衝突したワケ
一つ、ここで忘れていることがあるのをご存知だろうか?
現在、始業式が終わって教室に戻る最中。
これから、新入生は学園の説明やら授業が控えている状況だ。
つまり、何が言いたいかというと───
「おい、お前ら! 一体何をやっている!?」
騒ぎを聞きつけた教師が、やって来てしまうということだ。
「「……あー」」
人混みを掻き分けて姿を現した教師の姿を見て、イリヤとセシルはようやく我に返った。
そういえばそうだったな、と。色々なことがあったため忘れていたが、ようやく思い出すに至る。
「……というか、お前ら魔術師だったのか」
校舎を巻き込んでいるステンドグラスに、イリヤを中心として広がる炎に剣。
その現状を視界に捉え、痛そうに頭を押さえる。
ここはあくまで学園。入学基準をクリアしていれば誰だった門を潜ることが可能。
魔術師が入学したとしても決しておかしくはないのだが、そもそもの話として魔術師の存在は少ない。にもかかわらず、二人も入学───加えて、初日からドンパチしていたとなれば、頭を抱えるのは当然だ。
「ハーメルの息女が魔術師だというのはまだ想像できるが……お前、ルルミア侯爵家の子だろう?」
「はい、そうっすけど……」
「マジか……上になんて報告するべきか」
魔術師の存在は貴重だ。
現れでもすれば、国は全力で抱えようとする。
セシルはまだ魔術師界隈の中でも新参者であり、国は当然把握していないだろう。
だから、見つけてしまえば一教師であろうが報告しなければならない。
(かといって、上が「無能貴族」だと言われているこいつが魔術師だって信じるかどうか……)
頭痛の種が増えたと、教師は大きくため息を吐いた。
「まぁ、いい。とにかくお前ら教室に戻れ。見ているお前らもだ!」
教師の声で、周囲で見ていた生徒達はザワつきながらもそそくさとその場を離れていく。
ランド達も、同じように皆について行った。教師は「とりあえずお前ら、あとで教職員室に来い!」という言葉を残して去っていく。
その姿を見て、セシルは魔術を消して同じようにあとを追おうと───
「ばっかちーん!」
「あいたっ!?」
───思った時、いきなり現れたアリスによって後頭部を叩かれてしまう。
人をも吹き飛ばすほどのアリスの腕力。それによって叩かれてしまえば、激しい痛みが襲うのは必然。
セシルは涙目になりながら頭を押さえてのたうち回った。
「どうしてこんな場所で魔術使っちゃうの!? 奇行!? ついに、セシルくんは奇行に走っちゃうようなお馬鹿さんにジョブチェンジしちゃったのかな!? これじゃあ皆に怖がられて友達百人できないじゃんか!」
「こ、これには深いわけがあるわけですよアリスさん……そう、水溜まりよりも深いわけが!」
「浅い! 超絶浅い理由!」
もはや深さ三センチもないぐらいの理由であった。
「まぁ、許してあげてちょうだい」
その時、手に纏わりついていた火の粉を払いながらイリヤが二人の近くまで寄る。
その際、靡く髪と歩き方が異様なほど気品に満ち溢れており、一瞬だけアリスは見蕩れてしまう。
「これも全部あなたのためなんだから」
「わ、私ですか……?」
いきなりなんの話をしているんだろう?
アリスはよく分からず首を傾げる。
そんなアリスを放置して、セシルは立ち上がるとイリヤに向かって頭を下げ始めた。
「あ、ありがとうございます、イリヤ嬢」
「あら、なんの話かしら?」
「とぼけなくても───私が魔術師であると牽制させるための機会を作っていただけて、感謝しております」
仮定として、もしランドに対して魔術を行使していたらどうなっていたか?
当然、セシルが魔術師だと知ってもらえはするだろう。
だが、そうしてしまえばセシルが王族に牙を向いたとして処罰される可能性がある。
もちろんセシルにはその覚悟があったし、それを踏まえた上で行使しようとしていた。
イリヤは、有り体に言えばそれを止めたのだ。
王族に手を出すなんて愚行以外の何ものでもないから、と。
かといって、口頭で止めようとすれば一旦の状況は改善できるかもしれない。でも、そのあとは?
諦めの悪そうだったランドは、再びアリスに迫ってくるだろう。
だったら、そうさせないようにすればいい。
具体的には、セシルを魔術師だと明かして「アリスを守る魔術師を敵に回さない」ようにするとか。
「まぁ、そこまで言うなら受け取っておくわ。でも、一応言っておくけどあなたには恩があるから、それを返しただけなの」
「恩……?」
「えぇ、実は私───ソフィア様の護衛なのよね。私の代わりに主人を守ってくれたあなたには、こっちも感謝していたのよ」
王族の護衛だということに、セシルは納得する。
魔術が使えるような女の子。しかも、ソフィアと同年代の相手であれば学園での護衛も問題なく行うことができるし、立場も周囲に比べれば遥かに近い。
確かに、これ以上にないぐらいの適役者だ。
「え、えーっと……私、話が何一つとして見えてこないんだけど……」
一方、蚊帳の外感が半端ないアリスは首を傾げたままだ。
そんなアリスに、イリヤは小さく笑う。
「要は
「ッ!? ど、どどどどどどうして私が
「そりゃ、見ていれば分かるわよ。これでも、魔術師としての歴は長いの」
イリヤは身を翻し、校舎に向かって足を進め始めた。
「行きましょ、二人共。どうやら私達はこれからお説教みたいだしね」
「そうだぞ、アリス。一緒に怒られに行くぞ」
「え、私が何もしてないのに!? なんか求婚されただけなのに!?」
アリスの驚く反応に、二人は微笑ましそうに笑う。
始めにあった剣呑な空気など、何一つ感じさせない。
それどころか、二人の間には何か小さな友情が芽生えているような気さえした。
拳を合わせた仲だからだろうか? 少なくとも、セシルの顔には「関わりたくない」という思いが見られなかった。
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