王太子殿下

 教室に教師が現れたあと、入学した一年次の生徒にはすぐさま入学式が行われた。

 集められた講堂には五百人程度の新入生が顔を揃え、学園長やら生徒会長やらのありがたいお話を聞くことに。

 時間にして約一時間。その間、新入生がしたことといえば首席合格者の代表挨拶ぐらいだろう。


 その代表挨拶をした生徒がまさかの第三王子であったことに、セシルやアリスは驚いた。

 え、まだ王族いんの? と。

 極力関わらないでおこうリストがまたしても更新された日である。


 そして入学式も終わり、二人は教室に戻るため渡り廊下を歩いていた。

 雑談している生徒も同じように教室へ向けて歩いていくのだが、何故か二人の周りには穴の空いたような空間が広がっている。

 同じように歩いているのに、避けられている感じがヒシヒシと伝わってくる。


 しかし、二人はそのことをまったく気にしなかった。


「器用に寝るね、セシルくん。背筋ピンってなってる状態で寝息が聞こえた時は驚きを隠し切れなかったんだよ」

「ふっふっふー……これが有意義な時間を浪費するためのスキルですぜアリスさん」


 隣を歩くアリスにドヤ顔を見せるセシル。

 別に褒めてはいなかったのだが、セシルはとても自慢げである。


「いかにバレないよう睡魔に身を委ねるか。自由を謳歌する者として、最低限身に着けておかないとあとあと苦労するぞ★」

「……いや、私は堕落協会の会員になった覚えはないんだよ。どうせ、メンバーはセシルくん一人でしょ」

「絶賛メンバー募集中。君も一緒に堕落した楽しく自由な人生を送ろう!」

「丁重にお断りなんだよ。勤勉で誠実な人こそ、女神様は見てくれるからね。だけどセシルくんが女神様に見放されても、私は見放さないであげます!」


 つまんねー、と口を尖らせるセシルにアリスは小さく笑ってしまう。

 子供っぽい態度は、どこか微笑ましく映ってしまうから不思議であった。


「それにしても、首席の人って凄いよね! あの難しい試験をトップで合格したんでしょ!?」

「ん? そうみたいだな。確か、ソフィアって人と第三王子殿下が同率トップだった気がする。クラス分けの横になんか書いてあった」

「……ねぇ、ソフィアって人ってさっき自己紹介してくれた第二王女様でしょ? そんな「知らない人ー」みたいな言い方ってどうなの?」

「極力知らぬ存ぜぬ赤の他人スタイルでいこうかと。知り合いだと思われたら面倒臭いことになる予感がビンビンだから」


 どこまでいっても失礼な男である。


「いうて、そんなに難しくなかったろ?」

「難しかったよ!? 私がどれだけお守りをしながら勉強したと思ってるの!? あんだけ頑張っても三百三位だったんだよ!?」

「おー、今まで勉強する環境もあんまりなかったのにすげーじゃん」

「えっへん! そういうセシルくんは?」

「八位」

「セシルくん嫌い」

「どして!?」


 勉強している素振りも見せていなかったはずなのに八位。これのどこが「無能貴族」なのか?

 やればできる子だと知っているアリスでも、お隣を歩く魔術師さんの類いまれなる地頭のよさに嫉妬が隠し切れなかった。


「そんなん、環境が違うんだから怒らないでくださいよアリスさん。俺は今までそういう環境にいたからある程度の許容が元からあるわけでして―――」


 頬を膨らまし、そっぽを向いてしまうアリス。

 それを見たセシルは、なんとか宥めようとする。

 その時であった。


「おい、そこのお前!」


 背後から、大きな声をかけられたような気がした。

 一瞬だけ固まり、振り返ってしまいそうになる衝動に駆られる。


「(へい、アリスさんやい。この流れのこのシチュエーションって、どう考えてもデジャブっていうか既視感な気がするんだけどもいかがでしょーか?)」

「(流石だね、私の魔術師さん。このやらなくてもできる子アリスちゃんも同じことを考えていましたんだよ! 以心伝心? 一心同体? 的な!)」

「(っていうかさ、なんなのこの学園? 俺が物語の主人公だからって構ってちゃん多すぎない? しかも今度は上から急降下な目線が降り注いでいる感じでさー)」

「(きっと構ってちゃんはセシルくんと滑り台で遊びたいんだよ。下で待つのはセシルくんね)」

「(あーやだやだ。これだからお子様は困る……もう結構な歳だからさ、お遊戯に付き合ってあげられるほどの体力ねーんだわ)」

「(うにゅ、同じくです!)」


 というわけで無視しよう。


 ここで振り向いてしまえば同じ轍を二度も踏んでしまうことは目に見えている二人。

 声をかけられたような気がしたことには驚いたが、人違いだという体裁を貫き通すために足を進めた。


「っていうわけで、別に仕方ない部分があるわけよ。アリスちゃんはこれから白鳥になるアヒルさんなんだから、めげずに前を向いていこうぜ」

「おいっ、無視をするな!」

「むぅ~、仕方ないなぁ……今日は膝枕で許してあげます」

「ははぁー、ありがたき幸せ!」

「だからこっちを向け! 無礼だぞ!?」


 無視しようとしても、会話の途中鬱陶しい言葉が羅列されてしまう。

 ここまでされて人違いだと思いました的なスタンスを取るには難しいかもしれない。


「「((はぁ……))」」


 アイコンタクトのため息を吐いて、仕方なく背後を振り返る二人。

 すると、先程見た気がするような小太りの男が数人の子分を連れてセシル達を睨んでいた。


「お前ら……俺を無視するとはいい度胸だな! 俺はこの国の第三王子———ランドであるぞ!」


 聞いてもいないのに自己紹介を始める第三王子に、セシルは頬を引き攣らせる。

 また面倒臭いことになりそうだなと。


「これは失礼いたしました。私共ごときに殿下がお声をかけるとは思いもよりませんでしたので」

「むっ? おぅ、そうか! まぁ、そうであるな! 俺が声をかけることなどありがたくも珍しいからな!」


 皮肉利かねぇなぁ。

 そんなことを思ったセシルであった。


「して、そこの女……名前はなんて言う?」

「あ、私!? ア、アリスと申します」


 アリスは声をかけられると思っていなかったのか、反射的にセシルの背後に隠れてしまう。

 平民出身のアリスがいきなり王族に声をかけられてしまえば、当然の反応だと言える。

 その反応が見て面白かったのか、ランドはいきなり下卑た笑みを浮かべ始めた。


 そして───


「気に入った! お前、俺の妾にしてやる!」

「……は?」


 そんなことを、言い始めた。


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