第5話


誕生日会が行われ、友人である「N」と話し、僕はなぜか自分の高校時代の「とある出来事」ついて色々と考えていた。


それは、高校2年の秋頃のことだと思う。

「———!」

ある放課後、私はいつものように「N」に呼ばれ、掃除終わりでガランとした教室に残り話をしていた。たまたまその期間はテスト直後で、他の生徒は早く帰宅して寝たいと思っていたのか、私達以外は教室を後にした。さらに、先生も採点用紙がたまりにたまっていたため、「お前たちも早めに帰れよ」と声をかけた後、足早に去っていった。つまり、私達はまるで静けさの中で取り残された状態になった。

それでも、中々帰らないのが私達の日常だった。気づけば外は暗くなり、校内の廊下にも明かりが灯されていた。

「なぁ、知ってるか?」

突然、「N」は私に問いかけた。「人生は、一つの旅なんだって。自分がどんな旅をしたいかによって、その人自身の生き方が構築されるらしい。」

「いわゆる、レールの上を歩くか歩かないか、みたいな選択肢のことかい?」

「そうだね。でも、レール以上に、その旅は自由なんだよ。」

私は首を傾げた。「レールも、かなり自由に見えるよ。脱線したり路線変更したり、何かとトラブルや選択肢は多いものだ。」

私の言葉に、「N」は大きく首を横に振った。

「いやいや、逆に言ってしまえば、そういう選択ししかないのさ。」

「どういうことだい?」

「旅は、それ以上に色んな選択ができる。もちろん電車に乗ってレールの上を走ることもできるし、逆に飛行機で空を飛ぶ選択もできる。かと言って、そういう選択肢を全く取らずに、今いる場所から動かないこともできる。」

「なるほどねぇ。」

私は、机の上に置いた志望校の赤本を見ながら言った。「つまり、こういうことも、一種の選択肢ってことなのか。」

「そうだね。そういうことを私は言いたい。」

満足そうな顔で、「N」は言った。「だから私は、その選択肢を取らない。」

「大学に行かないのかい?」

「本当は、その選択肢は僕にとっていらないのだよ。」

少し疲れたような表情で「N」は続けた。「どうも、僕の親は少し世間体を気にするようでね。圧力で行かざるを得ない。ただ、一度大学生になれば、そこからはまた自分の旅に移行する。」

私は、そこで初めて「N」の親について聞いた。いつも彼は、普段の学校生活でも好きなように生活をしているように見えていた。が、意外にも、彼は親に縛られて、自分の旅が心行くままにできていないようだった。

「いつか、その旅ができるといいね。」

私は彼の家庭状況に触れずに、それだけ言って赤本に視線を移した。「僕は、自分の旅にリスクを負うことはまだできないから、とりあえず目の前のレールを進むよ。」

「———、それは君にとって幸せな旅なの?」

その途端、私は今までにない衝撃を覚えた。

「幸せ、かい?」

「君は本当に、その旅でいいのかと、聞きたいのさ。」

私は衝撃の雨に打たれたまま、しばらく動けなかった。思えば、私は今まで自分の旅に一切の疑問も抵抗も悲しさも覚えず、ただただ素直に旅をしてきた。が、それを幸せかと聞かれ、私自身がそれに自信を持って肯定はできないと、悟ってしまった。

「し・・・・幸せだよ。」

私は、人生の中で一番大きい嘘をついた。「今が私の幸せな旅だ。」

「そうか。」

私の答えに、「N」は反論もせず、大きく頷いた。「それが―——の幸せなら、僕は満足だよ。なんてったって、幸せの形は人それぞれだからね。」

「N」は、紺青に染まった空を一瞥し、「さて、帰ろうか。」と帰り支度を始めた。私もハッとして、彼の後を追って赤本を教室の共用棚に閉まった。


・・・


今思えば、あの時から、私はどこかで自分の旅に違和感を持っていたのかもしれない。それなのに、そこで気づいたのに、私は違和感のある旅路に足を向け、それを幸せだと錯覚して歩んでしまっている。

だからこそ、今目の前にいる「N」の生き方を、私は眩しく思う。自分自身の歩みを止めず、世間体も気にせず、将来のことも気にせず、ただただ「今」をありのままに生きているその姿が、私にとっては衝撃の一矢なのだ。

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