03話.[必要はないんだ]
「太いな」
「昴君、流石に人を見てそんなことを言うのは感心しないな」
「違いますよ、ほら、あそこにいる黒猫の尻尾が太いので」
というかこの人と歩いていると視線を集めるから落ち着かない。
どちらかと言えば筋肉がすごいというそれよりもイケメンなことに反応されているみたいだが……。
「ここだ」
「これはまた女子向けの店ですね」
「構わない、『女性限定』なんて書かれていないのだからな」
よく入るよ、まあでも、ケーキが美味しそうだから食べていくとするか。
店内もそこまで混んでいるというわけではないし、男ふたりが食べていたってそう目立つこともない。
あっちにはカップルの男女もいるしな、犯罪行為をしているというわけでもなければ気にする必要はないんだ。
「売り切れていなくてよかった、これで明日も頑張れる」
「力先輩と同じのを頼みましたけど、これ、美味しいですか?」
「安心してくれ、これは最高に美味しい」
「そうですか、それなら」
なるほど、甘すぎなくていい。
先輩は栗が好きなのか、意外なような意外ではないようなという感じだ。
「昴君、初絵に優しくしてくれてありがとう」
「ちょっと偉そうに言わせてもらっただけです」
「あと、あんなことを言った後でださいが俺は……」
「俺は聞いていませんからなんのことか分かりませんね」
「ははは、すまない、ありがとう」
女性向け的な雰囲気が漂っているからとはいえ、そういうのを理由に行かないのはもったいないということが分かった。
今度は壮士を連れて行くことにしよう、あれでいて菓子だけではなくこういう甘いやつも好きだからきっと喜んでくれるはずだ。
「昴君と壮士君の関係が少し羨ましいよ」
「壮士のおかげですよ」
「そうだろうか? 近くにいてくれるような魅力が昴君にもあると思うが」
「俺は俺なりに毎日を楽しんでいるだけですけど、他者から見たら適当にしか見えないレベルだと思いますけどね」
そろそろ会計を済ませて出るか。
まとめて払おうとしたら「俺が払うからいい」と払えなくなった。
まあ、スムーズに済ませるためにそうしただけで奢るつもりはないだろうから外で渡そうとしたのだが、
「いいんだ」
残念ながら受け取ってくれなかった。
地味に値段が高かったからありがたいと言えばありがたいものの、すっきりしないのも確かで。
「気にするな、昴君は俺達のために動いてくれたのだから」
「そうですか」
「ああ、今日は付き合ってくれてありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
途中で別れて帰路に――はつかず、また学校で活動しているところを見ていくことにした。
邪魔にならない場所に段差があるからそこに座ってのんびりとする。
親友だからというのもあるが、こうも分かりやすいのは野球部の中で一番明るいからだろうか。
「やっぱり興味があるんだな」
「いいんですか?」
「い、いまトイレに行ってきたんだ、最近は冷えるからトイレが近くてな」
分かる、寒かったら年齢とか関係ない、大体三十分に一回ぐらいは行っている。
それだというのに何故か授業中とかにはそうならないんだ、なんでだろうな。
「徳元先生は野球が大好きですよね、生徒がやっているところを見て自分がやりたいとはならないんですか?」
「なるぞっ、なるから問題なんだ……」
「やってはいけないなんてルールはないですよね?」
「まあ、そうだが……」
「あ、いや、なんか偉そうにすみません」
前みたいに待っていると思いますと言ったら「そうだな」と先生は歩いていった。
まだまだ時間がかかるからいつものように頬杖をついて見ておくことに。
だが、そうしない内に外なのに眠たくなってきて……。
「昴!」
「……おお、生きている人間は温かいな」
「え、えー! な、なんで僕は抱きしめられているの――じゃなくてっ、早く帰らないと駄目だよっ、体が冷えすぎているから!」
「帰るか」
外で寝られるなら家のどこでも寝られるということだ、流石に奇麗にしていてもトイレや風呂場では寝たくはないが。
「見ててくれるのは嬉しいけど冬とか夏なら早く帰ってほしいな、風邪を引かれる方が嫌だからさ」
「というかよく気づいたな」
「送球したときにたまたま気づいてね」
たまたまでよかった、って、当たり前だよな。
仮にすぐに気づいていたとしても俺が大好き人間というわけではないから野球の方に集中するだろう。
口にしなくてよかったと思う、真顔で否定されたら流石にヘコむ。
「今度ケーキ食べに行こうぜ、今日力先輩にいい場所を教えてもらったんだ」
「ケーキっ? え、昴もちゃんと食べたの?」
「ああ、力先輩と同じ物を頼んだんだけど美味しかったよ」
「いいねっ、ちゃんと付き合うところが偉い!」
そりゃ店に入ったのになにも頼まないなんてできるわけがない。
ただ、もう少しでクリスマスになるからそれに合わせてではないと金が尽きる。
誕生日プレゼントも買ってやれなくなるし、よく考えて行動しなければならない。
「明後日からテスト期間だから終わってからだね」
「クリスマスでいいだろ……って、今年も大丈夫なのか?」
仮に過ごせなくてもその前日か翌日に渡せばいいからいいと言えばいい、誰かと約束をしているのに無理やり参加するなんてできないからそういうことになる。
だが、俺らは毎年一緒に過ごしてきたからどうせなら続けたいという気持ちがな。
「うん、そのために予定を空けているから」
「本当にいいのか? 壮士の両親は祝いたいと思うけど」
「ありがたいけど毎年そうだったわけだからね」
ならいいということにしよう。
無理やり過ごしてもらっているというわけでもないから問題ないと片付けた。
「テスト、どうだったの?」
「悪い結果にはなりませんでしたよ、壮士も安心したような顔で部活に行きました」
「そう、それならよかったわ」
テスト期間中も「部活をやりたい!」とずっと言っていたから中毒者的にはありがたいことだろう。
「仁村君、この後って暇? 暇なら付き合ってほしいの」
「大丈夫ですよ、すぐに帰ってもやることがありませんからね」
先輩に付いていくとすぐに目的地には着いた。
子どもの頃によく遊んだ近所の公園だ、広いのと禁止にされていないということもあって野球もサッカーも他のスポーツもすることができるようなそんな場所だ。
「力先輩とのことですか?」
「ええ、あれから頑張ってみたのだけれどどうしても上手くできなくて……」
「それなら直接言うしかないですね」
正直なところを聞いている身としてはなんとも微妙な感じだ。
大事な情報をぺらぺら話すような人間ではないから言ったりはしないが、余計なことを言いそうになってしまう。
そもそも力先輩からすれば本人から頼まれたからとはいえ、なにふたりきりになっているんだと言いたくなる状況だ。
「あれ、力先輩じゃないですか?」
「あ、本当ね」
「ひとりみたいですし、行ってきてください」
「……そうね、行ってくるわ」
よくありがちな異性と歩いているところをたまたま目撃してしまって~的なことにはならなかった。
先輩は悪く考えすぎてしまいそうだから、というのもある。
「おい」
「ん? うわっ」
高校は違くても同じような場所に住んでいるわけだからこういうこともあるか。
それでも二年の冬現在まで顔を合わせないままで済んでいたわけだから最後まで貫き通したかったがな。
「壮士は元気か?」
「今日も元気に野球をやっているよ、そっちは?」
「俺は辞めたからな、そうでもなければこんな時間にいられないだろ」
「は? なんで辞めたんだよ?」
それには答えずに横に座ってきた。
離れようがない中学のときよりは気にならなかったから逃げずに座っていると、
「さっきの人は彼女か?」
などと知らないから仕方がないにしても変な質問をしてきた、男子の方に走っていったのは見ていなかったのかよと言いたくなる。
「あの子とはどうなったんだ? まさか部活を辞めたように別れたとか?」
「まだ付き合ってるよ」
彼の彼女は俺に対しても優しくて寧ろ彼に注意をしていたぐらいだった、まあ、多分そういうのも面白くなかったんだと思う。
なにもできていないのにたまに無条件で優しくしてくれる人間というやつに出会うんだ、壮士なんかが特にそうだ。
感じる心があるし、考えられる脳があるから自分と相手との差に引っかかることになるわけだが、向こうにとってはそんなこと関係ないとばかりに踏み込んでくるわけで……。
「同じ高校でよかった、そうでもなければ多分壮士に取られていたからな」
「壮士か、女子とふたりきりにはならないように行動しているから分からないぞ」
「っても、気に入ったらどうなるのかは分からないだろ」
これまで一度もなかったから分からない。
いつかそういう存在が現れたとしたならこっちは応援するだけだ。
俺の頑張れという言葉にどれぐらい価値があるのかは分からないものの、そう言わせてもらうと決めている。
「今更だけど野球を辞めているならなんでそんなスポーティな感じなんだ?」
「走ることだけはいまも続けているんだ、じゃあこれで」
「おう、気をつけろよ」
顔を合わせなくなればこんなものか、というかいまの俺はあいつになにか迷惑をかけているというわけでもないから当たり前か。
流石になんに関してでも怒るような人間ではない、疲れるだけというのも分かっているからこうなる。
しかももう高校二年生もほとんど終わるというところまできているんだ、だったらそれ相応の態度でいなければならないよな。
就職組なら卒業したらすぐに社会人になるわけだし、いつまでも精神が子どものままでは不味いだろう。
「帰るか」
もっとも、俺は俺らしくやっていくだけだ、なにか注意をされたらそのとき直せばいい。
悪いところ以外は現状維持というか、そういう生き方しかできないと答えるのが正しかった。
「ただいま」
母はどうやらいないみたいだったから直接部屋に向かう。
制服から着替えずにベッドに寝転ぶ。
「昴、入るよ」
「あれ、家にいたのか」
「うん、ちょっと眠たくてさっきまでお昼寝をしていたんだ」
夜更かしなんかをしていなくてもそういうときはあるか、母は毎日家事をしてくれているから少しずつ疲れというやつが溜まっていたんだ。
これも偉そうだが休めるときに休んでくれればいい。
「テストお疲れ様、慌てている感じはしないから大丈夫だよね?」
「ああ」
「よし、これでやっとゆっくり話し相手になってもらえるね」
「俺でよければ付き合うよ」
毎日話していたけどなとかそういうつまらない水差しはいらない。
世話になっているから、母に対してだって返していかなければならない。
できることは少ないからこういうことでしか返せないが、それでもなにもしないままよりはいいだろという考えだった。
「今年最後の登校日かあ、なんか早かったなあ」
「壮士は今日も明日も明後日も部活だけどな」
「でも、教室に行くことはないからね」
補習とかプリントなどを忘れたりしない限りはそうか。
それなら今日は少し残っていくのもいいかもしれない。
完全下校時刻は十七時となっているから帰りは一緒に帰ればいい。
「つか、今日大丈夫なのか?」
「当たり前だよ」
「それなら終わるまで待っているから終わったら買いに行こう」
「うん、楽しみにしてるね」
食べ物もそうだし、誕生日プレゼントもそうだ。
毎年本人が欲しいと言った物を買うことにしているからミスもない。
残念な点はあまり使っていないはずなのに金が貯まっていないということ、だから本当に欲しい物を買ってやれていないというのが現実だった。
今年は三千円、まあ、絶望的という感じではないが……。
とにかく授業があるわけではないから終業式とHRはすぐに終わった。
大好きな部活を今日もやれるというのに涙目だったのは誕生日だからだろうか。
「仁村君、今日も残るの?」
「はい、今日は壮士の誕生日でもあるので一緒に帰ろうと思いまして」
「そうだったわね、おめでとうと言っていたと伝えておいてちょうだい」
「分かりました」
「ありがとう、それじゃあまた来年にね」
変に残ってくれなくてよかった、この前みたいにひとりにされると余計に寂しくなるからだ。
「昴君、初絵を見なかったか?」
「もう帰りましたよ、今日一緒に過ごす約束でもしていたんですか?」
「そうなんだ、だが、どうしてかすぐに別行動をしようとして困っている」
「それなら急いだ方がいいですよ、ちゃんと捕まえておいた方がいいと思います」
「そうだな、ありがとう、それではまた来年にな」
あんな普通なふりをしているがその内側は大慌てということか。
俺達には起こらないそれ、少し羨ましいかもしれない。
とにかく、頬杖をついてぼうっとしているのにも限度があるから突っ伏して待っておくことにした。
外でも寝られる人間だから問題はなかったのだが、起きたら十六時五十分だったことが分かったときは流石に冷や汗が出たね。
「あ、もう帰っちゃったのかと思ったよ」
「そんなことするわけがないだろ、それに仮になにかの用で帰っていたとしてもどうせ一緒に過ごすことには変わらないんだからさ」
「はい言い訳はしないでね、誕生日に不安な気持ちにさせられた人間の気持ちをちゃんと考えてください」
「いいから行くぞ、一旦家に帰るのは不効率だからこのままな」
友達がろくにいない俺的には全く問題はないが、彼的にはどうなんだろうか。
何度も言っているように出会ってからは毎年一緒に過ごしている。
こっちから過ごそうと誘うときもあれば、彼から誘ってくることもある、話し合いもせずに自然に一緒に過ごしたときもあった。
これっていいのか? それともなんらかの狙いが……。
「よかった、今年は一緒に過ごせないとか言われなくて済んで、もし言われていたら僕の人生が終わっていたよ」
「俺と過ごすということは壮士にとっていいこと……なんだよな?」
「当たり前だよ」
あの嘘くさい笑みではなく気持ちのいい笑みを浮かべているからいいのか。
無理をしていると分かれば流石に過ごしてきた時間の長さ的に気づけるから問題ないということにしよう。
それにしても大袈裟な奴だ、人生が終わっていたってなんだそれ。
「あ、なにが欲しいんだ?」
「あれから色々と考えたんだけど昴が持っている物かなって」
「は? 三千円までの物なら買ってやれるけど」
「新しい物より昴が持っている物が欲しいな」
俺が持っている物と言われても困る。
ゲームとか本とかそういう娯楽物があるというわけでもないし、それ以外は服とかそういう物しかないからだ。
それともこれは試されているのか? 「長くいるんだから僕がいま欲している物ぐらい分かるよね?」とそういうことなのだろうか。
「お、おい、目とか腕とか命とかはやれないからな?」
「え? もう、なに言っているのさ」
「だ、だよな、でも、そうなるとあげられる物が……」
「とにかく、それでいいからご飯だけ買って帰ろうよ」
まあいいか、母が食べ物代を昨日くれたからそれで買ってしまおう。
ろくな物を用意してやれないから払わせないことで強制的に彼のために動けたことにしようと思う。
仕方がない、物を買って贈るということができなくしたのは彼だから我慢をしてもらうしかない。
「重いね、早く帰ろう」
「持つぞ」
「いいよ、僕も食べさせてもらうんだからこれぐらいはやらないといけないんだよ」
家に着いたらすぐに食べるのではなく先に選んでもらうことにした。
とはいえ、部屋内にしか俺の物はないから本当に限られた物になるが。
「そういえばこれ、まだちゃんと持っておいてくれているんだ」
「相手から貰った物なんだから当たり前だろ」
俺と壮士がふたりで撮った写真だった、それをなんか小さいあいつに入れて渡してきたんだ、だからそのまま同じ場所に置いてある。
写真の中の俺達はいまと違って若い。
「これかな」
「おいおい、それは幼稚園のときに描いた似顔絵がプリントされたマグカップだぞ」
似たような自分が言うのもなんだが子どもが描く絵って怖い、闇を感じる。
だが、同じ幼稚園ではなかったから新鮮ではある……のか?
「使用はしていないが……」
「え、使っていないの?」
「な、なんか恥ずかしいだろ、それにこれが欲しいならその方がいいだろ。洗っているとはいえ何度も同性が使っているカップは嫌だろ」
断じて使用していないがな、いまのは使用していた場合の例だ。
ここに置いてあるのも母が大事にしておけとうるさく言ってきていたからだし、これでいいということなら俺的にはありがたい。
毎日視界内に入ってくると何故かうわー! と叫びたくなるから。
「じゃあこれにする」
「おう、じゃあ持って帰れよ」
「ご飯食べよう!」
「だな、腹減った」
俺の人生なんだから緩く生きなきゃな。
計画を立てて行動をするのは偉い人間だけでよかった。
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