姉から逃げたい俺は本物の熊に会う
くそ暑い熊のぬいぐるみを強制的に脱がされ、暑さから解放されたのに俺の額から重力に従い汗がゆっくりと流れる。
俺には分かるこれは暑さではなく、奴に対する恐怖だと。
あの後、何故か待ち合わせからやり直すとのことで、集合場所と集合時間を決められ来なかったら東京湾に沈めるとヤクザ並みの脅しを受けて解散した俺は、沙希との集合場所に来ていた。
「いや~目立ってんな~沙希。あれじゃあ近づけん。」
沙希の周りには、沙希をナンパしようとしている男の群れがいくつも出来上がっていた。
その中心にいる沙希は我関せずという感じで黙々と手に持つ本に目を落としていた。
今からあの中心に向かい、沙希を連れてあの群れを抜け出すことを考えると憂鬱になってくる。
俺があの群れの中に行くか躊躇していると、人の壁が出来ているから俺の視線に気づくわけがないはずなのだが、鋭い眼光の沙希と目が合う。
すると、沙希が口パクで何か伝えてくる。
「ん?は・や・く・こ・い?」
どうやら行くしかないようだ。
俺が意を決して沙希の所に向かおうと一歩足を踏み出したとき沙希を取り囲んでいた男の集団がこちらに向かってくる。
「え、なになに怖いんだけど!」
「お前が兎斗か……」
集団の中で最も大きく人を寄せ付けない様な獣の様な男が話しかけてくる。見た感じ身長は2メートルを優に超えており目には切り傷があるのがこの男の凄みを増している。
「え、はいそうですけど……」
俺の言葉は喋るたびにだんだんと尻すぼみに小さくなっていく。
「ふーんこいつがねっ!!」
男はそう言って思いっきり腕を振りかぶる。「殴られる!」と思った俺は後に来る痛みに耐える為に瞳を強く閉じる。
しかしいつまで待っても痛みが来ることは無かった。
目をそっと開けるとそこには敬礼してこちらを見つめる男達が立っていた。
「お初にお目にかかります。私は姉咲沙希親衛隊隊長を務めています。熊村熊蔵です。クマって呼んでください」
(いや、怖くて呼べねーよ。絶対何人か殺してるだろこの人)
俺が心の中でそんなことを考えていると、熊蔵さんは緊張した面持ちで話しかけてくる。
「すみません。兎斗さん突然で恐縮ですがラインを交換させて頂いてもよ、よろしいでしょうか!」
「え、いやなんで!もしかして熊蔵さんはそっちの気が!?ガタイの良い人はそっち系の人が多いって言うしソースは漫画だけど」
俺は思わず自分の体を抱きしめながら、後ずさる。
その意図に気付いた様子の熊蔵さんは苦笑いをしながら訂正を加えてくる。
「ははっ!いや私にそっちの気はありませんよ。なぜなら貴方の姉の非公認の親衛隊の隊長をやっているのですから!」
「予想以上に説得力のある返答が来て安心するようなしない様な…複雑だ。」
「別に貴方の連絡先を使ってどうこうするって話っじゃありません。ただ沙希さんの様子をお伝えしようかなと思いまして」
「いえそれなら結構です!」
俺は熊蔵さんの申し出を速攻却下する。
正直どっちでも良いのだが、俺は自分の生活を手に入れるのに忙しいのだ、そんな厄介ごとに構っている暇は正直なところない。
さっさと沙希の方に合流しようと目を向けるとさっきまで立ってた所には誰もおらず、待ち合わせ場所でイチャイチャしているカップルしか居なかった。
待ち合わせを終えたなら早くどっかいけや
「いいわね。あの人たちは待ち合わせの時間に遅れず来てくれる相手がいて。私の相手はこんなに待ちあぐねているのに遅れてくるどころか約束をすっぽかそうとするくらいなのに。ね、兎斗?」
俺が待ち合わせ場所でイチャイチャしているカップルに呪詛の念を送っていると、後ろから怨嗟の声が聞こえてきた。
後ろを振り返るとそこには笑顔で仁王立ちする沙希とその後ろに膝をつき沙希に忠誠を誓っている集団がいた。
(熊蔵さん顔が厳ついから膝をつく態勢が様になってるな。)
熊蔵さんが膝をつく姿勢はさながら歴戦の猛者を思わせるような風格があった。
「やっと来たのかと思ったら、そこの駄犬と話し始めるし」
沙希はそう言いながら鋭い視線を熊蔵に向ける。
「ありがたき幸せ。」
熊蔵さんは頬をほんのりと赤く染めながら恍惚とした表情で呟いていた。
熊蔵さん、さっきまであんなに格好良かったのに。あの人もやっぱり沙希のファンなんだな。あまりのギャップに顔がこわばる。
「まあいいわ。早くしなさい、行くわよ」
「どこに?」
意気揚々と告げる沙希に俺は聞き返す。
「デートよ!」
沙希は満面の笑みでそう言った。
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