下心があるサークル
―――さて、セシル達が入学してから一週間の月日が経った。
歴史、数学、地理、美学、武術といった授業が本格的に始まり、いよいよ学生らしい生活を送るように。
アリスは授業についていくのが精いっぱいなのか、一生懸命教師の板書に食らいつけるよう予習復習をこなし、一方で意外とやればできる子セシルくんは終始居眠りに没頭していた。
「無能貴族」としての汚名を一身に浴びる人間らしい行動と言えよう。
そして、一週間も経てばクラス内ではサークルが生まれる。
仲良くなった者同士、今後お近づきになりたい人間同士、取り入りたい取り入れられたい者同士。
時にはクラスを跨いで、サークルのような派閥が形成されるようになった―――
「さて、一週間で派閥もといサークルが形成されたのにもかかわらずボッチ道を極めている俺達ですが、今から「友達募集」のプラカードを掲げる必要はあると思いますか?」
「ないでーす!」
「ですよねー」
……なったのだが、セシル達は興味ないと相も変わらず教室の隅っこでボッチ生活を謳歌していた。
「だってさ、授業についていくのに精一杯なアリスちゃんはこれ以上胃に負担を与えちゃうと学園お休みしちゃうよ。わいわいきゃっきゃなアオハルなんて送れなくなっちゃうよ」
「距離を置いたら余計にアオハルから遠のいちゃう気がするのは俺だけだろうか? これほどまでに本末転倒を我が物にしているセリフは聞けないだろうなぁ」
「たとえ本末転倒でも、私は自分の体を優先するッッッ!!!」
どこまでいっても平民アリスちゃんは小心者のようだった。
「まぁ、実際に俺の想像通りのつまんない学園生活になりそうだけどな」
セシルは頬杖をつきながら、教室内を見渡した。
今は次の授業までの小休憩。クラスメイト達は、それぞれ自分で形成したサークル内で談笑していた。
今、このクラスでボッチ道を極めているのはセシルとアリスだけだ。
「どういうこと?」
「そのまんまの意味だよ。たとえ小心者アリスちゃんが肝の据わってる嬢ちゃんに大変身したとしても、お望み通りの輝かしい青春は送れなかっただろうって話だ」
意味がよく分からず、アリスは首を傾げる。
セシルは、そんなアリスのために言葉を続けた。
「今形成されてるサークルは、結局親元の家系に準ずるものが大半だ。家ぐるみで仲がいいから、派閥として一緒だから、取引相手だから、これから側につきたいから。もちろん元から仲良しでした、みたいなこともあるかもしれないけどさ、結局はすでに貴族社会の一歩手前の世界が広がっちゃったわけよ」
よく言えば種蒔きがすでに始まってしまったというわけだ。
関係値を深めるため、関係値を作るため、関係値を清算するため。そんな行動理由で始まったサークルが、すでに形成されつつある。
「アリスのいうアオハルが目の前に広がってるんだったらまだ退屈しなかっただろうけどさ、こんな打算ありきのサークルを作って楽しいか? って話なわけよ。もしどっかのサークルに入ってみなさい、絶対顔色を窺うセールスマンになっちゃうから」
「うげー……私の青春は社畜根性から始まっちゃうのかなぁ」
「そうならないようにボッチ極めてるんだろ、俺達は。っていうか、そもそも「無能貴族」に話しかける物好きなんていねぇよ。もしいたとすれば、どっちかというと侯爵家じゃなくて魔術師としての俺を取り込みたい下心から始まる勇気だな」
―――イリヤとの一件以降、セシルが魔術師だという話はあっという間に広がった。
噂が資本の貴族だからか、その広まりようは瞬時たるもの。一週間もすれば、知らぬ人はこの学年にはいないほどとなってしまった。
侯爵子息だからといって噂を気にして話しかけてこなかった野郎が今になって話しかけてきたら?
もうそれは魔術師だからという理由以外には説明しようがない。
「あれ、ソフィア様とイリヤ様は?」
「あれは物好きだろ。それか、王位継承権争いの渦中に放り込もうとしてたかのどっちか」
「……この前助けてもらった恩義っていう理由はないんだ」
「いや、あくまで俺の予想だけどな」
「貴族って面倒臭いね」
「同意。俺だって、人生やり直せるならしがない平民でもやってみたかったよ」
セシルは教室内から視線を移し、窓から外の景色を眺める。
広がるのは雲一つない青空に、噴水の見える広場。
昼食時になると、ここには人がたくさん集まるらしい。
見晴らしのいい庭園でランチでも広げるのだろう。ゴミゴミした食堂よりかは持ち運ぶという手間こそあれど、解放感が段違いだ。
「結局、今仲良しこよしで嫉妬しちゃうぐらい楽しげな光景も、深く見たらドロッドロのチョコレートってことだね」
「そういうことだ。それに、今は王位継承権争いの真っ最中らしいし、それに伴って王族関連でスポンサー集めと株稼ぎで一層面倒臭いことに───」
何気なしの会話の最中、ふとセシルの言葉が止まった。
「……どうしたの?」
「…………」
急に止まったセシルに、アリスは顔を覗き込むように首を傾げる。
だが、端麗で愛苦しい顔が眼前に迫っても、セシルは外を眺めるだけで何も口にしなかった。
気になり、アリスはセシルの視線を追う。
広がる青空、湧き出る噴水の広場。
その手前───数人の男達に囲まれる、艶やかな金髪を携えたエルフ。
珍しい、と。アリスは思った。
基本森に住み、森で生涯を過ごす長寿のエルフは滅多に人間が住む世界へは出ない。
出稼ぎや、長い人生を楽しく過ごしたいと思ったエルフが外界へ出ることはあるが、まさか学生として見かけるとは思っていなかった。
そのことに驚くアリスだが、それも一瞬。
何を話しているか分からない。しかし、男達はエルフの少女へと手を伸ばし、嫌がる素振りを見せてもなお笑いながら触り始める。
「もしかして、虐め……ッ!」
アリスは衝動的に立ち上がる。
優しい心根からか、それとも正義感からか。今すぐ駆け出したい衝動に駆られたアリスは、そのまま教室を出ようとした。
しかし、それよりも早く。
───校舎と教室を沿うように、ステンドグラスが広がった。
『な、何!?』
『おい、これって……』
『「無能貴族」がここでおっ始めるのか!?』
いきなり広がったステンドグラスに、教室にいた生徒は驚き、ざわめく。
だけど、セシルはそんな周囲の反応など無視して窓枠に足をかけた。
「セシルくん!?」
「ちょっとらしくもなく生徒間交流でもしてくるよ」
アリスの言葉すらも無視して、セシルは教室を飛び降りた。
向かう方向には、エルフの少女と何人もの男子生徒の姿。
飛び降りたセシルの周囲には、光に反射され輝くステンドグラスが舞っていた。
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