくわ」

「受け取れませんよ、あ、力先輩が来たんじゃないですか?」

「今日は約束をしていなかったけれど……」


 一階にふたりで移動すると母と楽しそうに話している力先輩を発見した。

 ここを集合場所にするのはいいが、こっちにも言ってからにしてほしかった。




「平和だ」


 でも、なにかを求めているというわけではないからこれでいい。

 もうすぐ先輩達も卒業となってしまうが、まあ、ずっといられてもこちらが卒業できなくなってしまうから仕方がないことだと片付けられる。


「そうだな、ついでに言えば天気もいい、これは仁村も野球をやった方がいいと神様から言われているんじゃないか?」

「前にも言いましたけどキャッチボール以外なら見ている方が好きなんですよ」

「なんだ、やることが完全に嫌いというわけではないんだな」

「それはそうですよ、自分が選んで野球部に入ったんですからね」


 部活でやるキャッチボールは違うからこの人の前ですることはもう二度とない。

 俺と違ってやる気もあるんだから壮士を見ておけばいい。


「なんてな、だけどまた見に来てくれ」

「あ、壮士から集中できなくなるからということで止められているんですよ」

「え、だけど新屋は仁村が見ているときも普通に集中できていたぞ?」

「それはいいことですね、怪我をされても困りますから」

「そうだな、内野にだけではなく新屋が元気にいてくれないと困るからなあ」


 あれは正直、見ていて楽しいのは最初だけだからありがたかった。

 あと頼りにされているみたいでよかった、元々この人が壮士大好き人間というのもあるがな。


「友達がいないのってこま……ん?」

「よう」

「見間違えか? 冬休みが終わってしまったから俺の脳に問題が発生しているのか」


 塗木は見なかったことにしよう。

 彼女を放ってこっちになんか来られるわけがない。


「両親にも許可を貰った、だから大丈夫だ」

「……そりゃ許可を貰えなければこんなとこにこっちの高校の制服を着て立つことは不可能だわな」


 放課後というわけでもないただの休み時間だからそうなる。

 そういえば壮士から塗木の親は塗木に甘いとかそういう話を聞いたことがある。


「違う男に余計なことをされたらどうするんだ、中学のときもあっただろ」


 世の中には人の彼女に余計なことをしようとする人間がいて、注意をされても止まるような人間ばかりではない。

 まあ、脅されているとかそういうことだけではなく女子の意思であっさりと変えてしまうなんてこともあるがそういう存在ばかりではない。

 特に塗木の彼女、千原伊吹の場合はそうだ。

 それでもあの子には優しくしてもらったから言わせてもらう。


「伊吹には自由にしてくれと言ってある」

「はあ?」

「俺には必要なことだったんだ、本当なら去年動いておくべきだったけどな」


 確かにそれなら……とはならない、どうしてもこっちの高校に通いたかったのなら最初から志望しておくべきだった。

 でも、直接俺の親に迷惑をかけられたというわけでもないし、俺も実害があるわけではないからこれで終わりにするか。

 あ、だけど千原になにも起きないようにと願っておこう。


「壮士に会いたい、連れて行ってくれ」

「ああ、あ、大声を出させないようにしたいから協力してくれ」

「分かった、大丈夫、俺達なら慣れているだろ」


 他校に通っていた人間が何故か自分が通っている高校にいるとなったら二通りの反応をみせる。

 ひとつ目は先程の俺みたいに自分の目や脳を疑うというパターン、ふたつ目はついついえー! と大声を出してしまうパターンだ、絶対にそうだ。

 顔をあまり見たことがない人間の場合でもなければ無視なんてことは絶対にしない……かなと。


「んー!」

「大丈夫だ、別になにもおかしなことじゃない」


 言ってはなんだが他者の口を塞ぎつつ「おかしなことじゃない」とか言っても説得力というのは微塵もなかった。

 とはいえ、段々と苦しそうな顔になってきたから今度はこちらがもう大丈夫だと塗木を止める。


「な、なんで俊樹としき君がここに……」

「リベンジだ、壮士に仁村は渡さない」

「「え?」」


 あれだけ冷たかったのもそういうことからだったのか……? 俺はてっきり真面目でいい奴の壮士に迷惑ばかりをかけていてそれが気に入らないのかと思っていたが。

 いやほらたまに頼まれてもいないのに動こうとする存在というのは現れるだろ? 

で、大体はそれが悪い方向に影響して止められることになるが、中には滅茶苦茶感謝される場合もあるわけで――ではないよなこの場合は。

 だって俺は絡まれていた側だ、頼んだわけではないがそれで毎回壮士に助けてもらっていた人間だ。


「仁村のことになるとすぐに来る壮士のことが嫌いだった」

「そ、それならなんで昴を悪く言うのさ」

「あ、あのときの俺は馬鹿だったんだ」


 こんなことはなるべく言いたくないが流石にば……アホすぎる。

 好きな子についつい意地悪をしてしまうのは小学生ぐらいだろう、それだというのに中学生がやるなんておかしい。


「伊吹ちゃんと付き合ったのは? というか、いまどういう関係なの?」

「これが上手くいかなかったら別れるよ」

「それって上手くいっても別れるってことじゃん」

「少なくとも中途半端な状態で伊吹とはいたくない、適当に付き合っていたわけではないからな」


 千原と話をしたかった、それ次第でやりやすさというのが変わるから。

 だけど呼んでもらうのも違うから予鈴を利用して離れるしかなかった。




「ふぅ、とりあえず放課後は平和だな」


 ひとりゆっくり校門へ向かって歩いているとずっとこれがいいと考える。

 そもそも壮士だけでも最近は相手をするのが大変だからだ。

 恋愛感情かどうかは分からないが、同性に対して嫉妬してしまうというのはだいぶ余裕のない証だ。


「す、昴君」

「お……って、せめて塗木か壮士に連絡してからにしろよ、下手をすればすれ違いになっていたぞ」

「その場合は昴君のお家に行っていたから……」


 俺としてはここが仲良くしてくれないと困る。

 でもあれだよな、急に彼氏が高校から消えたらそりゃ気になるもんだ。

 だからこれはあくまで普通のことをしているだけ、別に千原が悪いというわけではないことだ。


「私は俊樹君の彼女のままでいたいの、だからその……協力してほしくて」

「俺にできることならする、千原には世話になったからな」

「ありがとう、それでその……」

「塗木ならもう少ししたら出てくるぞ」


 こっちの高校に通っている友に挨拶をしているだけだからすぐに来る。

 ずっとこれがいいと考えてしまうのは塗木が来たら平和ではなくなるからだ。

 それにしても変なことをしてくれやがって、もう口撃してきているとかそういうことでもないのに質の悪い存在だった。


「塗木、千原が来たぞ」

「伊吹……」

「俊樹君っ、学校は無理でも私は俊樹君の彼女のままでいたいよっ」


 ここではい分かりましたとなるなら高校に塗木が来たということ以外は問題ないがどうなるか。


「仁村、さっき話していたら『壮士には勝てないぞ』と言われたんだ」

「それはどういう意味で?」

「ふたつの意味で、らしい」


 は、それなら俺と壮士はそういう関係などと勘違いをされていたという……。


「でも、伊吹には悪いけどまだ変えられないんだ」

「い、いつなら……」

「仁村と壮士の関係をなんとかした後だな、それでもいいなら……」

「それでもいいからっ、このままの関係でいたいんだよっ」


 脅されているなんてこともないし、ここまで言ってもらえるなんて羨ましい。

 しかも他の人間にも優しくできる千原だしな、尚更羨ましくなるというもんだ。


「とりあえず仁村の家に行こう、夜になったら壮士も来るからな」

「塗木はともかく千原に風邪を引いてほしくないからそうしよう」


 飲み物だけ出して俺は部屋に引きこもる。

 結局千原を捨てきれないなら余計なことをするなというやつだ。

 それこそ中途半端で矛盾してしまっている、だというのにそれに気づけていないうえに変えようともしない塗木にため息が出る。

 あとこれなら先輩と力先輩に利用されている方がマシだと言えた。


「昴、あの女の子ってもしかして伊吹ちゃん?」

「そうだ」


 試合の応援に来ていたから母も知っている。

 とはいえ、それなりに時間が経過したうえに髪も少し長くなっていたから聞きにきたんだろう。


「変わったね、髪もあの頃より長くなっていて奇麗だね」

「奇麗より可愛いだろ」

「それはどっちでもいいよ、よいしょっと」


 気まずいんだとしても自分の部屋で休もうとしないところが母らしかった。

「塗木君は凄く愛想がいい子だったしなあ、お似合いのカップルだね」と全く分かっていないところもそうだ。

 妙なところで鋭かったりもするのに作り笑顔は見破れないなんて面白い。


「でも、昴にはやっぱり壮士君なんだよ」


 確かにそうだな、いきなり変なことを言ってきたりとかもない。

 一緒にいて安心できる、それだけではなくこちらからいられるようにと考えて行動しているぐらい。

 中々こんなことはない、嫌われることはあまりないが好かれることもあまりないからそういうことになる。


「それってどういう意味で?」

「え、別に恋人になってほしいとかそういうのではないよ?」

「ちなみに母さん的にはどうだ?」

「好きにしたらいいよ、だけど相手のことをしっかり考えて、だけどね」


 ありがたい、これで後は壮士次第だ。

 完全下校時刻まではまだ時間があるから寝て待っておくことにした。

 彼女といられていることで落ち着いているのかあのときみたいに起こされるなんてことにはならなかった。


「昴、俊樹君は伊吹ちゃんを送らなきゃいけないということで帰ったよ」

「話し合いたいことなんてないしな、千原を大切にしろ、それしか言えないぞ」

「ねえ昴、あの渡さないって――」

「友達としていたかっただけだ、それに俺は壮士がいればいいんだ」


 複数人と上手くやれる人間なら俺はいまでも野球をやっていたと思う、だが、現実はそうではなかったから授業を受けて帰る毎日となっているわけだ。


「母さんにも聞いて大丈夫だと分かったからあとは壮士次第だぞ」

「え、え?」

「踏み込むか現状維持を続けるのかは壮士次第だと言っているんだ」


 俺がいたいと思っているし、これまで滅茶苦茶世話になったんだから彼がその気なら受け入れよう。

 大丈夫、受け入れたところでなんにも変化はない、俺達は俺達らしく一緒にいればいいんだ。

 そういう感情はないということでも変わらない、これまた俺達らしくいればいい。


「つまり……僕が頑張ったら受け入れてくれるってこと?」

「頑張る必要はないけどな、無理なら起こすためとはいえ同性を抱きしめたりしないだろ?」

「ま、待ったっ、きょ、今日はもう帰るね!」

「ゆっくりしてくれ、好きにしてくれればいいから、あ、だけど友達のままではいさせてくれ」


 頷いてくれてよかった、これでなんにも気にせずに今日も寝られる。

 本当は送ろうかと思ったが本人がひとりでいたそうだったからやめておいた。

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