疑惑

「なるほど、そのようなことが」


 テーブル正面に座るソフィアが、上品に料理を口に運びながらセシル達の話を聞いて頷く。

 現在昼休憩。マナー、座学といった授業が終わったセシル達は午後からの活力を取り戻すために人混みの激しい食堂で昼食を取っていた。


「(なぁ、なんかシレっと同じテーブルに座る王女様ってどう思う? 違和感半端ないとかどうして? って疑問はこの際諦めるとして、有名人だからサインをもらった方が賢い選択?)」

「(色紙もペンも持っていない私達は空気に徹するのが一番なんだよ。抽選でもないのに同席しやがって的なジェラシットっていう周囲の視線をシャットダウンするのが賢いと思うの)」


 相も変わらず見事なアイコンタクト芸でしっかりと会話を繋げていく二人。

 その会話の内容は、当たり前のように四人掛けのテーブルに座るソフィアに関するものであった。

 加えて、彼らの中にはその横に座る赤髪の少女のことも含まれているだろう。


「いきなり飛び出していったからびっくりしたけど、あなたって意外と優しいのね」

「意外とは失礼な。見るからにお優しいジェントルマンだろ」

「セシルくん、鏡」

「おうおう、アリスさん。その鏡で何を確かめろって言うんだね、うぅん?」


 とりあえず、見てくれだけでは正義感の強い男としては見られないようだ。

 まぁ、自堕落自由気ままに生きていれば見てくれもそっちの方面に曲がってしまうのは当たり前だろう。二人の反応はごもっともだ。


「俺のイケメンっぷりは二人の照れ隠しっていう方向で終わらせるとして―――あんま大っぴらに言うことじゃねぇが、問題はサーシャが最愛者ラヴァ―だってことだ」


 セシルは手鏡を取り出したアリスを軽く叩きつつ、少し真面目にそう切り出した。


「別におかしな話ではないのではありませんか? エルフであろうとも、魔術師に見入られれば最愛者ラヴァ―としての立場になることも可能なはずです」

「確かに最愛者ラヴァ―は魔術師とは違って誰にでもなれるよ。でもね、問題はそこじゃなくて―――最愛者ラヴァ―なんだよ」


 アリスは朝の出来事を思い出す。

 耳を掻き上げた時に見えた『印』。その時はアリスも「同じだ!」と興奮し、より一層親近感が湧いた。

 しかし―――


『同じだけど、私は消失者ラプターだから……ちょっとね、アリスちゃんが羨ましいな』


 消失者ラプターとは、魔術師界隈で「魔術師か最愛者ラヴァ―を失った者」という意味がある。

 魔術師が最愛者ラヴァ―を失うか、最愛者ラヴァ―が魔術師を失うか。

 当然、二人一組のパートナーも一人の人間だ。一蓮托生の関係性であっても、片方が生き残ってしまうというのもよく聞く話。

 魔術師が最愛者ラヴァ―を失ってしまった場合は魔術が消える。一方で、最愛者ラヴァ―はどうなるのか?

 結論から言ってしまえば、何も起きない。しかし、最愛者ラヴァ―である『印』は残ってしまう。


 パッと見で消失者ラプターかどうかは分からない。

 しかし、もし自身の言っていることが本当だとすれば、サーシャの残る『印』はすでに機能はしないはずである。


「あー、エルフは長寿種だからね。相手がもし人間であるなら、消失者ラプターになるのも頷けるわ」

「そうなんだよ……流石にこれ以上は聞けなかったんだけど」


 消失者ラプターの話はかなりデリケートな話になる。

 何せ、過程がどうであれ強く結ばれていたはずの関係が消えるような何かがあったのだから。


 相方が死んだか、見捨てられたか、別れるような事情があったか。

 いずれにせよ、おいそれと軽い調子で聞いてはいけない内容だろう。


「けど、俺達が気にしているのはサーシャが消失者ラプターだからってところじゃない」

「……違うのかしら?」

「あぁ、問題はだ」


 セシルの言葉に、いまいちピンときていないイリヤは首を傾げる。

 しかし、横に座るソフィアだけは何かに気がついたのか、少し考え込むように顎を押さえた。


「つまり、セシル様はサーシャ様が始まりの最愛者ラヴァ―ではないか? そうお考えなのですね」

「正確に言えば、その疑惑が浮かび上がってくる時点でサーシャが面倒事に巻き込まれるんじゃないかって思ってんだよ」


 巷で「今年始まりの最愛者ラヴァ―が現れる」という噂が流れたそのタイミングで、長寿種のエルフの消失者ラプターが現れた。

 もし、始まりの最愛者ラヴァ―が生きているのであれば、それは長寿種以外にはあり得ない。

 何せ、百年も前の人間の相方であったのだから。


 つまり、タイミングとしては完璧———サーシャが始まりの最愛者ラヴァ―なのでは? と、思われても仕方ないのだ。

 ソフィアの話によると、イリヤやセシル以外にも魔術師がこの学園に在籍しているという。


「狙われるかもしれねぇだろ、サーシャが。魔術師なんて強さを求める探求者と研究者の集まりみたいなものだからな」

「私やセシルみたいな魔術師が珍しいぐらいだものね」

「幸いにして、最愛者ラヴァ―の『印』はサーシャが髪を掻き上げないと見られない……今のところ騒ぎがねぇってことはまだ知られてはいないはずだ」


 知られてしまえば、サーシャの身に何か起こってしまうかもしれない。

 魔術師という存在を理解しているからこそ、それだけがセシルにとって一番の心配事であった。


「そうですか……しかし、セシル様は始まりの最愛者ラヴァ―には興味がないのでしょう? であれば、サーシャ様を気に掛ける理由はないのでは?」

「いや、普通は気に掛けるだろ。赤の他人ならともかく、もう知り合っちまったんだ―――今更知らんぷりなんて俺にはできねぇよ」


 さも当たり前だと、そう口にするセシルの言葉にソフィアとイリヤは面食らったかのように目を丸くした。

 だけど、その言葉を横で聞いていたアリスは……小さく笑っていた。


「流石だよ、私の魔術師ヒーローくんは」

「あ? 何が?」

「うーん、なんでもなーい♪」


 なんじゃそりゃ、と。

 セシルはよく分からないまま、アリスの頭を撫でる。

 アリスは子猫よろしく、大きく温かい手のひらを受けて気持ちよさそうに目を細めた。


「……少し、私の中でイメージが変わったわ」

「ふふっ、私もです―――どうやら彼はとてもお方のようですね」


 その言葉はセシルに届いたのか?

 艶やかな銀髪を撫で続けるセシルの顔には、小さな笑みが浮かんでいた。


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