118作品目

Nora

01話.[頑張ってくれよ]

「最初は監督いないんだってさ」

「お、じゃあ最初は楽しくできるな」


 部活か、中学ではやっていたが高校に入学してからは一切縁のないことだから懐かしさがやばかった。

 なんて、懐かしさなんか感じていないで帰るとするか。


「あ、すばるもう帰るの?」

「おう、壮士そうしは部活だろ、頑張れよ?」

「うん、ありがとう、それじゃあねー」


 新屋壮士、幼馴染というわけではないが結構前から一緒にいられている。

 野球部なのもあって髪は短い、坊主という程ではないが。

 小中高とずっと野球に関わっていて好きすぎだなと内で呟きつつ歩いていく。


「あ、おかえり」

「ただいま、運ぶよ」

「ありがとう」


 最近はいい天気が続いているから母も壮士も嬉しそうだ。

 屋内でやる活動よりもやはり投げたり打ったり捕ったりできた方がいいみたいだ、

強豪校というわけではないのもいいのかもしれない。


「昴、あなたに言わなければならないことがあったことを思い出したの」

「父さんが今日も遅いとか?」

「そうそれ! あぁ、またあの人といられない……」


 母は父大好き人間だから大変な毎日になりそうだ。

 こういうときの母は結構面倒くさい絡み方をしてくるから部屋に戻る。

 夜ご飯は十八時に、そう決まっているから出されている課題でもして時間をつぶせばいい。

 あの高校の完全下校時刻は二十時となっているから俺が食事と入浴を終えた後でも壮士は活動をしていることになる、朝練もあるからよくやるよと言いたくなる。

 しかもそういうことで体力を消費していても休み時間なんかには友達を優先して盛り上がっているから陽キャラ体力お化けと雑魚キャラの違いがよく分かるのだ。


「だからお父さんによく似ている昴に付き合ってもらおうって決めたの」

「父さんは俺と違って働くことが好きだから似ていないだろ」

「でも、よくお父さんが『昴は若い頃の俺によく似ている』って言っているよ?」

「なるほどな、じゃあ母さんと俺を守るために頑張ってくれているんだな」


 俺にもそういう存在が現れたら変えなければならないと自分から動く――いや、それはないな、他者に影響されてなにかを変えるということをこれまであまりしてこなかったからそうなる。

 でも、悪いことなら言うことを聞いているから屑野郎みたいに言うのはやめてもらいたい。

 特に前々からいる壮士からなにかを言われたら影響力も違うわけで。


「……もしかして私の愛が重いせいでお父さんはお仕事ばかりに……?」


 顔怖いな、普段はにこにこしているからその差がすごい。

 父のことになると適当ではいられなくなるのはいいが、もう少しぐらい上手くやらないと疲れるだけだろう。

 実際のところは分からないものの、父の会社は忙しいわけだから。


「そういえば壮士君にもこの前、お父さんの話をしたら困ったような顔を……」

「息子の友達になに言っているんだよ……」

「だ、だって壮士君はお父さんのことを知っているでしょ? だから『そうですね』って言ってくれると思ったんだよ」


 母のことは好きだが流石に息子の友達にはやめてほしかった。

 後で謝罪をしようと決め、とりあえず母には部屋から出てもらう。

 とにかく決めていた通り課題をやろうとしたら学校に忘れてきたという特大級の馬鹿がいた。

 制服からまだ着替えていなかったのが救いだろうか、……行こう。


「お、やっているな」


 二年生の最初ぐらいからそれなりに色々なことを任されるようになったみたいで楽しくて仕方がないとこの前は言っていたが、この少し遠い場所からでも見ていると伝わってくる。


「お、仁村か」

「げっ、と、徳元先生……」

「俺はいまでもお前が入ってくれるのを待っているぞ」


 そうか、最初はいないと部員が言っていたよな。

 課題のプリントを忘れるべきではなかった、壮士がなんか余計なことを言ったせいでこんなことになってしまっているわけだが……。


「壮士は楽しそうですね」

「新屋はそうだな、それでいてしっかりまとめてもくれるから助かっているよ」

「昔からそうなんです、そういうの好きなんですよ」


 他者がやりたがらないようなことも率先してやるいい奴だった。

 関係ないところで問題が起こっても「どうしたの?」と見て見ぬふりできないのが新屋壮士という人間だ。

 ただ、俺としては疲れてしまうから程々にしてほしいと思っている。

 あれもこれもそれもと全部に関わっていたら大好きな野球にだって集中できなくなってしまうから。


「仁村も野球、好きだろ?」

「嫌いではないですけど、俺は見ているぐらいが一番ですよ」

「あれだけ真面目にやっていたのになあ」

「中学のときは部員も少ないから出られていただけで、部員がそれなりにいるこの高校なら埋もれて終わるだけですから」


 野球が好きすぎてこの人が中学のときに見に来たことがあったんだ。

 話しかけてもきたからそのときに色々聞いたが、理由は「近くの中学校で野球の試合をやっていたから」ということだった。


「俺はそうは思わないが、まあ、無理強いするのは違うからな」

「それより行った方がいいですよ、多分、待っていると思います」

「そうだな、帰るときは気をつけろよ」

「はい、失礼します」


 ゆっくりしていても仕方がないから教室に向かうと、


「ん?」


 ついつい壮士の机の上に乗っかっている手紙らしき物が気になって近づいた。

 手紙らしきではなく、まんま手紙だ。

 でも、見るわけにはいかないから課題のプリントを持って教室をあとにする。

 同じ学年なら部に所属していることを知っているだろうから後輩か先輩か。

 いや、それにしたって悪戯されるかもしれない机の上にではなく中に入れるよな、普通は。

 それに放課後、本人がいなくなった後に置くのも意味が分からない。

 よく分からないことをする人間もいるものだと呟きつつ帰路についた。




「昴、ちょっと相談したいことがあるんだけど、いい?」

「ああ、廊下に行くか」


 昨日の手紙関連のことなら手紙を書いた人間は喜んでいるだろうな。

 気になるのは悪い内容ではないかということ、結構引きずりやすい人間だからいい内容であることを願っておこう。


「これ、なんだけどさ」

「手紙か、ラブレターか?」

「『ありがとう』とだけ書いてあったんだ」


 誰かのために当然のように動ける人間だから違和感はない。

 だが、これもまたどういう意味での『ありがとう』なのかは分からないからすっきりしないのは確かだった。


「まあいいや、悪口が書かれていたわけではないからね」

「そうか」

「昴だったりとか、しない?」

「俺ではないぞ、昨日教室に行ったときに発見したけどな」

「あ、そのときからあったんだ」


 というか相手が彼だったら気にせずに直接ありがとうとぶつけるよ。

 礼や謝罪はしっかりしなければならない、他は駄目でもそこがしっかりしていれば他者は近くにいてくれると思う。


「そうだ、昨日帰っているときに考えたんだけど土曜日の夜から泊まりたいんだ、昴は大丈夫?」

「全く問題ないぞ、後は壮士が母さんにどこまで付き合えるかだな」

「ははは、文子あやこさんと話せる時間も好きだから大丈夫だよ」

「そうか、ならそういうことにしよう」


 相手は異性というわけではないから菓子とかジュースとかの準備が必要な――いこともなく、彼は特に菓子が好きだから買いに行こうと決めた。

 野球をしているのにいいのかと聞いてみても「美味しいお菓子を食べるたべでもあるから」と言われてしまったぐらい。

 モデルとかでもなければ好きなのに我慢したりはしない……のかもしれない。


「あーあ、だけど昴が野球部にいてくれたらよかったのになあ」

「中学のときは俺のせいで面倒くさいことになっただろ」


 俺なりに真面目にやっていたがふたりぐらいと相性がよくなかった、で、俺がなにかを言われる度に彼が動くことになったのだ。

 試合に興味を持てないのもそいつらが全てというわけではないが影響している。


「昴は真面目にやってたじゃん、だから徳元先生だってあのとき話しかけてくれたんだよ」

「というか、徳元先生に余計なことを言うのはやめてくれ」

「違うよ、徳元先生が君のことを気に入っているんだ」


 まあ、犯人は素直に認めたりはしないものだからいいか、寧ろこれで何度も言うと余計に状況が悪化しそうだからやめておこう。

 部活はなくていい、高校生活を楽しく過ごすことができればいい。

 友達も壮士がいてくれればそれでいいし、多くを求めているわけではないから神様も呆れて悪くしたりはしない……よな。


「あと僕もね」

「そりゃありがたいな」


 よし、そろそろ戻るか。

 教室に入った瞬間に話しかけられていたから自然と別れられた。

 席に着いたら頬杖をついてクラスメイト達を見る。

 このクラスは春夏秋冬いつでも明るくていい人間達だと思う。

 普通にやっているだけなのに理不尽に文句を言ってくる人間達もいないし、あと約四ヶ月楽しくやれるはずだ。


「仁村君、壮士君に近づかないで」


 クラスメイトは問題なかったが残念ながら別の場所に障害となる人間がいた。

 須郷初絵はつえ、三年生だということは本人が教えてくれたから知っている。


「なあ、壮士とは本当に友達なのか?」

「そうよ、気になるなら最後に確認だけはしていいわよ」


 それならと連れて行って確認をしてみることにした。

 そうしたら「うん」と答えてくれたから礼を言って離れる。

 言うことを聞いて離れるとしてもまず理由をしっかり聞いてからでなければすることはできない。


「壮士君が好きだからよ」

「なるほどな、で、言うことを聞いたら俺はなにもしてもらえるんだ?」

「そうね……あ、私のお友達を紹介してあげるわ」

「別に壮士がいればそれでいいんだけど」

「駄目よ、だってこれからは近づけなくなるじゃない」


 そうか、なら友達を紹介してもらうことにするか。

 他者になにかを言われてほとんど変えるような人間ではないという話をしたばかりでこれだからあれだが、なんかすんなり受け入れてしまったんだよな。

 しかも紹介されたお友達というやつは、


「君が仁村昴君か! よろしくな!」


 同性で、そして高校生とは思えないぐらいにはムキムキだった。




「だが、初絵も困った存在だ、自分が好きだからってその人間の周りから人間を遠ざけるのは違うだろう」

「昔からそうなんですか?」

「ああ、困ったことにな、そしてその度に俺が紹介されることになる」


 って、この人も苦労しているみたいだ。

 はっきり言ってもいいところなのに言わないのはあの人に対して強気で出られないからか、好きとかそういう感情があるからかもしれない。


「大抵最初は一緒にいてくれるんだが、二ヶ月、三ヶ月と関係を続けられたことはない」

「まあ、その人達にとって仲のいい人といられなくなっているわけですからね」

「ちなみに本人に毎回言っても無駄なんだ、俺の言葉は届かない」

「なんだ、好きだから言えないのかと……」

「俺が初絵を? ははは、それはないな、こんなことをする人間なんて好きになれるわけがないだろう」


 うわ怖いな、ムキムキだから真顔になると余計に。


「別に約束を破ったって刺したりとかする子ではない、昴君が壮士君といたいということなら近づけばいい」

「あ、このことは言っておいたので」


 本人がいるところで壮士も笑みを浮かべて「分かった」と言ってくれた。

 壮士がそうされたように、俺も紙を渡されたからそれを持って帰ってきた。

 内容は『一緒にいたい、嫌だ』というものだったが、いまはとりあえず言うことを聞いておこうと思う。


「え、いいのか?」

「少し離れて確かめたいことがあるんです」

「そうか、まあ、初絵のせいでこうなっているわけだから俺は付き合うぞ」

「ありがとうございます」


 こんなことをする人間なんて好きになれるわけがない、そう言っている割には先輩のために動いているんだよなこの人。

 つか、その度にこの人が動いているということなら先輩は好きな人が沢山できているということになるし、上手くいっていないということの証明でもある。

 容姿が整っていればいいってわけではないんだ、内にあるなにかを察して相手の方が離れていく……のかもしれない。


「壮士君と約束をしていたことはないのか?」

「今週の土曜に泊まりに来るって話だったんです」

「そうか、それなら俺が代わりに行こう」


 時間を増やしてこの人がどういう人なのかを知るべきだ。

 動くときに力が必要になる、この人がいてくれたらなんとかなりそうだ。


「分かりました、あ、なにか菓子が好きとかそういうのはあります?」

「俺は甘い食べ物が大好物だ!」

「え、筋トレをしている人なのにいいんですか?」

「俺はそこまで徹底しているわけではないぞ!」


 嘘だろ、ここまでムキムキなのにそれって逆にやばいだろ。

 ま、まあいいか、土曜になったら甘い物を買いに行こう。

 選ぶのはこの人に任せればいい。


「大丈夫だ、三ヶ月もしない内に初絵のあれは終わる」


 きっかけは他者に言われたからではあるが、いまこうして離れているのは自分の意思からだ。

 三ヶ月、あ、来年の三月一日に卒業をするからか。

 そうなるとこの人とも離れることになるものの、いまはそこまで先のことを気にしていても仕方がないので目の前のことに集中だ。


「よし、帰ろ――」

「昴!」

「お、おお? これはどういうことだ?」

「真っ直ぐに断られたのよ、もう終わりよ」


 えぇ、徹底しているように見えて適当かよ……。

 先輩はなんなんだ、好きな人が相手でも強気にいってくれ。

 少なくとも初日で終わりはなしだろ、少なくとも一ヶ月は頑張ってくれよ。


「壮士君は嬉しそうね」

「僕は昴といられないと嫌ですから」

「はぁ、もうちからでいいわ、付き合いなさい」

「えっ、あー、えっと……だな」

「あれは聞かなかったことにしておきます、それではこれで失礼します」


 そもそもこのムキムキ先輩の名字も名前も知らないからなかったことにできる。

 一ヶ月どころか一日も経っていないが、本命といられればそれでいいだろう。

 あの「付き合いなさい」には色々な意味が込められているだろうし、もう来ることはないから自分達のしたいように行動できる。


「俺は一ヶ月間、壮士からひとりで離れるから」

「駄目だよ、というか部活に行かなくちゃだからまた夜にね!」


 くそ、確かめたいことがあったのに上手くいかないもんだ。

 そこまで遅くなるというわけではないから残ることにした。

 離れるより一緒にいた方が分かりやすいかとすぐに変えた。

 壮士が関係していればこんなもんだ、俺は色々と単純なんだよ。


「寒いな」


 約四ヶ月と言ったようにいまは冬だった。

 いつもなら夕方には家に帰っているからここまで違うのかとひとり驚いていた。

 だが、あともう少しで家に帰ることができる。


「お、仁村か、壮士を待っているのか?」

「ああ、まだ……なのか?」


 彼は壮士の友達だ、いつも「監督はすぐに来ないでほしいぜ」と言っている。

 その度に壮士から「優しい人だよ」と返されているが、彼的には違うみたいだ。

 特定の人間だけ贔屓するという人でもないから単純に大人というのが微妙なのかもしれない。


「徳元先生と話していたからな、でも、すぐに出てくるから問題ないぞ」

「教えてくれてありがとう」


 さて、どういう反応を見せるのか。


「えっ、あれっ? 僕は疲れているのかな……」

「お疲れさん、寒いから帰ろうぜ」

「って、昴だ!」


 正直、可愛げの塊みたいな存在だった。

「なんでそんな無駄なことをしたの」とか言ってこないところがいい。

 何回も失敗を重ねたうえでのこれではなく、最初から表面だけでも嬉しそうにしてくれるところが好きだった。


「なんで残っていたの?」

「壮士が夜にって言ったんだろ、スマホはあんまり弄りたくないからだよ」

「なるほどなるほどー、僕と直接話したいということかー」

「ま、そうだな」


 打ち込むだけではなく電話も面倒くさいからそういうことになる。

 にやにやしているのは気になるが、まあ、すれ違いにならなかったからそれでよしとしておこう。

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