魔術師、現る

「やっほー、アリスちゃん」

「いらっしゃい、サーシャちゃん」


 手を振るサーシャに駆け寄るアリス。

 その表情はとても嬉しそうで、周囲にハートやら花やら輝かしい何かが飛んでいるような気がした。


「というわけで、同じボッチ道を進む同志を誘ってみました」

「言い方に悪意があるね、セシルさん……」


 あれこれ考えても仕方がない。

 そういうわけで、一緒に授業を受けた方が楽しいだろう思考によってボッチなサーシャを連れてきたセシル。

 そんな失礼なのかありがたいのかよく分からない男に、ジト目を向けるサーシャであった。


「じゃあ、サーシャちゃんも一緒に剣を振ろう! 一人よりも二人! 文珠ちゃんも二人いればいい知恵を授けてくれるから上達すること間違いなしだよ!」

「文珠ちゃんは三人をご所望のようだぞ」

「意味合い的には間違っていないんだけどね……」

「そこっ、揚げ足を取らない!」


 楽しそうなアリスを見て、ジト目を向けていたサーシャは笑みを浮かべる。


 ───昨日の一件以降、アリスとサーシャは仲良くなった。

 それは境遇が似ているというところが大きいだろう。数少ない平民で、数少ない最愛者ラヴァー

 それだけで、二人の距離が近くなるのは必然だったと言える。

 ただ、年齢的な側面だけを見れば大きく違いすぎてはいるのだが、そこには触れないアリス達であった。


「ここで一つアリスに残念なお知らせがあります」

「え、何その脈絡もない不安な前振り」

「サーシャは、なんとアリスよりも何十倍剣術が上手です。傍から見ていたけど、それは確かでした」

「なん、だって……ッ!?」


 アリスの顔に驚愕の文字が浮かび上がる。

 それはまるで、仲間だと思っていた相手に裏切られた時のようであった。


「そ、そんなことないけど……」

「───と、本人は頑なに否定しているので、親切なセシルくんはいつか味わう現実を早急に突き付けてあげようと思います」


 セシルは腰に下げていた木剣を抜くと、なんの脈絡もなしにサーシャの首へ振るった。

 しかし、唐突にもかかわらずサーシャは顔一つ動かさずに振り上げることによって木剣を弾く。


「……な?」

「そんな……か弱い箱入り令嬢は私だけだったなんて!」

「今のだけで!?」


 膝をついて絶望めいた空気を醸し出すアリスを見て驚くサーシャ。

 だが、驚くのも無理もない。

 何せ、セシルが木剣を振るってくることも分からなかった状況で一度も顔を向けることなく弾いて見せたのだ。


 空気や、気配。それだけで的確に対処できる芸当は熟練の騎士と同等といっても過言ではない。

 本人は「そんなことで」と言っているが「それだけで」分かってしまう。


「一人で生きていくために鍛えていただけなんだけどなぁ……それに

「んぐっ!?」

「ぐふっ!?」

「悪意はなかったと思うが、アリスの心にボディーブローが入ったな。HPが残っているといいんだが……」

「……自分でも思ってたことだもん。分かってたもん」

「よしよし、アリスは大丈夫だからな。えらいえらい」


 膝をつくアリスの頭をそっと撫でるセシル。

 まさかここまで傷ついてしまうとは。メンタルの復活はどうすればいいかと、少しだけ頭を悩ます。


「まぁ、アリスの心は置いておいて───にしても、お世辞抜きにしてサーシャは剣の腕前は凄いな。下手したら講師よりも上なんじゃないか?」

「そ、そんなことはないよ!? 魔術師と戦っても勝てないだろうし……」

「そりゃ、一般人に負けたら魔術師さんは枕を濡らすだろうよ。比べる基準をもう少し抑えてくれ」

「ふふっ、そうだね。そもそも、消失者ラプターの私がもう狙われることなんてないわけだし」

「…………」


 その言葉に、セシルは一瞬だけ黙り込んでしまう。

 気づいていないのか? そもそも、巷で流れている噂を知らないのか?

 セシルは考えたのち、ゆっくりと口を開いた。


「なぁ、サーシャ」

「うん?」

「……これは俺の思い過ごしで考えすぎなのかもしれないが───多分、現時点でサーシャはこの学園で魔術師に存在だと思っている」


 サーシャは真剣に見つめてくるセシルに目を丸くする。

 だけど、そのあとすぐに小さく口元を綻ばせた。


「この前も思ったけど……セシルさんは優しいね」

「あ?」

「だから私に声をかけてくれたんでしょ? 始まりの最愛者ラヴァーと噂が合致している存在の私を」


 察していたのかと、セシルは頭を搔く。


「でもね、安心してよ。私は───」


 その時だった。

 ジャリ、と。背後から誰かの足音が聞こえた。


「エルフに魔術師……ってェことは、いよいよ噂が濃厚になってきたじゃねぇか」


 二人は振り返る。

 するとそこには、短く刈り上げた黒髪の少年が気配もなく立っていた。

 少年の瞳は……まるで、獲物を狙うかのような鋭利なもの。

 話をしていたからではなく、二人はそれを受けて内心で警戒を始める。


「どちらさんで?」

「アルバート・リルアダ……って言っておくかァ。名乗るのは、魔術師の礼儀らしいからなァ」


 高圧的な態度で、アルバートと名乗る少年はセシルに接する。

 同じ運動服、同じ年齢だと思われる容姿。

 それだけで、セシルの脳裏にソフィアの言葉が横切った。


 ───この学園には魔術師が在籍している、と。


「……こいつは最愛者ラヴァーじゃねぇぞ」


 セシルはサーシャを庇うように立ち塞がる。

 だが、アルバートはいきなり現れて獰猛に笑うだけ。


「関係ねェよ! その言葉の審議は、この際どうだっていィ───何せ、噂が流れた途端に入学したエルフだ! 可能性さえあれば、あとは自分で確かめりャいい! っていうより、てめェもそれが目的でそいつを傍に置いてんだろうがよォ、あァ!?」


 アルバートがそう口にした瞬間、彼の手元に二メートルは優に超える大槌が現れる。

 黒く、禍々しく、それでいて───圧倒的な威圧感。


「……おいおい、ここでおっぱじめるつもりかよ? 俺が口にするほどじゃないが、ここは学園で授業中だぞ」

「それを気にすると思ってんのか? てめェも魔術師なら分かってんだろ……俺達魔術師は、探求研究こそが行動理由だってなァ!!!」

「はぁ……だからこいつら魔術師は嫌いなんだ」

「てめェも同類だろうが、「無能貴族」!」


 だから、それ以外の理由では止まらない。

 場所も、環境も、時間も、周囲も。魔術師にとっては、行動理由さえあれば止まることなどない。

 何せ、それ以外は全て些事の一言で解決するのだから。


「セシルさん……」

「アリスと一緒に下がってろ、サーシャ」


 不安そうに声を上げるサーシャを、セシルは片手で制する。

 そして───


「来いよ、聞き分けのないガキに躾してやる」

「そいつを寄越せ、雑魚がッッッ!!!」


 アルバートは大槌を持って突貫する。

 その瞬間、訓練場いっぱいに神秘的で色鮮やかなステンドグラスが広がった。

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