公爵令嬢VS侯爵子息

 魔術師の実力は術者の魔力総量と技量、そして最愛者ラヴァ―の資質によって決まると云われている。


 魔術師に必要な魔力。

 これは術式の持続時間や使用回数に影響するため、魔術師の中では重要項目の一つだ。

 たとえるなら水鉄砲。

 器の中にどれだけ水を溜められるかによって、相手にどれだけ多くの水を飛ばせるかが決まるように。


 もちろん、魔力というのは先天的なものだ。

 魔力がない者が多いこのご時世、そもそも魔力がある者こそが強い。

 この話はあくまで魔術師と戦う時の実力の話だ。魔力を持たない一般兵と戦うのであれば些事と言っても過言ではない。


 では技量とはなんなのか?

 それは、単純に魔術の精密さと戦闘スキルである。

 魔術師が扱う魔術は術者によって編み出されるため、何を考え何をしたいか―――これを全て一人で考えなければならない。

 下手な魔術を生み出してしまえば、相手の魔術に負けてしまうかもしれない。自分に不釣り合いな魔術を編み出してしまえば、戦闘がやりづらくなる。


 魔術は自分の相性や想像力、丁寧さが求められるということ。

 ここをどう極めるかによって、魔術師としての自分の価値を左右してしまうのだ。

 あとは単純に戦闘スキルなのだが……これは言わなくても分かるだろう。


 術者は魔術という武器を扱う。

 引き籠りに剣を持たせて戦えるか? という問題。術者も、自分で編み出した魔術でどう戦えるのか? そこが重要となってくる。


 あとは、最愛者ラヴァ―の資質の問題だが、これは水を流すホースだと考えてもらいたい。

 細いホースと太いホース、どちらの方が一度に大量の水を送れるか? それはもちろん後者である。

 最愛者ラヴァ―は媒介だ。如何に術者の魔力と術式を世界に事象として引き起こせるかが重要となり、太ければ太いほど効率よく魔術を使える。


 ここが資質の話。

 以上の三点が、魔術師の実力を大きく決める問題である。


「さぁ、始めましょうか」


 渡り廊下のすぐ傍にある空き地。

 そこで、炎髪を携えた少女がセシルを見て不遜に笑う。

 一方で、セシルは地面に足を小突いた。すると、空き地いっぱいに煌びやかなステンドグラスが広がっていく。


「ちょ、ちょっとセシルくん!? 本当にやっちゃうの!?」


 セシルが魔術を使用するために広がったステンドグラスに、アリスは驚くというよりもいきなりしでかしたことに対して怒っているような感じだった。

 しかし、駆け寄って止めようにも最愛者ラヴァーである自分が戦闘に巻き込まれるわけにはいかない。

 自分がもし死んでしまえば、魔術師であるセシルも死んでしまう恐れがあるからだ。


 故に、歯痒い思いをしながらも生徒と一緒に傍観に回る。


『う、嘘っ!? これって……!』

『「無能貴族」が、魔術師!?』


 片や、光景を見ていた周囲の生徒が驚きの声を上げる。

 それは馬鹿にしていた相手が、有数の魔術師だったからか? それとも、身近に魔術師がいたからか?

 どちらかは分からないが、少なくとも驚いているということに変わりはない。


『なんだ!? あ、あいつは魔術師だったのか……!?』


 加えて、ランドも驚いて地面に尻もちをついていた。

 ただ術式の一端を見ただけ……それだけのはずなのに、腰を抜かしてしまうというのはいかがなものだろうか?

 だけど、それを誰も指摘はしない。

 何せ、今から始まろうとしている光景に目が離せないからだ。


「ふふっ、驚いてる驚いてる。私もソフィア様から聞かなかったら、あなたが魔術師だなんて想像もつかなかったわ」

「いいからさっさとかかってこい。時間がもったいないだろうが」

「あら、つれないわね」


 イリヤは肩を竦めると、片手に刀身が二メートルはありそうな炎の剣を生み出した。

 実際に触れると燃えてしまうのか? 立ち上る剣に、セシルの思考は回る。

 すると、イリヤはセシルの思考など無視して肉薄を開始した。


(ここで堕としてしまうのが一番楽なんだろうが……そうしたら生きてるか分からんからな)


 野盗と戦った時のようにステンドグラスから落としてしまいたいところではある。でも、そうしてしまえばイリヤが死んでしまうかもしれない。

 セシルとしては、命の取り合いではなさそうな戦いで命を奪うつもりなど毛頭なかった。


 だから、セシルは地面から伸びてきたステンドグラスを掴み上げ、振り下ろされる剣を受け止める。

 受け止められたことを確認したイリヤは小さく手首を曲げた。

 すると、今度は受け止めた側と反対方向に一薙ぎの炎がセシル目掛けて襲い掛かる。


 だが、それもセシルは地面から生み出した盾でしっかりと受け止めた。


「あら、こんなんじゃ当然倒せないわよね」

「当たり前―——」


 そう言いかけた時だった。

 セシルの背後から、小さな風が吹き始める。

 その風は、触れただけで熱が―――


「ッ!?」


 セシルは反射的にしゃがみ込む。

 すると、風が触れた制服の部分が焦げたように燃えていた。


(透明の……炎!?)


 魔術師との戦いは、如何に相手の魔術を見破り順応して戦うか。

 魔術は術者の数だけ種類があり、それぞれがオンリーワン。教科書や教材に載っているものなど何一つないため、初対面の魔術師と戦うのであれば全てが初見と成りうる。


「あなたの魔術はステンドグラスの形を変えることかしら? いや、地面に広がったステンドグラスの密度は変わっていないわね。だったら、一から物体を生み出す? どちらにせよ、今の行動で分かったわ―――あなた、使でしょ?」

「…………」

「そうじゃなきゃ、そもそも足元に広げるメリットなんかないわけだものね」


 セシルの魔術は指定した空間内での『創造』である。

 アリスに好きな景色を見せ続けてあげたい───それから生み出された魔術は、一から物体を作り出す。

 野盗に使った穴も、今の盾も、全ては一から作り出したものであり、それも足元で広げられたステンドグラスの中で行われたもの。


「ご明察」


 魔術にデメリットは付き物だ。

 強大な魔術を使えば使うほど、扱うための過程が複雑になる。

 セシルの魔術のデメリットは、いわばその部分であった。


「……チッ」


 すぐに見破られたことに小さく舌打ちしつつ、セシルはイリヤの側面に色鮮やかな馬車を生み出す。

 走り出した馬車は容赦なくイリヤの体を吹き飛ばすが、すぐさま横から浴びせられた炎によって消失する。


「魔術師同士の戦いでのセオリーは相手の魔術を暴くか、最愛者ラヴァーを倒すこと」

「…………」


 最愛者ラヴァーという単語を聞いて、セシルは生み出した槍をイリヤに向けて投擲する。

 だが、それはイリヤの剣によって叩き落とされた。


「そんなに怖い顔をしないでちょうだい。やらないわよ、そんなこと───私はただ、なんだから」


 イリヤは笑う。

 その時の彼女の顔は、獰猛でも愉快でも恍惚でもなんでもなかった。


 ……慈愛。

 そんな、優しいもの。


(なんだ、このアリスに似た空気は……?)


 セシルは渡り廊下で生徒と同じようにこちらを見ているアリスを一瞥した。

 アリスの顔は、少し怒っているような、心配しているような、複雑なもの。


 今のアリスの顔とはとても似つかない。

 それでも似ているということは、今まで彼女がしていた顔が、今のイリヤと似ていたということ。

 アリスがそんな顔をした時はどんなものだったか?


 戦闘中にもかかわらず、ふと思考が最愛者ラヴァーのことを思い浮かべてしまう。

 そして───


(あぁ、なるほど)


 何かのピースがハマったかのような、合点の一致。

 先程まで湧いていた怒りが、一瞬にして冷めていくような感覚。

 セシルの顔に、小さな笑みが浮かんだ。


「そうか、そういうことか」

「どうかしたかしら?」

「いんや、なんでもねぇよ。ただ……いい女だな、ってそう思っただけだ」

「ふふっ、それは嬉しいわね」


 イリヤが燃え上がる剣を携えながら上品に笑う。


「だから、ご要望にお答えして───」


 セシルは、両手を掲げた。

 すると、空き地いっぱいに広がっていたはずのステンドグラスが、校舎までをも巻き込み更に広がっていく。



 その言葉の通り、空き地にはいくつもの色鮮やかな馬車が生まれた。

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