王家のご令嬢と公爵家の少女

 さて、教室の入り口でファンサービスをしていたアイドルが横に現れた。

 傍観、無視を決め込んでいたと仮定して、あなただったら一体どうするだろうか?

 答えが分かれば、フリップに書いて二人に教えてあげてほしい。


「(おいおい、客席までファンサービスを飛ばしにきちゃったよこの子!?)」

「(わ、私はどうして人気があるのか……その秘密に迫ったような気がするんだよ! 記事にして新聞ばら撒いたら儲けそう! そしたら教会にいっぱい寄付だ!)」

「(よぉーし、金儲けなんかしなくても俺のお小遣いからたんまり寄付してやるから、この状況から抜け出せるよう一緒にお手手を取り合おうじゃないか!)」


 ヒソヒソとした小声ではなく、アイコンタクトだけで会話を成立させる二人。

 流石、魔術師と最愛者ラヴァーである。


「少しよろしいでしょうか、セシル・ルルミア様」

「は、はい……なんでしょうか?」


 どうして名前を知っているのか? そんな疑問はあれど、名指しで声をかけられている以上無視はできないので、とりあえず会話を始めることに。

 近くで見れば見るほど綺麗な人だな、と。そんなことを思いながら。

 すると、現れた少女は唐突に頭を下げ始める。


「今朝は危ないところを助けていただいてありがとうございました」

「……え?」


 唐突のお礼と頭を下げられた現状に、セシルは思わず呆けてしまう。

 その時、横にいるアリスが───


「(ね、ねぇセシルくん……この人、もしかしてお祈りしに行った時に助けた女の子じゃないかな?)」

「(おー、なるほど)」


 アリスに言われてようやく思い出したセシル。

 脳裏に浮かぶのは、野盗と思わしき集団に追いかけられていた少女の姿だ。

 今思い返してみれば、確かに目の前にいる少女とかなり外見が似ていた。


 それに、自分で「無能貴族」だと呼ばれていると自分で言っていた。

 この学園に通う生徒であれば、セシルの噂を知らないはずがない。となれば、名前を知っていてもおかしくはないだろう。

 頭の中で色々と合点がいく。


「(今朝のことなのにすぐ忘れちゃうセシルくん)」

「(仕方ないじゃん。正直、アリス以外の女の子ってあんまり興味ないし)」

「(そ、そっか……)」


 変化球なし、直球ストレートな言葉を受けて、アリスは両手で顔を隠してしまった。

 覆い切れない耳の部分は、酷く朱に染まっている。


「気にしないでください。どうせたまたまなんで」


 要件が分かった途端、セシルは興味なさげに答える。

 アイドルと関わるなんて面倒事以外の何ものでもないから。


『お、おいっ! ソフィア様があの遊び人に話しかけたぞ!?』

『「無能貴族」……ソフィア様に何をしたの!?』

『どうせ何かやらかしたんだろ?』


 あちらこちらからヒソヒソと聞こえてくる言葉。

 驚きや悪口までの種類が豊富で、自然とセシルの涙を誘う。


「口の利き方には気をつけなさい。あなた、誰と話していると思っているのよ」


 そして、今度は赤髪の少女までもがやって来た。

 かなり高圧的な態度で。だが、セシルは「美人に睨まれるなんて役得だな」と呑気なことを考えていた。

 そこは魔術師だからだろうか? 肝はそこら辺の人間よりかは座っていた。


(っていうか、別に権威にものを言わせるつもりはないけど……俺って一応侯爵家の人間だぜ? 上から話していいのかねこの子は)


 侯爵家は王家と公爵家に続く貴族だ。

 いくら「無能貴族」だと馬鹿にされていても、かなり上の立場に人間である。補足として、実権があるのは家督を持つセシルの父親ではあるが、嫡男で家督争いの筆頭にいるセシルの影響力もそれなりにある。


 だからこそ、周囲の評判の低さは陰口だけで済んでいるのだ。

 しかし、新しく目の間に現れた少女は気にする様子もない。

 皆とは違う態度に、セシルは首を傾げる。


「やめなさい、イリヤ。この人は私の恩人ですよ」

「ですが、のソフィア様に対して……」


 さらりと会話に出てきた単語に、セシルの背中に冷や汗が伝った。


「(今、王女とか言ってなかった……? 私の耳がおかしくなっちゃったのかな……セシルくん、今この人王女とか言ってなかった!?)」

「(聞き逃したことじゃないけど大事なことだから二回もありがとう! どうりでアリスが新聞で見た気がするとか言ってたか分かるわ……そりゃ、何かあれば記事になるよね。だって超有名人だもんッッッ!!!)」


 アリス、セシル両名あまりの大物に驚きを隠し切れない。

 アイコンタクトが激しく飛び交ってしまう。


「(っていうか、侯爵家の息子さんだったら一度ぐらい顔合わせたりとかしてないの!? 王女って、トータルで纏めたら上司的ポジションにいるような気がするのは平民アリスちゃん、ヒシヒシと思っております!)」

「(こっちとら、伊達に「無能貴族」なんて馬鹿にされてるわけじゃないのよお嬢さん! 生まれてこの方、パーティーやらなんやらは面倒くさくてボイコットしてたんだからさ! おかげで、今じゃ「どうせ誘っても来ないだろ」的な感じで招待されません!)」

「(何しちゃってるの!?)」

「だって仕方ないじゃん! 誘われていたんだし!)」


 教会、というワードが耳に入って少し固まってしまうアリス。

 一瞬だけ、脳裏に幼かった頃の記憶が蘇る。だが、すぐさま現実に引き戻されてしまったのは、王女が話を戻したからだ。


「うちの友人が失礼いたしました」

「い、いえ……こちらこそ生意気な態度を」

「ふふっ、構いませんよ」


 赤髪の少女とは違い、寛大さが見て分かる笑みを浮かべた王女にセシルは頬を引き攣らせる。

 どうりで周囲から人気があるわけだ、と。


「そういえば、セシル様とは初めましてですね。パーティーには何度か参加したのですが、私の記憶が正しければ一度もお顔を合わせていなかったはずですし」

「(うっ……胸が痛いぜ)」

「(き、傷は浅いんだよ! セシルくんが頑張ってくれないと、私じゃどうしようもできないから立ち上がって! 私を権力と立場から守って!)」


 どうしてか、申し訳なさという右ストレートがセシルを襲った気がした。

 ノックダウンにならなかったのは、恐らく守らなければならない存在が隣にいるからだろう。

 まぁ、それもこれも身から出た錆ではあるが。


「私はヘルゼン王国第二王女、ソフィア・ヘルゼンと申します。そして、こちらが―――」

「ハーメル公爵家次女、イリヤ・ハーメルよ。さっきはきつく当たって悪かったわ」


 王女だけでなく、赤髪の少女も爵位が高いときた。

 公爵家は王国で三家系しかなく、貴族の中ではトップに位置する。

 セシルの爵位も一般的には高いはずなのだが、あまりにも上の人間が目の前に現れて気を抜けば白目を剝いてしまいそうなほどであった。

 だが、寸前で気持ちを堪える。何せ、名乗らせてしまったのだがら名乗り返さないと無礼になるのだから。


「ルルミア侯爵家嫡男、セシル・ルルミアです……」

「ア、アリスですっ!」

「ふふっ、セシル様のお名前は存じておりましたが、アリスさんは初めてですね」


 名前を聞き終えると、ソフィアは「用件が済んだ」とその身を翻した。


「では。お二人共、これからクラスメイトとしてよろしくお願いしますね」

「私も、これから仲良くしていきましょ」


 そう言い残し、二人はセシルの下から離れていってしまう。

 爵位という威圧から解き放たれた二人。ソフィアとイリヤの背中が離れたのを見送ると、ふと視線を合わせた。

 そして—――



「アリスさん、今日は早く帰りましょう。誰かに声をかけられる前にダッシュで」

「異論はありませんセシルくん。どこまでもついて行くんだよ」



 トンズラすることを決めたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る