02話.[もったいないわ]

 やっぱりそうだ、俺が確かめたかったことはあっさり分かった。


「須郷先輩、なんで壮士は女子とふたりきりになるのを避けているんですかね」


 あれでは露骨すぎる、笑みが嘘くさいんだ。

 誰か好きな人間がいるからああしているということなら、いや、それにしたって急に男子を呼んだりしたら怪しまれるだろう。


「求められる子だからじゃないかしら、勘違いされたくないのよ」

「それだけですかね、別にそれなら断ればいいじゃないですか」

「あなたね、断る方だってノーダメージというわけではないのよ?」

「そうなんですか、経験者は違いますね」

「ちなみに私、振られたことしかないけれどね」


 先輩のそれは自業自得だから仕方がない。

 変なことをせずに実力勝負を仕掛ければきっといつかはそういう相手が現れるだろうから心配もいらないが。

 力先輩もいるからな、あの人は先輩には絶対に必要な人だ。


「それにしても部活をやっている男の子なのに元気ね」

「ですね」

「仁村君も少しは見習いなさい、なんというか……そう、もったいないわよ」

「もったいない?」


 もったいないってなにがだ? 俺は俺なりに楽しく過ごせているが。

 変わらない毎日に飽きているとかそういうこともないし、学校も好きだからよく分からない。


「土曜日、あの子がお家に泊まりに来るのでしょう? それなら日曜日でいいからキャッチボールにでも付き合ってあげなさい」

「あ、いいですね」


 って、そういえば代わりに行くという話はどうなったのか。

 先輩と壮士のそれも終わったわけだし、いま来ていないことを考えるとなかったことになる可能性が高いか。


「須郷先輩も来ます?」

「いいわ、私は力とやりたいことがあるから」

「やらしいことはなしですよ?」

「ふふ、どうかしらね」


 会いたくなったのか単純に戻りたくなったのかは分からないが、先輩は「それじゃあまた後でね」と残して歩いていった。

 俺はいつものように頬杖をついて教室内を見ていたものの、


「てい」

「うわっ」


 その支えとなる肘を攻撃されてやられそうになった。


「須郷先輩とどんな話をしていたの?」

「壮士の真似をしてみたらどうだって言われたよ、それからもったいないともな」

「あ、確かに昴はもったいないよね、運動ができるのにどこにも所属しないでいるんだからさ」

「いや俺、下手くそだから」


 この異様に高い評価はなんなのか、一番近くで見てきているのに不思議なことを言う人間だ。

 つか絡まれていたのもそういうことからだしな、真面目にやっていれば誰からもなにも言われないというわけではないんだ。

 だというのに人数が少ないというのが問題だった、それで勝手に出ることになってしまうから溝がどんどん深くなる。


「下手くそな人間が投手、任されます?」

「少なかったから仕方がないだろ」


 外野から投手にというパターンばかりだったからメインというわけではない。

 変化球だってろくに投げられなかったし、俺だって外野で大人しくがよかった。

 あれは彼のせいでもあるんだ、あのときの顧問にも余計なことを言うから……。


「僕なんてやってみたかったのに一度も任せられませんでしたが」

「それは壮士が内野守備をやらないとボロボロになるからな」

「……酷いやられ方をしたことがあったよね」

「ああ、一度だけ十八点も取られたことがあったよな」

「あのときは色々な意味で泣いたよ、来てくれている保護者の人の目もなんか……」


 ちなみにそのときの投手は三年の先輩だった、慣れているのか悔しそうな感じでもなかった。

 だけどあのときはよかった、何故なら先輩もいて試合に出る必要がなかったから。

 一年生のときから上手いということで彼は試合に出ていたが、俺はそういうのとは無縁だったからな。


「しかもあの試合、僕がエラーして一点取られたのもあるからね……」

「仕方がないだろ、追いつけないぐらい離れれば集中力だって下がる」


 全員が全員とは言わないものの、やる気は全く感じられなかった。

 不真面目な俺がこの目で見てそう感じるぐらいだから相当だろう。

 そう考えると俺達の代になってからはそれなりにマシだったな、と。

 後輩に上手い奴がいたというのもあるし、彼がうざく感じない範囲で上手くまとめていたから雰囲気も悪くなかった。

 まあその雰囲気が悪くないはずの部内で問題みたいなのを起こしたのが俺なわけだが……。


「でも、それって開きなってしまっているみたいで嫌だな」

「壮士は俺の友達でいない方がいいな、俺と違って真剣にできる人間だから」


 とはいえ、高校と違って途中退部なんかできないんだから仕方がない面もある。

 あとふざけていたわけではないからな、俺は俺にできる範囲でやっていたのに文句を言ってくる人間がいたから……。

 なんでも正論を言えばいいというわけではないんだ、下手くそに下手くそだと言ったところでいい雰囲気なんかには絶対にならない――って、俺と違ってやっぱり彼は偉いよ。

 いつだって自分を守るために動いている、んで、隣にいてくれているのが他者のために動ける人間だからその酷さが余計に目立つんだ。


「さらばだ、またな」

「確かにもう授業が始まるからね、また後で会おう」


 冗談だと分からないのもあれだな。

 なにかと苦労しそうな人間だった。




「今日も疲れた~」

「そうだそうだ、学校が終わった後ぐらい素を出さないとな」

「いつも素だけどね、昴以外の友達の前でも疲れたとかそういうことは言うし」


 それならいい、他の友の前で偽ったりとかしていなければ壊れる心配もない。


「なあ、壮士って女子とふたりきりにならないように徹底しているよな」

「あーうん、そうだね」

「求められないようにするためか?」


 だけどそうなると矛盾しているということになる、何故なら彼は「好きになってもらいたいな」とよく口にしているからだ。

 異性なら誰でもいいというわけではないから仕方がないのかもしれないが、それにしたって露骨すぎだなと。

 しかもかなり不自然にやるから駄目だ、やるならもっと上手く、さり気なくできるようにならなければならない。


「ちょっと前に女の子関連のことで嫌なことがあったからね、だから須郷先輩の言うことを聞いて馬鹿なことをしようとした昴には焦ったよ」

「あっという間に終わったけどな」


 好きな異性の友達にいきなりああして行動ができるんだからもうちょっとは頑張れよという話だ。

 やられた側もこれではすっきりしない、だからこの前みたいに自然と会話をしてしまっている。

 進んで敵を作りたいというわけではないが敵の方がやりやすいことというのがあるんだ、普通の態度で来られるとついつい言うことを聞きたくなるという弱さも抱えていた。


「まあ、とりあえずその話はいいよ、せっかく昴の家にいられているんだからさ」

「そうかい、なにもないがゆっくりしてくれ」

「ちょちょっ、なに寝ようとしているのっ」

「え、だってもう二十一時半だぞ?」


 野球部は土曜も部活があっていつもと同じぐらいの時間までやっている。

 完全下校時刻の二十時というわけではないが、彼が食事と入浴を済ませてから来た時点で似たようなものだった。

 夜更かしをするタイプではないから二十一時半から二十二時には寝る人間、そのため、正直に言えば眠たくなってきてしまったのだ。


「まだ起きててよー、せっかく昴とゆっくりできるんだからさー」

「悪い、明日付き合うから、おやすみー」

「あ、ちょっ」


 それで朝まで寝て、


「へへへ」


 ……朝まで寝る前に距離が近すぎて目を開けることになった。

 流石に目を開けつつ寝られるような能力は有していないため、満足してもらえるまで寝られないコースに突入となる。


「明日は昴と色々なことがしたいんだよね、キャッチボールとか……あ、お買い物とかもしたいんだ」

「買い物? なにか欲しい物でもあるのか?」

「うん、結構ボロボロになっちゃったから新しいタオルを買おうと思ってね」

「お、じゃあ一枚買ってやるよ」

「ほんとっ? それは嬉しいなあ!」


 夏ではないから自分の分は必要ないのがいい、スポーツ用みたいなやつは地味に値段がするからありがたい。


「それに二十五日が壮士の誕生日だからな」


 クリスマスが誕生日なんていいのか悪いのか。


「えっ、た、誕生日プレゼントなら……タオルは嫌かな」

「おいおい、金があまりない人間に難しいことを言うぜ」


 ○○は嫌とかはっきり言えるのもすごい、俺にはできない。

 どんな物だろうと相手がくれたんなら嬉しいし、俺も返そうという気持ちになる。

 貰うだけ貰って終わらせるような屑人間ではないんだよ。


「だ、だって誕生日だよ!?」

「わ、分かった分かった、それなら違うのにするよ」


 それならタオルの件はなしにしてもらうしかないな。

 残念ながら本当に余裕がない、あんまり使用もしていないのに貯まっていかない。


「悪い、もう寝るわ」

「分かった、それなら文子さんと話してくるね」

「おう、おやすみ」


 電気も消してくれて真っ暗になった。

 仰向けでは寝られないから横側を向いて寝転んだ。

 そのまま朝まで寝て、


「あ、そういえば布団を敷いてやらなかったな」


 と、掛け布団の端の方を利用しつつ床で寝ている壮士を見て気づいた。

 少し寒かったのは下まで引っ張られたからだったものの、なにもせずに寝てしまったわけだから自分が悪いと片付ける。


「んー、壮士でよかったな」


 先輩が折れてくれていなかったらここにムキムキ先輩が寝ていたことになるし、そうなったら絵面がなんかやばいからありがたい。

 起こすのも可哀想だから一階にひとりで行くと母がもう起きていた。


「母さん、おはよ――なんだ?」

「ふふ、だって昴にくっついている壮士君が可愛いから」

「え? あ、別にただ後ろにいただけだろ」


 び、びびった、もし殺意があれば普通に殺られている距離だ。

 しかしまあ静かに近づいてくるもんだ、起こさなかったことでこうしたということならどうすればいいのか。


「すばるは……ぼくの……もの」

「それなら壮士君のお家に持って帰ってもらわないとね」

「だいじょうぶ、ちゃんとおせわをする」

「うんうん、お願いね」


 なーに言っているんだこのふたりは、そうでなくても寒いのに変なことで冷やしたくはないから洗面所に移動した。

 顔を洗ってから後ろを見てみるとまだまだ眠そうにしている壮士が見える。


「昨日何時まで起きていたんだ――これは相当重症みたいだな」


 野郎に抱きついてどうするんだ。

 先輩のあれを受け入れておけば異性に対して同じようなことができたのになにをしているのかと言いたくなる。

 友達である俺のことを考えてくれるのは嬉しいが、目先のことだけ考えてチャンスを潰してしまったのは問題だった。


「って、うわ!? も、もう昴! なに抱きしめてきているのさ!」

「えぇ」

「なんて、冗談だけどさ」


 彼はばっと離れた距離分縮めてきて「ふむ、悪くないね、なんか全部受け入れてくれそうで」なんて言ってきた。

 所詮俺だから全部受け止めるなんて無理だ。

 だが、そうぶつけても「昴ならできるよ」とまた謎の高評価なのだった。




「なんか速くなってないか?」

「一応ずっと続けているからねー」


 ずっとやり続けられるのって単純にすごい。

 それにしても野球ってやつはキャッチボールが一番楽しい。

 じろじろ見られることもなく、自分が投げたいように投げられるこの時間は最高としか言いようがない。


「座るから投げてみろよ」

「え、高校でも内野だけど」

「いいだろ、投げたかったんだろ?」


 捕手として出たことはないから新鮮だ。

 ずっとこの体勢でサインとかを出しつつよく投手を支えているよな。

 俺だったら二十球ぐらいで辛くなってしまうぐらいだ。


「壮士、実はこっそり練習していたんじゃないか?」

「はは、分かった? まあ、ある程度のコントロールは野球に関係していればね」


 全く落ちもしないのに一試合に何回かは挟んで投げたりもした。

 つかあれだ、下手くそだと言ってきていたのは捕手の人間だからな。

 やりたいからではなくお互いに顧問に言われたからしていただけだからああいうことになる。


「そうだ、見てて」

「おう――うわっ、す、ストレートだけにしてくれよ……」

「ははは! 昴を驚かせようと思ってさ!」


 い、嫌な奴だ、俺が投げられなかったというのに簡単にやりやがって。

 というか余計なことを言っていないで自分が投手をやりたいなら言うべきだった。

 極論を言ってしまえば投手が打たれない限りヘッタクソ野郎が内野及び外野を守っていても問題はなかったわけだから。


「昴の息子は大丈夫?」

「いや、ファールカップがないときに変化球は危険だ」

「僕のはそこまでじゃないけどもういいよ、普通にキャッチボールをしよう」

「おう」


 好きな時間とはいっても延々にできるわけではないから三十分ぐらいが経過したら終わりにした。

 買い物に行きたいとも言っていたから悪くはないだろう。


「あら、仁村君と壮士君じゃない、こんにちは」

「「こんにちは」」


 ひとりか、どうせならムキムキ先輩も誘えばいいのに。

 恋愛感情を抱けないんだとしても安定して話せる友人というのは大事にした方がいい、自ら離れるなんて馬鹿のすることだ。

 俺は行動する前に止めたから矛盾とはならないと、そう内で言い訳をした。


「それでどこかに行こうとしているところなのよね?」

「お買い物に行くんです、須郷先輩も行きますか?」

「いいの? それなら参加させてもらおうかしら」


 彼も友達としてなら大歓迎ということなのだろうが、あんなことがあった後すぐによくこういう対応ができるな、と。


「ん? なんで俺の横に来るんです?」

「ごめんなさい」

「ああ、まあ、壮士もあんな感じですからいいですよ」

「……あなたも壮士君と同じね」


 俺が壮士と同じでいられているところはピーマンが好きだというところだけだ。

 それ以外ではなんにも似ていない、なれるとも思っていない。

 俺は俺にできる範囲で学校生活というやつに集中するだけだった。


「力はいい子なの」

「ですね、いきなりだったのにちゃんと付き合ってくれましたし」

「でも、……女の子扱いしてくれないところが嫌なの」

「え、そうですかね?」

「いつも妹とかに接するみたいな感じでくるから……」


 実際に妹さんがいることも教えてくれた、そしてそのせいで時間が経過する毎に酷くなっているということも。

 妹さんといるときは滅茶苦茶甘そうとなんとなく想像ができてしまう。


「家族が相手のときと同じように対応されていることをよく考えられませんか?」

「私だからということ?」

「須郷先輩にだけそうしているのかは知りませんけど、もし須郷先輩だけにしているのだとしたらそれだけ距離が近い証拠でもあると思うんですよね」


 あの人が本当に好きになれるわけがないなら「付き合いなさい」と言われたときにあんな反応はしない、だからこそ俺は聞かなかったことにしたんだ。


「偉そうに聞こえたらあれですけどあの行為をやめるだけで解決すると思います」

「……もうしないわ、だって結局あれをして付き合えたことがないもの」

「はい、俺から言えるのはこれぐらいです」


 先を歩いている壮士が黙ったままなのも気になるが、いつだってお喋り人間というわけではないことも知っている。

 そういう絶妙な行動で相手はついつい大事な情報なんかも吐いてしまうのかもしれない。


「結局、昴は自分が言っている程、適当じゃないんだよね」

「俺は適当だぞ」

「適当じゃないっ」

「き、昨日から情緒不安定だぞ……」


 が、こんなところを見て先輩がくすくすと笑いだしてしまったから見つめ合う羽目になった。

 幸い店にはすぐに着いたから意味不明な時間はすぐに終わったがな。

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