第3話 サクラの回想と困惑

 サクラは午後の授業を受けている。完全な昭和スタイルの教室システムなので電子通信機器の使用は原則不可能だ。妨害電波が授業中に教師の机から出ている。黒板とチョークが古風に威厳を保っていた。

 彼女はノートを熱心にとり言葉をひとことも聞き逃すまいという態度だ。教師が黒板に向かう時を除いて。

 サクラはノートの端っこに動物のイラストを落書きしながら今朝の出来事を反芻していた。教科書で隠した四インチのパッドで視聴覚室の映像データにもアクセスが完了。ジャミングキャンセラー付きのパッドが快調に作動している。


(ほんなこて しろしかっちゃんね...)

 サクラは心の中で嘆いた。今度の配信は大丈夫なのかと気が気では無い。

もし若白髪が生えたらどうしようかとも思っている。


 今朝の登校中にリコと遭遇した時は最低の体調だった。ほとんどの筋肉が悲鳴をあげていた。昨日は遅くまでキイナと屋外で格闘シーンの練習をしてしまったのだ。突然の成り行きまかせのアドリブ擬闘は危険この上ないが仕方無かった。余りにも相方の役作りが仕上がっていたのでサクラも乗ってしまったのだ。

(参拝の時は道真役を嫌がってたのに…流石キイナだ)


 昨日は二人で配信公演の成功を天満宮に祈願しに行ったのだがキイナは拝殿の端でぐったりと座りこんでしまった。天才的な演技力で5歳から数々の舞台や映画で実績を積んできたが流石に「神」の役は大変なのだろう。

 その時はそう思っていた。ところが待ち合わせ場所の天開神社の境内で再会したときには様子が違っていた。別々に昼食をとったのがまずかったなとサクラは思った。酷く無表情だったのだ。

 「ごめんね、焼肉食べたかったんよねぇ、わたし…なに食べたん?キイナは…」

 そう話しかけるとキイナは無言でひらりと間合いを取ると半身の構えをとった。

 (完全に役に入っている!!)

 サクラは瞬時に判断した。合宿の続きをしたいのだと。それにしても見事な若武者の凛々しさを演じている。去年配信したシェークスピア悲劇でのロミオの時より凄く良い。あの時は自分がジュリエットだったので危うく恋に落ちるかと思った。同性愛を意識したのは初めてだった。

 そんなこと思い出しながら今朝の校門の映像を苛立ちながら点検する。サクラとリコが着いたころには誰も居なくなっていたので状況があまり把握出来てないのだ。


先ずバイクが気になった。飛行装置が有るタイプだ。最近では国産品も出てきたが普通は海外に発注しないと手に入らない。そして問題は物理部の男だ。何故かキイナに対して過剰に丁寧に接している。まるで執事の様な態度だ。彼氏である可能性は皆無だとサクラは判断した。

(こんな品のない薄汚れた男はキイナには相応しくないし万一の場合は私が排除するばい)

 サクラも今度の配信に向けて気合いが入っている。成功して秋の全国大会への布石としたかった。去年は最優秀作品賞にあと少しで手が届かなかったのだ。

 今度が最後のキイナとの共演になるかもしれない。だからこそ必ず頂点を極めたいと思いを強くしていた。( 誰にも邪魔はさせんけん)と唇を噛んだ。

 もう三年生だし卒業後は演劇とは違う事がしたい。美術やゲームプログラマーの世界に最近は引かれている。リコは脚本家を目指しているし、キイナは無論ハリウッドを狙っているだろう。アイはどうするんだろうか。最近あまり話してないなぁ。朝のミーティングでは部長なのに発言無かったけど笑顔だった。リコが乗りにのって演出論を語るのを聴いてるだけだったな。兎に角有終の美を飾りたいのは同級生四人皆同じだろう。

 そんなこと考えてるうちに萩尾望都概論の授業が終わった。放課後の練習は今日からハードになるだろう。食堂に行って軽くオニギリ唐揚げ弁当でも食べよう。

 小走りにサクラが教室を出ると青井リルアと八柳ミユが待ち構えていた。何か連絡事項があるようだ。

「どげんしたと」笑みを浮かべて訊ねる。

 ミユは深刻な口調で「リコ先輩の事で相談が有ります」と言う。話の内容は大体予想がつくっちゃん。サクラの表情が一瞬固まった。

 リルアは二人の間で腕組みをして少しだけ頬をプクリとさせた。











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