同じ

 どこに行こうか? という質問を投げかけたとしても、結局行く場所など校舎に限られてしまう。

 今は単純に小休憩中。いくら絡まれていたとしても、すぐに授業は始まってしまうからだ。


 そのため、セシル達はゆっくり校舎の入口へ向かうために歩いていた。

 上から下に降りる時は楽だが、下から上に昇るのは難しい。人の信頼も、地位も、物理的な距離も。悲しいことに、何に関してもエスカレーター方式は存在しないのだ。


「あのっ、助けてくれてありがとうございました!」


 横を歩くサーシャが頭を下げる。

 その際にふわりと舞った金髪から漂う仄かな甘い香りが鼻腔を擽った。


「いや、別に気にすんな」


 セシルは何気なしに小さく手を振る。

 ただ割って入って魔術を使っただけ。それ以外に大したことはしていないのだと、態度からも分かるように自覚のない謙遜を見せた。

 しかし、それはサーシャにとっては少し居心地の悪いものであった。


「でも、本当に助かりました……その、かなり困っていたので」

「あー、確かにサーシャって結構美人だもんな」


 エルフという種族は「美しい」を体現している種族としても有名だ。

 遺伝子がどう作用しているのかは分からないが、どのエルフも一般的に見てほとんどの人間が整っていると口にしてしまうほど。

 そのせいで悪党に狙われやすくなっているのは、これもまた有名な話だ。

 故に、森から出る機会がないというのも一説としてある。


 エルフが珍しいからか、それとも他者と比べて群を抜くほど美しいからか。

 そりゃあいつらも気になって仕方ないよなと、セシルは横を歩くサーシャを見て思った。


「~~~ッ!?」


 一方で、サーシャは顔をこれでもかと真っ赤に染める。

 恐らく「美人」というワードに触れてしまったからだろう。嫌悪というより照れがよく分かる反応である。


「そういえば名乗っていなかったな―――俺の名前はセシルだ。よろしく」

「……セシル? どこかで聞いたことのある名前なような」

「はははー」


 きっと「無能貴族」という悪名だろうなー、と。

 セシルは乾いた笑いが止まらなかった。


「っていうか、エルフって珍しいよな。別にどうこうってわけじゃないが、閉鎖的な種族だったはずだろ? それがまた、なんでこんなチョコレート工場に……」

「あ、うん……本当だったら私もここには来なかったんだけどね。どうしても、確かめたいことがあったから無理矢理入学させてもらったんだ」

「確かめたいこと……?」

「……多分、魔術師のセシルさんだったら分かると思うんだけど―――」


 そう言いかけた途端、ふとサーシャの足が止まった。

 どうかしたのだろうか? そう思い、セシルもサーシャと同じ方向に視線を向けた。

 すると、視線の先———具体的には、校舎の方角から物凄い勢いで走ってくる見覚えのある少女が……。


「ばっかちーん!」

「でじゃぶっる!?」


 思い切りセシルの頭を引っ叩いた。

 デジャブがでじゃぶっるになるぐらいには、威力のある一撃であった。

 横にいるサーシャは突然恩人が叩かれたことに驚きを隠し切れない。


「二回目! まだ一週間も経っていないのに二回目だよセシルくん! 二度あることは三度ある? ばっかちーん! 三度目の正直って言葉を忘れたのかうがー!」

「ノリツッコミで全てを解決してませんかねアリスさん!? っていうか、これには大変深い理由が……ッ!」

「水溜まりだったら超絶浅いからね!!!」

「アリスの胸のたに―――」

「セクハラッッッ!!!」


 ずばっこー--ん!!!

 セシルの頭が上からの一撃で地面へとめり込んだ。原型がどこか変になっていないか心配になる光景である。


「あ、あのっ!」


 あまりにも恩人が悲惨な目に遭ってしまっているため、サーシャは思わず口を挟んでしまう。


「あ、ごめんなさい……うちのセシルくんがご迷惑を」

「いえ、セシルさんには助けてもらいましたから、ご迷惑だなんてそんな!」

「助けたことは分かってるんだけどね、もうちょっと周りのことを考えてから行動してほしいかなーって。この前怒られたばっかりだし……人助けはいいことなんだけど」


 とりあえず保護者兼お母さんポジのアリスはサーシャに向かって頭を下げた。

 つられてサーシャも頭を下げてしまう。何も謝るようなことはないはずなのに。


「私の名前はアリス! セシルくんと違って平民なので、気軽に呼んでください!」

「私はサーシャって言います。その、私も人間みたいに家督があるわけではないので、気軽に呼んでください」

「……ハッ!」

「おっと、アリスはお友達候補を発見したみたいだぞ。爵位がないからって現金な野郎だ、おめでとう」


 地面にめり込んでいたセシルはようやくといった形で体を起こす。

 一応は魔術師だからか、めり込んでいても顔のパーツはどこもおかしなところは見当たらなかった。


「じゃ、じゃあアリス……?」

「うんっ!」


 アリスはセシルの言葉など無視して、呼び捨てで呼ばれたことにお目目を輝かせる。


「アリスって、その……セシルさんの最愛者ラヴァ―なの?」

「ど、どどどどどどどどうして分かったの!?」

「いや、すっごく仲がいいし……」


 確かに、これだけ平民と貴族にもかかわらず仲がいいというのはそういうことだろう。

 少し魔術のことを分かっていれば、イリヤと同じように察することなど容易だ。これは二人の落ち度。

 だが、それはあくまでであることが前提。


((どうして知っている……?))


 突然的確に的を射られたアリスも、横で聞いていたセシルも同じ疑問が脳裏に浮かぶ。

 魔術師にとって最愛者ラヴァーの存在は重要なものではあるが、同時に弱点となり得る。


 だからか、一瞬にして二人の顔には警戒の色が浮かんでしまった。

 それを感じ取ったサーシャは慌てふためく。


「す、すみませんっ! 別にどうこうってわけじゃないんです! た、ただって……」


 サーシャは慌てながらも二人に見せるように耳を掻き上げた。

 人間離れした長い耳。そこには───


「『印』!?」


 青緑色に浮かび上がった痣。

 見覚えしかないアリスは、思わず声を上げてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る