美しすぎる二人の少女

 アリスに吹き飛ばされてしまったその後。

 人数があらかた揃っていたはずの教室の扉が開かれた。

 ただ、顔を出したのは教師らしい老けたような人間ではなく、若々しさとただならぬ空気を醸し出している少女二人であった。


「うわぁ……綺麗な人だね」


 横で自分が叩いたセシルの患部を撫でていたアリスの口から、思わずそんな言葉が漏れる。

 艶やかな金髪をひと房横に纏め、愛らしい雰囲気と気品溢れる雰囲気を兼ね備えた少女。

 瞳は美しくも魅入ってしまうほどの翡翠。顔立ちは、筆舌に尽くし難いほど整っていた。


 そしてもう一人の少女。

 肩口まで切り揃えた赤髪が目立ち、凛々しくも美しい佇まい。顔立ちは隣にいる少女は違い、美人寄りの端麗なものである。

 身長も高く、横に並んでいるその姿は天使と美姫。それぞれが魅力的な目の保養であり、教室に入ってきただけで横にいる華が一面に咲いてしまったような感覚を覚えたセシルであった。


 だからか分からないが、クラスにいた生徒のほぼ全てが現れた少女達に駆け寄った。


『お初にお目にかかります、ソフィア様!』

『この度は同じクラスになれたことを喜ばしく思います!』

『私は、ルーザス伯爵家の嫡男───』


 やんややんや。群がるその様子は、事前に知らされた握手会で群がるファンのよう。

 中心に集まるアイドルさながらの少女は、お淑やかな笑みを皆に振り撒いた。


『ふふっ、皆さんありがとうございます』


 その様子を傍から見つめているセシル。

 というより、何やら考え込んでいる様子であった。


「ふむ……あの顔、どこかで見たことのある顔のような。しかも、すっげぇ直近」


 はてなんだったか? 堕落に全神経をつぎ込んでいたセシルの記憶力は中々解答を出してくれなかった。


「うにゅ、私も同じでありますセシルくん」


 そして、お隣の記憶も若干乏しかった。


「どこだったかなー、新聞? で見たことがあるようなないような?」

「おいおい、何かあれば記事に取り上げられる大スターさんか? そんな人間がこんなチョコレート工場に通うってなんの冗談だよ。ビターじゃなくてホワイトがいいって文句を言いに来たのか?」

「そもそも、あの大スターさんがドロドロした貴族社会に入っていかなきゃいけない人だったりするかもよ? それかドロドロじゃなくてクリーミーな味わいを求めてきたとか」

「貴族社会にクリーミーもクソもない気がするが、ともあれ貴族であの人気となれば───」


 二人の乏しい脳みそがある結論に至る───あ、これ……爵位めちゃ高な人じゃね? と。

 そうなってくれば、二人が取りうる行動は一つだけ。


((よぉし、絶対に関わらないぞぅー!!))


 楽して生きようをモットーにしているセシルは爵位の高い人間ほど面倒事を持ってくる可能性が高いから。

 友達百人を諦めたアリスはただでさえ平民の肩身が狭いのに、もっと上の人と関わると胃がキリキリするから。

 両者の意見こそ違えど、明確に方針が一致した二人であった。


 故に、二人は視線を注がないように明後日の方向を向きながら話題を変える。


「そういえばさ、一応お気持ち的には始まりの最愛者ラヴァーを探しに入学した感じだろ? 信憑性さんがいるかどうかは置いておいて。どうやって探すわけなのかねアリスさん?」

「んー、そうだなぁ……真っ先に思いつくのは体のどこかにある『印』を見つけることじゃないかな?」


 最愛者ラヴァーは魔術師の使う魔術の媒介となる。

 その際、最愛者ラヴァーになった者は術者と媒介を繋ぐパスが体のどこかに刻まれてしまう。

 それが最愛者ラヴァーの証であり、魔術師界隈では証のことを『印』と呼んでいる。


 セシルの最愛者ラヴァーになったアリスも体のある部分に刻まれているのだが、存在こそ教えどどの部分にというのは教えていない。

 何せ、アリスの『印』は腹部の少し下にあるのだから。

 純潔を重んじるシスターとして、そのような部分を初夜以外に見せるわけにはいかない───加えて、乙女的羞恥な意味でも。

 まぁ、それは余談である。


「ふむ……今年現れるって噂通りに仮定するなら、今年入学する生徒の中にいる。となってくると、俺は学園中の女の子を脱がしていかなきゃ───」

「……セシルくん?」

「───い、いけないと思ったんだが、それはアリスに任せよう。俺は野郎の裸で我慢するであります!」


 ハイライトの消えた瞳に身を縮めるセシル。

 魔術師としてそこら辺の輩に負ける気は毛頭しないのだが、最愛者ラヴァーの逆鱗にはただならぬ恐怖を感じてしまう。


「って言ってるけど、そもそもいるかも分からねぇ最愛者ラヴァーだからなぁ。エルフやドワーフじゃない限り、そもそも昔の偉人が残っているとは思えん」

「あくまで好奇心と願望、盲目的感情が入り混ざったからの謎だからねぇ。魔術師さんって英雄譚に憧れる子供みたいだよ」

「言い出して学園に連れて来たのはあんちゃんだからな? はい、子供枠と妹枠けってー」

「何を言っているのかなぁ、弟くんは。私が今までどれだけ大きな子供のお世話をしてきたと思ってるの? 包容力、介護力、女子力は一級品レベルなんだよ。孤児院の子供百人に聞いてきました的なアンケートを取れば過半数の票を獲得した一位でチャンピオンなんだよ」

「そういう非現実的な妄想はやめようぜ。そんなにアピールしなくてもお兄さんは孵化する卵を見守る親鳥ような温かい目で傍にいてやるからさ」


 はっはっはー! と。年上ポジションを譲らない二人は笑い合う。

 机の下を覗けば、それぞれがそれぞれの太ももを抓っていた。本当に仲のいい二人である。


 ───その時であった。


「あの、すみません」


 ふと、セシル達の横から声が聞こえてきた。

 声をかけられたら向いてしまうのは人間の反射的行動。その習性が身に染みている以上、咄嗟の状況では逆らうことなどできず、二人は自然な流れで声のする方へと顔を向けてしまう。


 だが、その行動を後悔しています、と。

 のちの二人は語ったらしい。

 何せ───


「またお会いしましたね───セシル・ルルミア様」


 ひと房の金髪を束ねる美少女が横に立っていたのだから。

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