エルフの少女と魔術師の少年

 勘違いをしている人間もいるかもしれないが、決してセシル・ルルミアという少年は世間から淘汰されるような人間ではない。

「無能貴族」だと馬鹿にされ、周囲から蔑まれるためだけの男とは少し違う。


 確かに、自堕落で面倒臭がり。

 貴族として社交界に顔を出すという行為を何度も蹴ったり、貴族らしい振る舞いをしてこなかったりした。

 でも、それだけならセシルはこの場に立つことはなかっただろう。


 それだけの人間であれば、セシルは


「い、いやっ……!」


 人間らしくない長い耳に、金色の長髪。端麗すぎる顔立ちが、周囲の目を奪う。

 そんな少女の言葉がどこからか紡がれた瞬間、足元には色鮮やかなステンドグラスが広がっていた。

 手を伸ばしてきていた男も、その伸ばす手を止める。

 さっきまではふかふかの芝生の上だったはずなのに。恐らく、恐怖を感じていた少女も男達も同じような疑問を持っていただろう。


 だが、その疑問もすぐに消え去った。

 正確に言えば、頭上から降ってきた人影に驚きが上塗りされてしまったからだ。


「よぉ、随分と面白いことしてるじゃねぇか」


 芝生の上に落ちた柔らかい音は聞こえない。

 その声が聞えてきた時には、代わりにガラスにヒビが入るような甲高い音が響いていた。


「な、なんだお前はっ!?」


 襲われていたはずなのに、少女は驚く男など頭に入らなかった。

 この人は誰だろう? 間に割って入るように降ってきた少年の姿しか思考が浮かばなかった。


「俺も混ぜてくれよ、具体的に何をしてたか分かんなかったけどさ。ナンパか、やってたことは?」

「ま、まずは俺の質問に答えろ! 俺を誰だと思ってる!?」

「知らねぇよ、そこそこ有名になったつもりだが……お前こそ俺が誰か分かって言ってんのか?」


 現れた少年―——セシルの声は、いつもより違ったものであった。

 具体的に何が違うのかと言われても少女には分からない。何せ、会ったのも声を聞いたのも初めてなのだから。

 でも、怒ってるような気がする。それだけは、なんとなく分かった。


「……お前、名前は?」

「え、っ!? 私、ですか!?」

「うん、こいつらの名前を聞いても大して特になりそうにねぇから」


 いきなり顔を向け声をかけられたことに驚く少女。

 一方で、価値がないと堂々と言われた男達は顔を真っ赤にして憤怒の形相を見せた。


「サーシャ、です」

「そっか、サーシャか―――よし、サーシャ……とりあえず、どういう状況なのか説明してもらっていいか? 生憎と、俺は単に傍から面白そうな光景があったから首を突っ込んだだけの傍観者なんだ。当事者の話がないとゲームにすら参加できねぇ」


 サーシャの疑問が口にされる前に、セシルの疑問が先に入る。

 誰、という答えももらってはいない。そもそも、この状況でどうしてこの少年は間に入ってきたのかも理解ができない。

 でも、不思議と感じた……どこか、安心してしまっていることに。

 先程伸ばされた手が怖かったからか? それとも、その過程に至るまで逃げられなかったからか?


 分からない。けれど、口は本人の疑問すらも無視して開いてしまう。


「この人達が急に私の女にならないかって……」

「またかよ」

「また……?」

「あ、いやっ、なんでもねぇよ」


 サーシャは首を傾げる。

 そんな少女を見て苦笑いを浮かべるセシルであったが、すぐさま目の前の男達を見据えた。


「らしいけどよ、嫌がってる女の子をナンパって正気か? まともに口説こうとか考えねぇのかよ、引き際が肝心って親にも教わったろ」

「うるさい、この「無能貴族」が! ようやく思い出したぜ……最近、魔術師だって言われてつけあがってる野郎を!」


 リーダーらしい男が、一歩前へ出てセシルを睨む。

 宿敵か怨敵か。邪魔されたからかは検討つかないが、顔に浮かぶ形相が怒りで真っ赤に染まっていた。


「お前、俺に楯突いてどうなるか分かってんのか?」

「あ?」

「俺はな、第三王子であるライド様の側近の───」


 そう言いかけた瞬間だった。

 サーシャは、思わず口を開けて呆けることになる。


 それは何故か?

 その疑問は、捲し立てていた男を見ていればすぐに理解できる。


「……ば?」


 答え合わせをするのであれば、艶やかな馬車が目の前を横切った。

 もっと具体的なことを言うと、のだ。


「ばべるぐぶちゃえ!?」


 物凄い勢いで走る馬車に轢かれた男は地面をバウンドする。

 ピンポン玉のように一回二回だけでは収まらず、勢いが消えるまでステンドグラスの上を転がっていった。


「「ザラス様!?」」


 取り巻きらしき男達が、消えた男を見て驚いた。そして、すぐさま彼方へ飛んでいった男の元へと向かっていく。

 ただ一方で───


「知らねぇよ、どうなるかなんて」


 魔術師であるセシルだけは、その光景をつまらなさそうに一瞥した。

 その様子だけで、こんなことをしたのはセシルなのだと理解させられる。


(……す、凄い。だ)


 少女は、そんなセシルの姿を眺めた。

 圧巻、加えて───懐かしさ。

 複雑で揺れ動くその瞳には、何が映って何を感じたのか?

 少なくとも───


「んじゃ、今のうちにどっか行くか。ナンパ野郎は撃退したし、ちょっくら逃げちまおうぜ」


 ───恐怖、そんなものは感じなかった。

 心を包み込む優しさが、何故か胸の内に残る。

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