初日の授業が終わり、アオハルなどクソ喰らえ精神で真っ先に帰宅した二人。

 馬車を降り、門からの道のりを護衛もつけずゆっくり歩いていた。


「馬車での移動ってどうなわけよ、尻が石化しちゃうよ……柔らかヒップが俺のアイデンティティだったのに、これじゃあセシルくんの価値が大暴落よ」


 一時間という短い時間だけ馬車に乗っていた男が、尻を擦りながら愚痴る。

 横を歩くアリスは特段平気そうであった。


「文句言わないの、これから毎日になるんだから我慢しなさい! お母さんはぐちぐち言う子供に育てた覚えはないんだぞ!」

「もうお姉ちゃんポジじゃなくてお母さんポジで貫くわけね、アリスさん……」


 これからも年上マウントを取られるかもしれないが、何故か悔しさが湧き上がってこないセシル。

 何せ「俺の方が年上だぜ!」などと言ってしまおうものならおじいちゃん枠が決定だ。そうなるのであれば年下の方が幾分かマシである。


「そういや、真っ先に帰ってよかったのかよ? 憧れの学園で友達百人の青春を謳歌するんだろ?」

「言ったはずだよセシルくん……あの世界は、胃がキリキリする世界なんだよ! 友達百人なんて無理無理の無理なんだよッッッ!!!」

「できたじゃん、友達、二人も。おめでとう」

「ありがとう……その相手が王女様と公爵令嬢様じゃなかったら私は大袖を振ってパレードの主役になるよ」

「残念、相手は王女様と公爵令嬢様だからパレードは中止だな」


 そんなやり取りをしながらも、二人は我が家である屋敷の扉を開いた。

 すると、入口付近にたまたまいたメイドや使用人が一斉に頭を下げ始める。


「何度されても慣れないんだよ、この光景」

「いい加減慣れなさい、アリスさん。お前は俺の最愛者ラヴァーで客人、丁重にもてなされるのは当然だ」

「何もしてないんだけどなぁ……」


 横でしょぼくれるアリス。

 どうして落ち込んでいるのか? セシルは意味が分からなかった。


だろ、アリスは」

「ふぇっ?」

「それだけで、俺は十分なんだよ」


 さも当たり前だと口にするセシルに、アリスは一瞬呆けた顔を見せる。

 だがその顔も徐々に赤みを帯びていき、ついには茹でタコのように真っ赤に染まった。


「セ、セシルくんは……セシルくんは、本当にもぅ!」

「痛い痛い、急に背中を叩くな。マッサージをしてくれるなら別の場所にしてくれ、それじゃただの暴力だ」


 照れ隠しなのだろうが、意外と腕力強いアリスちゃんの鳴らす音は「ゴスっ、ゴスっ」という鈍いものだった。

 凝った肩でなければ、いつか青白い痣ができてしまいそうだ。


「相変わらず仲がいいね、兄さん達は」


 そんな時、ふとエントランスにある階段から一人の青年が顔を出した。

 セシルと同じ白髪に琥珀色の双眸。端麗で、整いすぎた顔立ち。雰囲気もどこか和やかなものが醸し出されており、好青年のイメージが付き纏う。

 セシルの弟であるキール・ルルミアは、そんな少年であった。


「仲がいいようなやり取りに見えるか、キール。現在進行形で病院に搬送される手前のゾーンを歩いてるよ」

「アリスさんの照れ隠しじゃないか」

「て、照れ隠しじゃないもん!」

「ははっ、そうだね」


 アリスはソフィアやイリヤに向けたような口調は見せなかった。

 それはセシルの家族であり、相手が許してくれているからだろう。あとは積み重ねてきた時間が多く関係しているのかもしれない。


「どうだった、学園は? 僕も来年通うからちょっと興味あるんだ」


 階段を降り、キールは二人の下に近づく。


「そんないいもんじゃねぇよ。伊達に「無能貴族」だなんて呼ばれてねぇからな、俺は。有名人って苦労する生き物なんだなっていい勉強になったわ」

「兄さんがちゃんとすればいいだけなような気がするけどね。やればできる子っていうのは知ってるんだから」

「つい最近もアリスに同じようなこと言われたさ。その時はやらなくてもできる子マウント取られたが」

「アリスさんがいてくれて助かってるよ」

「どやぁ」

「マウントを取られた兄を擁護するって選択肢はねぇんだな、ちょっとショック」


 可愛らしくドヤ顔を決めているアリスの横でげっそりするセシル。

 その姿を見て、キールは楽しそうに笑った。


「そういや、面白いことはなかったがアリスが第三王子に求婚されたぞ」

「ちょ、セシルくん!? それ言っちゃう!? 結構デリケートで気を使うような話題な気がするんだけど!?」

「いや、それ以外に話すことなかったし」

「ソフィア様とイリヤ様と知り合ったとか、熱々でジューシーな話題もあったじゃん!」


 ホットな話題ではあるが、極力触れられたくはなかった話題。

 どうしてかと言うと───


「……え? アリスさん、兄さんのことが好きだったんじゃ───」

「わーわーわー!」


 アリスは全速力でキールに駆け寄り、慌てて口を塞ぐ。

 最後まで紡がれなかった言葉に、取り残されたセシルは首を傾げるばかりだ。


「断ったから! ちゃんと断ったから!」

「あ、そうなんだ。兄さんのことが好きなのに受けたのかなって心配したよ」

「一途だもん、私は! いくら殿下でも私はセシルくんしか好きにならないよ!」


 セシルに聞こえないぐらいの声量で話すキールとアリス。

 実はアリスの好きな人を知っている人物の一人がキールであり、よくよく相談させてもらっている間柄なのは二人だけの秘密だ。


「それを聞いて安心したよ……でも、それで新しい不安が湧いてきたんだけど、聞いちゃってもいい?」

「不安?」

「第三王子殿下は結構短気な方っていうのは知っていてね、中々引き下がらないでアリスさんに求婚したんじゃないかって」

「よく分かってるね。まるで実際に見てきたかのような推測だよ」

「それでアリスさんはきっと嫌がっただろうから……兄さんは、その……第三王子殿下に喧嘩を売ってないよね?」


 兄の性格は熟知している弟。

 当然、アリスのことを自分達以上に大事にしていることは把握している。

 だからこそ、アリスの嫌がる行動を取った第三王子に何かしていないか───キールは、そこが不安であった。


「安心しろ、弟よ。俺は第三王子には何もしていない」

「そ、そっか……ならよかった───」

「代わりにイリヤと戦った」

「どうして!?」


 飛躍したどころか斜め上のことに、キールは驚きを隠し切れなかった。

 魔術師である兄が戦えばどうなるか? 相手はひとたまりもないというのは容易に想像がつく。

 それでもイリヤと戦った。公爵令嬢はどうなったのか? 怪我はさせてないのか?

 またしても不安が増えたキール。胃薬をあとで用意しようと決めた。


「まぁ、そこの話の続きは俺の部屋でしようじゃないか」

「うん、分かったけど……あぁ、胃がキリキリする。父さんになんて言おうかなぁ」

「先に言っておくがやらかしたわけじゃないからな? そこも含めて、輝かしい入学初日を懇切丁寧に話してやるよ───アリスも来るか?」

「え、行くー!」


 そう言って、二人はセシルの部屋へと向かう。

 その後ろ姿を見た使用人達は「仲がいいな」と、今日も変わらず思ったのであった。

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