剣術の授業

 クラス分けをされている王立学園では、基本的に授業はそれぞれで行うことが多い。

 時間割を決め、講師がクラスを回りながら授業を行っていく。纏めて行うと講師の負担も少なるはなるだろう。

 しかし、人が多ければ多いほど生徒は集中を切らしやすい。


 そのための学園の施策ではあるが、一つだけ全クラスが合同で行う授業が用意されている。

 それは―――


「箸より重たいものを持ったことのないアリスに剣を握らせるとはどういう了見だこの学園はッッッ!!!???」

「私、そんな箱入りお嬢様じゃないよ!?」


 運動服に着替えた生徒が集まる訓練場。

 そこで、小さな木剣を持ったアリスを見てセシルは理不尽な憤慨を見せていた。


 ───現在、剣術の授業。

 この学園では貴族が大半である。そのため、自衛のための剣術や護身術を学ぶよう授業が組み込まれているのだが、この授業においては全クラスが合同。


 広々としすぎた訓練場には、見かけない生徒の姿もちらほら見える待合所のような光景を醸し出していた。

 ただ、それぞれが現在進行形で木剣を振り回している。何人もいる講師に時折指導される生徒達は、とても熱心であった。


 ただ、やはり目が届かない部分ではサボっている生徒も見受けられる。

 特に、隅っこで最愛者ラヴァ―が木剣を持っていることに憤慨している白髪の少年とか。


「アリスの白い肌に擦り傷でもできたらどうするつもりなんだ!? アリス、箸にしなさい。箸なら当たっても痛くないし重くないから!」

「剣を持ってる人に対して箸で挑むとか新手の縛りプレイにしか見えない!」

「プレイとか、淑女がそういう言葉を使うんじゃありません!」

「いかがわしい意味じゃなかったよね!? やめてよ、そんな言い方されちゃうと私がお下品な女の子みたいじゃん明らかな風評被害で名誉棄損なんだよ!」


 頬を膨らませて不機嫌アピールを見せるアリス。

 その姿は愛らしいの一言であった。


「私だってね、この授業だけは真面目に受けようって思ってるんだよ」

「いつも真面目じゃないみたいな言い方だな。ダメだぞ、俺みたいになっちゃ……アリスが周囲から噂されて喜ぶマゾさんになったんだったら応援してやらんこともないが」

「私の言い方が悪かったねごめんね! いっつも真面目に授業は受けてます! どこかの誰かさんとは違って!」


 どこかの誰かさんは、隅っこで土がつこうともお構いなしに座り込んでサボり道まっしぐら。

 一方、アリスはセシルにからかわれながらもしっかりと講師の教え通りに木剣を振っていた。


「……私ってさ、何もできないじゃん?」


 アリスは声を低くして、そんなことを呟く。


「別に何もできないってわけじゃ―――」

「ううん、何もできないんだよ」


 セシルが否定しても、アリスはすぐさま自分で否定する。

 その声音は、どこか真剣みが含まれていた。


「私は守ってもらってばっか。それはセシルくんが魔術師で、私が最愛者ラヴァ―って関係だからだとは思う。でもさ、私ってやっぱりお荷物なのは変わりないんだよ。この前まで教会で働いていただけの孤児が、セシルくんの横にいても枷にしかならない」


 もし、誰彼構わず巻き込んでしまう戦いの渦中に放り込まれたとしよう。

 魔術師であるセシルは、自分で自分の身を守れるかもしれない。でも、セシルであれば最愛者ラヴァ―関係なくアリスを守ろうと拳を握るだろう。


 その時、自分は何ができる?

 自分を守るために意識を割いてしまうセシルの負担にならないよう、動くことはできるか?

 答えは―――ノー、だ。


「だからね、少しでも自分を守れるようにしたいんだ。セシルくんが自分で自分の身を守ってもいいようになるために。私は、私のせいでセシルくんを傷つけたくない」

「…………」


 その想いを受け、セシルは黙り込んでしまう。

 セシルにとって、アリスを守ることは当たり前で負担に思ったことなど毛頭ない。

 でも、魔術師の弱点となり得るのもまた事実。

 魔術師であるためには、最愛者ラヴァ―を守りながら戦わなくてはならない。


 確かに自分の身を守れるぐらいに力があってくれれば、助かるのも本音だ。

 別に助からなくてもセシルはアリスを守るために魔術師になったのだから、その問題など些事に等しい。

 しかし―――


「……もっと腰は下げた方がいい」

「えっ?」

「腰を下げないと足の踏ん張りが利かない、腕を振るう力も弱くなる。腰っていうのは、剣を握る者にとっては意外と重要な箇所でもあったりするんだよ」


 唐突に指導してくれたセシルに、アリスは思わず目を丸くしてしまう。


「……なんだよ」

「あ、いやー……私、こう言ったけど「やだ! アリスは俺が守るんだ—!」って言われるかと思ったもので」

「本気で箸を持たせるぞ」


 箱入りお嬢様アピールが凄まじい武器を持たされそうになることに危機感を覚え、アリスは呆けた顔から一瞬にして真面目に木剣を振り始めた。


(別に俺だってアリスの気持ちをないがしろにしたいわけじゃねぇよ)


 力がほしいなら、望むまで身につけさせてあげればいい。

 拒む理由など、魔術師としてはないのだから。

 ただ、少し……寂しいな、と。そう思ってしまうだけだ。


「は、話は変わるけどさ!」

「ん?」

「結局のところ、サーシャちゃんはどうするつもりなの?」


 アリスは木剣を振りながら、訓練場の中央に視線を向ける。

 そこには、一人で剣を振り続けるエルフの少女の姿があった。珍しい種族だからか、その姿は一際目立って見える。


「本音を言えば、目の届く場所で見守ってやりたいところではあるよ。ただ、クラスも違うし四六時中っていうのは限界があるからな。正直、俺も考え中」


 魔術師に狙われる可能性。

 それを危惧するのであれば、アリスと同じように傍に置けばいい。

 ただ、同じクラスというわけでもなければ一緒に暮らしているというわけでもないため、どこかに必ず限界はある。


「まぁ、行動しないことには変わりねぇか」


 セシルは、その重たい腰を上げた。


「ふぇっ?」

「というわけで、ちょっとアリスのお友達さんでも誘ってくるわ。ナンパって思われないかは心配だけど。いやー、これだからイケメンは困っちゃうなぁー」

「セシルくんごめん……私、今は鏡持ってないんだ」

「よぉーしアリスさん、ちょっとこっちに来なさいや。何を確認させたいのか、お尻ペンペンしながら尋問してやる」

「や、やんのかこんちくしょー! 今のアリスちゃんは武器を持ってパワーアップしたキューティーな教会のシスターなんだからね! さり気なくお仕置の体でセクハラをしてくる相棒さんに負けてたまるかうがー!」


 そう言いながら振り続けてぷるぷると震え始めた剣の切っ先を向けられるセシルは小さくため息を吐きながらも、アリスの横を通り過ぎて中央へと向かう。

 その先には、つい最近知り合った最愛者ラヴァーの姿がある。


(アリスも、友達と一緒に授業する方が楽しいだろ)


 どこまで行っても過保護。

 そんなセシルの口元には、何故か小さな笑みが浮かんでいた。

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