王族の求婚
「俺の妾になれ!」
といった発言が生徒の歩く往来で落とされてしまった。
周囲を歩いていた生徒も思わず足を止めてしまい、セシルもセシルで呆けたような声が漏れてしまった。
そして一方、いきなりの求婚をされたアリスというと……誰よりも驚いてしまった。
「えっ、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!???」
「ん? 何を驚いているんだ? 不思議なことではないだろう」
確かに、王族や高位の貴族であれば妾を作るのは珍しくない。
貴族は血筋を残すために子を多く産む義務があり、本妻以外にも妻を残すのは不誠実であれど貴族としては間違いではないのだ。
「お、おかしくはないかもしれないんですが……随分と急だったので」
アリスは言葉に詰まる。
貴族でなくても、本妻でなければ咎められることはない。
たとえ何番目の妻になり、妾の中では一番立場が低かったとしても、王族に見初められれば玉の輿。
故に、平民であれば誰もが嬉しくなるような話だ。
しかし、それは想い人がいなければという前提あってこそ。
「壇上からお前の顔を見つけた時にビビってきたんだ。顔もいいし、体もそんなに悪くない―――これは妾にせねば、と!」
「よかったな、そこの平民!」
「光栄に思うんだぞ!」
後ろにいる取り巻きまでもが上からの目線でアリスを褒める。
だが、驚いた顔から一変……アリスは申し訳なさそうな顔を浮かべた。
「あ、あの……お話は嬉しいのですが……」
「断るのか!?」
「こ、断りますっ!」
検討することなく即答で断ったアリスに、ランドは信じられないといった驚愕の表情を浮かべる。
それは後ろの取り巻きも一緒だったのか、口をパクパクとさせていた。
(アリスがどっか行ったらどうしようかと思ったんだが……正直、ホッとしたわ)
後ろで隠れているアリスを一瞥して胸を撫で下ろすセシル。
別に、表面上だけ見ればアリスとセシルは魔術師におけるパートナーだというだけ。
それぞれにはそれぞれの人生があるわけだし、アリスが結婚したいと言うのであれば応援するつもりでいた。
でも、かといって離れてほしいと思っているかどうかは別の話。
(いつか、アリスも好きな人を見つけて離れていくのかもしれないんだよなぁ……うっわ、なんか想像しただけで胸が重くなった)
セシルは花嫁衣裳のアリスから「私、結婚するねじゃあね!」と言われる状況を脳裏に浮かべて勝手に心が沈んだ。
「何故だ!? 王族の一員になれるというのは名誉なことだぞ!?」
「え、えーっと……その、私には好きな人が……」
「ガハッ!?」
「待って、どうして横で吐血音が聞こえてきたの!?」
花嫁衣装が現実味を帯びてきたからこその吐血であった。
「おい、平民の分際で生意気な!」
「ランド様はな、せっかくお前を見初めてくれたんだぞ!?」
「そう言われましても……」
名誉なことだし、これからの人生が大きく前向きに変化するかもしれない。
だが、アリスという少女は地位や名誉、金といったものに執着はなかった。
シスターとして物欲とは少し離れた生活を送っていた……というのもあるが、やはり一番はセシルの存在だろう。
だが、セシルは侯爵家の嫡男。
家督から最も近い場所に立っており、一平民が将来横に立ち続けるのはほぼ不可能。
セシルの気持ちが自分に向いていないのなら、この場でランドも申し受けを手に取った方がいいのかもしれない。
(それでも諦めきれないぐらい染まっちゃったんだからしょうがないよね……)
文字通り身も心も。
腹部にある『印』こそが、それの最もたる証拠だ。
でも、それはあくまでアリスの感情であり、それをランドが勘定に入れるかどうかは分からない。
「い、いいから俺のものになれ!」
往来で生徒の面前でフラれてしまったからか。
ランドは引けないと言わんばかりにアリスに詰め寄った。
そして、その手を無理矢理掴み始める。
「い、いやっ!」
突然の強引さに、アリスの口からそんな言葉が漏れる。
だからか、それを見ていたセシルは───
(……あ?)
セシルは、
昨今、魔術師の存在は偉大で強大なものになっているからか『魔力を持つ魔術師こそが上』という認識が強くなっている。
しかし、セシルは魔術師になりたいから魔術師になったわけではない。
アリスを守ってあげたいから魔術師になったのである。
故に、アリスが嫌がるものは全て排除してあげたい。
笑顔でいられるように、幸せでいられるように。
それを阻害する者がいるのであれば───
「あ? なんだよ、お前? この俺を睨んでいるのか?」
「…………」
───排除する。
セシルの心が、怒りによって一気に冷めた瞬間であった。
セシルは貴族に固執していない。
侯爵家という立場は確かに強く、世間一般的には過ごしやすい環境なのかもしれない。
だが、自由気ままに生きたいと望むぐらいの男だ。
ここで王家を敵に回しても、家族に迷惑をかけても問題はないと極論思っている。
セシルにとって、アリスが一番の存在なのだから。
それは、魔術師になったあの頃から変わらない。
だからこそ、セシルは魔術を使おうと思った。
このままアリスの嫌がる行動を取るのであれば、王家に嫌われてでもその手を払わせ───
「あら、ごめんなさいね」
ゴォォォォォォォ、と。
そう思った瞬間、ランドとセシル達の間に一つの大きな炎の壁が聳え立った。
「あつっ!?」
ランドは炎の壁が横切る瞬間にアリスの手を離したが、あまりの熱さに声を上げてしまう。
「……え?」
一方でアリスは唐突に起きた現象に、熱さよりも驚きが勝ってしまった。
呆け、炎の壁がやって来た方向へと顔を向ける。
するとそこには、紅蓮のような炎髪をした少女がこちらに向けて手をかざしていた。
「邪魔、してくれたな……おい」
アリスが呆けている間、セシルは一歩前に踏み出す。
いつもとは違う表情───気だるそうな空気は一つも感じられないその顔に、周囲にいた生徒達も、取り巻き達も息を飲んでしまう。
だが、二人だけ。
「怒っているのかしら?」
「まぁな、お陰様で色々と」
「その中に私が含まれていないことを祈るわ」
そして、少女もまた一歩を踏み出す。
「茶々を入れてくるにしては激しいんじゃねぇか? アリスにまで飛び火したらどうするつもりだったんだ」
「心外ね。これでも一応魔術師よ? それぐらい制御できないと、そもそもあなたの前で使わないでしょ、これ」
セシルのため口に文句も言わず、イリヤは手のひらの上に火の玉を浮かべて見せる。
これが何を意味するのか? 有り得ない現象を起こした───それは、彼女が魔術師である証拠であると共に、先程の炎の壁を生み出した張本人であるということ。
「使ったってことは……意味、分かってんだろうな?」
そしてセシルにとっては───安い挑発のようなものでもあった。
「ふふっ、分かってるわよ。せっかく出会えた魔術師だもの───ここで一戦、お付き合いしてくれるかしら?」
「公爵家の令嬢だかなんだか知らねぇが……邪魔した分はきっちり落とし前つけてもらうぞ」
脈絡も前兆もない。
それでも、二人の魔術師は獰猛な笑みを浮かべた。
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