姉から逃げたい俺は熊になる

暑い、あまりの暑さに蝉の声の耳鳴りが聞こえてくるほど暑い。


 俺の真上では夏でもないのにさんさんと輝く太陽が、俺のモフモフの体を焼いている。


 俺の着ている着ぐるみは、最近流行りの熊の着ぐるみなのだが密閉空間になっており、ほぼ風の通り道がない。


 そして中に扇風機の様な救済処置もあるわけもなく、

 

 つまり死ぬほど暑い。


 「只今セール中で~す」


 俺のやる気のない声出しが、閑静な通りに響き渡る。


ここまで、誰もいないと流石に声出しをするのも馬鹿らしくなってくる。


俺は、暇つぶしのために隣で只今セール中の看板を持ちながらぐったりしている秘密兵器に話しかける。


「おい、大丈夫か?弘人?」


「これで大丈夫に見えるなら、眼科に掛かった方が良いと思うよ。僕は」


 弘人は、ぐったりしながらも鋭い一撃を俺に投げかけてくる。


こいつ俺に対してあたりが厳しくないか?


(何で俺にはこいつしか頼める友達がいないだよ)


面倒ごとを頼める交流関係が弘人しかいない俺は自分の交流関係の狭さに恨み言を並べる。


まあそもそも自分から交友関係を広めないから自業自得なところはあるのだが。


(大体、ポンポン友達が出来る方がおかしいんだよ)


俺は一人心の中でぽんぽん友達を作っている奴らに恨み言を吐く。


「ねえ、聞いてる?無視?」


「い、いや聞いてる聞いてる。突然の事だったのに受けてくれてありがとな」


「ホントだよ。普通怒っている相手に頼み事とかしないんだけどな」


そう言いながら、呆れた眼差しを向けてくる弘人。


(到着した時に女侍らせて、機嫌よさそうだったからあまり気にはしてなかったけどな)


俺の小さな疑問は誰にも聞かれることなくぬいぐるみの生地に吸収されていった。


「で、今日は何で僕を呼び出したの?」


「いや、実はお前には俺の代わりに姉と遊んできて欲しいと思ってな」


俺は弘人に本題を話す。


「あ、さっきの女の子たちがこの時間に帰れるか心配になってきたな~?」


さっきまで俺の隣で気だるげに業務を行い女の子達のことなんか気にも留めてなかった弘人は、突如背筋を伸ばし適当な理由をつけ逃げ出そうしたところを俺は間一髪で取り押さえる。


「何逃げ出そうとしてんだよ。この前は親友の頼みだしね?キラッとか言って引き受けてくれただろ」


「あの時とは少し状況が違うんだよ。後キラッは言ってない!」


今にも俺の腕を振り払い逃げ出しそうな弘人をしっかりと掴みながら、弘人の説得を試みる。


「頼む!ほんとに少しでいいんだ!先っぽだけでいいからさ!」


「そう言ってそれだけで済むわけないよね!?」


俺は自信を持って満足気に頷きながら答える。


「うん!」


「バカ!」


俺の手から逃れた弘人の拳が俺のあごにクリーンヒットし、宙を舞う俺。気絶する前に最後に見た光景は、恥ずかしそうに顔を赤らめている弘人の姿だった。







俺が目を覚ますと、目の前には絶世の美女が倒れている俺を覗き込んでいた。鮮やかなロングの銀髪に切れ長の大きな目、そう俺の姉である姉咲沙希だった。


「大丈夫ですか?こんな暑い日に着ぐるみを着てご苦労様です。もしよかったらこれどうぞ。」


沙希は溢れんばかりの笑顔でこちらにミネラルウオーターを渡してくる。


沙希のいつもとは違う態度に動揺を隠すことが出来ず、ビクッと体を震わせる。


 (ん?なんで俺に対してこんな対応を?)


そこで俺は今自分が熊の着ぐるみを着込んでいる事を思い出した。


「だ、大丈夫……熊(高音)」


俺は自分のミジンコ並みのプライドさえも完全に捨て去り命を守り通すために、熊キャラを演じることに決めた。


「くふっ!」


誰かが噴き出す音がした気がするが気のせいだよな。気のせいであって欲しい。


「良かった~じゃあ私はあの愚弟を探さないといけないので、ここら辺でお暇させていただきます。」


「あ、ありがと……熊(高音)」


そのまま沙希は俺に気付かず去っていった。


沙希とすれ違うように、弘人がいやらしい笑みを顔に浮かべながらこちらに近づいてくる。その顔を見るだけで怒りがこみ上げてくる。


「熊さーん!起きてますかー?」


「はぁー誰のせいでこんな目に合ってるのか分かってんのかよ?」


「だ、だってあれは兎斗が悪いでしょ!」


「え、俺が悪いとこあった!?」


言われのない罪に俺は驚きながら聞き返す。


「はぁ、もういいよ!それよりお姉さんにバレなくて良かったね!」


「あぁ!俺の完璧な熊の声まねのおかげだな!」


弘人の言葉に、俺は自信満々に胸を張る。


「まあ↑俺が本気を出せばあんな妖怪騙すのなんてちょちょいのちょいよ!」


「ははっ!流石だ……ね。」


「うん?どうした?」


弘人の顔は普段の血色の良い顔から考えられない程、弘人の顔はどんどん青白くなっていく。


「へ~妖怪ね~。普段からそんな事思ってたんだ。」


それは言いようのない恐怖。例えばサバンナでガゼルがチーターに見つかった時の様な…いやそれはガゼルじゃないから分からないが。


俺は振り向こうとするが、オイルが切れたロボットの様に中々振り向くことが出来ない。


俺はその時初めて気づいた、後ろの妖怪が俺の頭をがっちりと握っていることに。


「振り向くことは許さない。逃げることも許さない。兎に角あなたの行動を起こすことを禁じる。」


「分かんない熊。」


「次それ言ったら孫悟空の緊箍児の様に貴方の頭を締め付けます。」


「はい」


俺は素直に沙希の要求を吞むことにした。決して沙希の脅しに屈した訳ではない。


「貴方は今から私の荷物持ちOK?」


「yes、boss」


もういや熊。


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