04話.[意地が悪いよな]

「なんで俺の電話番号を知っているんだよ……」


 お風呂から戻ってきたら電話をしている昴がいた。

 交換はしていない子からかかってきたみたいで「なんでだよ」と。


「壮士に用があるのか? それならいまここにいるから変わるけど」


 僕の名前が出るということは野球部の子達かもしれない、意外と関わりがあるから高校の、という可能性もありそうだ。


「は? 悪かったってなんで急に? 中学のときに言おうとしていたのに言えなかった? まあもう終わった話だからいいよ」


 なるほど、声を聞かなくても相手が分かった。

 素直じゃないなあ、時間経過に頼ってなかったことにするよりは断然いいけど。

 スマホを渡してきたから少しの間だけ会話をさせてもらって電話を切った。


「フォークが落ちないということを分かっていて多めにサインを出していたんだってさ、意地が悪いよな」

「でもあれ、ほとんど打たれていなかったよね」

「まあ、ストライクゾーンに投げられていなかったからな」


 彼は笑ってから「振ってももらえなかったんだけどな」と。

 フォアボールばかりというわけでもなかったし、守備だけではなく打者でも頑張っていたから全く馬鹿にされる内容ではなかった。

 親友贔屓みたいなものがあるのは認めるけど、うん、本当にそうだ。


「野球辞めたこと知っていたか?」

「うん、いまでもやり取りを続けているから」

「もったいないよな」

「やる気だけがあればいいわけではないからね」


 親に「高校ではやめて勉強を頑張りなさい」と言われてしまったらしいから仕方がない、友達でもそれならなにもできることはない。

 野球に関われなくなっても伊吹いぶきちゃんとの関係が続いているみたいでよかった、あの子がいてくれればなんとかなる。

 そして僕にとってのそういう存在が昴ということになるわけで。


「昴、今年もありがとね」

「なに言っているんだよ、こっちこそありがとよ。あとさっきも言ったけど誕生日おめでとう」

「ありがとう」


 ……やばい、まだまだ会話がしたいのに眠たくなってきてしまった。

 でも、我慢をする、部活もあるから明日ゆっくり話せばいいという作戦は上手くいかないから。


「お? こっちの腕なんか掴んできてどうしたんだ?」

「昴を寝させないためにだよ」

「といってもまだ十九時とかだぞ? 俺でもこの時間に眠たくなることはないぞ」


 そんなことは分かっている、自分のためにしているだけだ。

 少なくとも彼が寝るまでは寝たくない、もっとゆっくり彼と過ごしたい。

 野球は大好きだから辞めようとはならないけどその点についてだけは残念だった。


「分かった、眠たいんだろ?」

「……うん」

「無理するなよ、俺ならちゃんといるから」

「でも、明日もまた部活だし……」

「じゃあその眠気を一発で吹き飛ばす方法を考えろ」


 一発で吹き飛ばす方法と言われても困る。

 手をつねってみたり頬を引っ張ってみたりしたけど痛かっただけ、これではただの馬鹿だ。


「これだな」

「えっ!?」


 ……あの寝ぼけていたときみたいにこっちのことを抱きしめてくれた昴、それから「どうしても寝たくなかったんだろ? いまので眠気が吹き飛んだだろ」と。


「え、いや、え……」

「悪かったよ、でも、まあある意味眠気が吹き飛ぶ行為だろ?」

「……それどころか心臓が飛び出るかと思った」

「はははっ、それは危険だな、特にいまは冬だから心臓のことをよく考えてやらなければならないからな」


 考えてやらなきゃと言っている子が原因を作ってくれているんだけど……。

 彼はベッドに寝転ぼうとする前に「布団を下から持ってくるよ」と部屋から出ていった。


「っと、この前は忘れて寝てしまったからな」

「ありがとう」

「これぐらい普通だろ」


 ついでにまだ十九時だぞとか言っていた彼がベッドに寝転んでしまったからなんとなくトイレと言って部屋を出た。

 一階に移動してみると文子さんがいたから話し相手になってもらうことにする。


「昴は――じゃないか、いまはちょっと一緒にいたくなかったんだね」

「い、いえ、そこまでではないですけど……」

「なるほど、それでも少し離れたかったということだよね」


 心臓が忙しかったから仕方がない。

 でも、狙い通り眠気はなくなってくれたからよかった……と言えるのだろうか。

 まだまだ話していたかったからこそ頑張って起きようとしていたのにこうして離れてしまっていたら意味がない気がする。


「壮士、逃げなくてもいいだろ、というか嫌なら嫌だと直接言ってくれよ」

「あ、あれ、もう寝るんじゃなかったの?」

「座りながらだと地味に疲れるから寝転びながら話そうと思ったのにまさか嘘をつかれるとはな」

「ち、違うよ、少し自分を落ち着かせたかっただけ……」


 今度は逆にこちらが腕を掴まれることになった。

 顔からではなく直接「逃さないからな」と言われてひぇぇとなったのだった。




「こんにちは」

「こんにちは、歩きながらの方がいいですか?」

「いえ、あなたさえよければお家の中がいいわ」


 特別な関係になれることはないが俺に異性の友達がいるというだけで母も安心してくれるだろうからリビングに通した、まあ、こういうときに限って母がリビングにいないという結果になるが……。


「どうぞ」

「ありがとう」


 特に変わっている感じはしない、力先輩とはなにもなかったのだろうか。

 正直に言ってしまえばこちらがなにもしなくても両思いみたいなものだから当たり前とも考えられる。

 そもそもあの人がいないところでひとり浮かれてハイテンションになっていたらそれはそれで怖いからな。


「昨日、力と過ごしたの」

「あ、よかったですね」

「ええ、だけれど……」


 不安そうというよりも恥ずかしそうな顔になった。

 浮かれすぎてしまったとか、あの人の前だと素直になれなかったとかそういうことかもしれない。


「……恥ずかしくて抱きしめることもできなかったのよ」


 相手のことを意識していたなら俺だって昨日みたいにはできない。

 というかあれは眠気を吹き飛ばすためとはいえやりすぎたな、と。

 壮士が逃げて一階に行ったのも絶対に嫌だったからだよなと別れてからずっと考えていた。


「力先輩はどうしたんです?」

「……力の方が抱きしめてくれたわ」

「ならよかったじゃないですか、須郷先輩から抱きしめるのは次でいいんです」


 あの感じだと先輩に一途だっただろうからクリスマスなどに一緒に過ごせることになればそりゃ動く、しかも相手がそれを拒まずに受け入れてくれたとなればもうやばいだろうな。


「というかこれ、大丈夫なんですか?」

「ええ、あともう少ししたら力も来るから大丈夫よ」

「なるほど、それなら大丈夫ですね」


 この前みたいに来たら別行動を始めるだろうから俺は俺らしくいればいい。

 ではない、あの人が来るまでの暇つぶしの手段として利用されるのは嫌だぞ。

 これは返せているというわけではないし、そもそも先輩達に返す必要もない気がするからだ。


「あ、来たみたいね」

「じゃ、ゆっくりしてきてください」


 俺はまた暇人野郎になってしまうから制服に着替えて野球部の活動でも見に行くことにした。

 何故か別行動をしようとしたときに持ち上げられてしまったが、まあ、敵対視されているわけではないから気にしなくていいだろう。

 グラウンドに余裕があるならグローブとボールを持って行って遊んでもいいかもしれないが多分邪魔にしかならないからやめておく。


「あ、仁村だ」

「よう、休憩中か?」

「いまはそうだな、壮士なら向こうにいるぞ」


 とはいえ、近づくのも微妙だからまたあのお決まりのスポットで見ていることに。

 先生が野球を好きでいるように、俺も見ていることが好きだからおかしな行為というわけではない。

 壮士の熱烈なファンで見に来ているというわけでもないし、勘違いされるようなこともないはずだ。


「だけど仁村は壮士が好きすぎだな、ひょっとしてそういう関係なのか?」

「いや、暇すぎるから時間つぶしの手段として利用させてもらっているんだ」


 あ、そりゃ俺が利用しようとしているわけだから利用されても仕方がないのか、利用するなら利用される覚悟のある奴だけがしなければならない。


「まあまあ、連れてきてやるから待ってろ……って、あっちから来たな」

「俺はいなかったことにしてくれ」

「いや、もう間に合わないだろ……」


 部活があると一緒に過ごすのも大変だから面倒くさい。

 でも、俺がいてほしいからって部活を辞めてくれなんて言えないし、壮士だってこっちを優先して辞めるなんてありえない。

 だからまあこうなってしまった時点でもう、な。


「寂しがり屋の相手をしてくれてありがとう、後は任せてよ」

「おう」


 実際、こうして出てきてしまっているから変わらない。


「昴、毎日必ず家に行くから家で大人しくしていてくれないかな、野球をやっているときに君を発見すると集中できなくなっちゃうんだ」

「……やっぱり昨日のが影響しているのか?」

「うん」

「そうか、なら仕方がないな」


 それなのに家には来てくれるって優しさの塊か。

 怪我をされても困るからそれじゃあなと言って歩き出す。


「っと、力が強いな」


 野球を続けているということは最低限の筋トレをしているということでもあるから当たり前と言えば当たり前のこととなる。

 というか彼は昔からこうして止めたりするときは強かったからあまり関係もないのかもしれないが。


「勘違いしないでね、嫌だったというわけではないから」

「でも、逃げただろ?」

「だからあれは自分を落ち着かせたかったんだよ」


 俺としてはあの後もうざ絡みをしてしまったから引っかかっていたんだ。

 だが、後悔するぐらいならやるなよという話になってしまうので、本人もこう言ってくれているわけだから問題はないということで終わらせよう。


「ははは、そうか、それなら家で待っているよ」

「うん、絶対に行くから待ってて」


 足を引っ張りたくはないが壮士といたいから難しい。

 とにかく家で大人しく待っておこう。




「寒いねー」

「だな」


 もう今年も終わるというところまできている。

 ちなみにメンバーは俺達だけではなく、


「よう」


 そう、彼も含めた三人だ。

 先輩と力先輩は出たりしないということだったから無理だった。

 個人的に言わせてもらえば下手をすれば風邪を引く可能性もあるからそれがいいと思う、なら何故出ているのかと問われれば壮士のせいだと答えるしかない。


「そういえば彼女はよかったのか?」

「友達と友達のお姉さんと一緒に行っているからな」

「へえ」


 久しぶりに会って会話もしたかったがいないなら仕方がない。

 それとここは神社とかそういうことでもなく、あの結構なんでもできそうな公園となっていた。

 これも壮士が決めていることだから言うことを聞くと場所はずっとここになる。


「正直、そっちの高校を志望すればよかったと後悔している」

「中学のときの子達は結構こっちに来ているけど、友達を優先して選ぶのは危ないと思うよ」

「あっちも特に変わらないんだ」

「でもほら、いま昴が言っていたように彼女さんもいるんだからさ」

「正解だったのか最近はよく考えるんだよな」


 教師や授業内容に不満はない、あそこを選んでよかったと思っている。

 だが、彼は向こうを知っているわけで、そのうえでこっちに来たらどう感じるかは分からない。

 そもそも簡単に転校なんてできないし、言っても意味のないことだ。


「壮士とやり取りを続けられているんだからいいだろ? 壮士に言えばあのときのメンバーだって集めてくれるだろ」

「仁村は来てくれるのか?」

「え? まあ、時間だけは有り余っているからな」


 一番俺を嫌っていた彼が言うのは面白すぎるが、誘われれば普通に行く。

 拗ねて断り続けるような人間ではない、この前が少しおかしかっただけで距離を作るような人間ではないんだ。

 寧ろ嫌われているなら一緒にいて直さなければならないところを指摘してもらおうとする人間だった。


「昴は他の子には好かれていたよね」

「それなりに話していたからな」


 とはいえ、連絡先を交換できているわけではないからいまも関わり続けられているのは壮士とだけになる――あ、彼もいたか。

 それとあとひとりは彼に協力していたとかそういうことでもなんでもなくただ単純に嫌われていたが。


「それなら冬休みの間に集まらないか? 久しぶりにあいつらとも話がしたい」

「分かった、それなら任せてよ」

「ありがとな、壮士には小学生のときから世話になってばかりだ」

「いいよ、友達なんだからこれぐらい当然だよ」


 あれ、そう考えると壮士は変なことをしている。

 クラブでやっていたなら中学でもやるべきなのになんで部活に入部したのか。


「壮士、中学の部活に入ったのは俺が野球をやると言ったからじゃないよな?」

「ん? そうだけど」

「もったいないだろ……」

「そうかな? 僕としては野球に関われていればなんでもよかったんだよ」


 って、こんな話をしている間にどうやら日付が変わってしまったようだ。

 少し自分に呆れもしたが明けましておめでとうと挨拶をしておく。

 なるべく早く帰って寝ないと夕方まで寝てしまうから解散でもいいぐらいだった。


「今日は仁村の家に泊まってもいいか?」

「いいぞ、壮士も行くぞ」

「了解」


 そもそも限界が近づいてきていたというのもあった、俺は本来夜中まで起きていられるような強さはない。

 今日は彼もいるから一階に布団をふたつ敷いてさっさと寝てしまおうと思う。

 寝て起きたらテレビを見つつ餅を食べたりすればいい。


「じゃこれで、おやすみ」


 壮士は間違いなく文句を言ってくる、そういう前提でいたのだが「おやすみ」と簡単に許可されてしまって扉前でヘコんだ。

 まあそりゃ暇だからって活動を見に来る気持ちが悪い同性だからこういう対応にもなるか。

 ここに来てくれたのは相棒を守るため、なんてな。

 いつまでもヘコんでいても仕方がないからベッドに寝転んだらあっという間に眠気がやってきた。

 それに任せてすーすーと寝ていたはずなのだが、


「に、仁村、起きてるか?」


 急に男の声が聞こえてきて現実世界に戻ってきたことになる。


「ひとりじゃ怖いのか? はは、意外と可愛いところがあるな」

「そんなのじゃない、ただ、こういうときでもないと仁村とは……話せないから」

「もの好きだな、この前だって急に謝ってきたりさ」

「……それを後悔しているんだ、でも、もう変えられないからな」


 そうだ、過去のことはもう変えられない。

 一応壮士のことを考えてしたとしても抱きしめるのはやりすぎだ、そうやって繰り返して内で言ったところで事実は消えないんだよな。

 後悔は先にできないようになっているんだ、これはずっと昔からそう、急に変わったわけではないんだ。


「だけど安心できる点もあるんだ、それは壮士がいてくれていることだ」

「ああ、確かにな」

「そう、だから一方的に謝罪だけさせてもらった、そうやって前に進みたかった」


 目も暗闇に慣れてきて彼の顔も見えるようになったが、前に進めたような顔には見えなかった。

 だが、どういう言葉を投げかければいいのかが分からなくて少し黙る羽目に。


「安心して、僕が昴を支えるから」

「壮士……」

「そもそも僕が昴に支えてもらっているんだけどね」


 一緒にいるだけで力を与えられるような人間ではないとは言わない。

 俺は壮士ではないし、他者から見たらどうかは分からないからだ。

 だけどまあなんか無理やり俺が言わせているように見えて複雑な気持ちになるのは確かなことだった。


「悪い、ひとりで過ごしたいんだ」

「じゃ、僕はここで寝ようかなー」


 布団を持ってこいよと言おうとしたらこの前みたいに端を利用されてしまった。

 今日は自分のミスでもないのにとかなんとか考えたものの、いいかと終わらせる。

 眠たいからな、これで今度こそ朝まで一直線コースだ。


「心臓に悪いよ」

「冬だからな」

「ばか、昴のそういうところは駄目だね」


 駄目らしいから明日とか明後日とかの自分に任せるとしようと決めて、目を閉じて寝ることに集中した。

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