姉から逃げたい俺は新世界の扉は開かない
春の暖かな陽気に誘われ、俺たちは昼休み屋上に喜々として向かうとそこには春の温かさを感じる屋上はなく、あるのは般若の面をした我が姉が屋上の中央で腕くみしながら佇む、極寒の地獄でした。
眼前には、般若のごとき顔で佇む化け物。
隣には顔を青くして、雨に打たれるチワワのごとく震える弘人。
——帰ればよかった
俺は後悔の念に駆られながら目の前広がる地獄のような光景に頭を抱えた。
~出来事発生10分前~
昼休み勘違い事件を起こし、先生をお母さんと呼ぶくらい恥ずかしい思いをした俺は、あのあと家に帰りたい気持ちを心の中に押し留めキッチリ授業を受け2時間待った後俺たちは、有無を言わさず呼び出した沙希のもとに向かおうとしていた。
「さあ行くぞ」
クラスの奴らが続々と購買か食堂に向かう中、俺は意気揚々と今にも逃げ出そうとしようとしている弘人に地獄への誘いを行う。
「いやー今から女の子と昼食に行くんだ。だから一人で行くっていう選択肢はないかな」
「何だよ、今更怖くなったのか?あの女が絡めば百戦錬磨の弘人君が?」
こいつほどのイケメンが、女一人落とすなんて訳ないだろうに
俺とこいつがナンパで競い合ったら俺が一人と連絡先を交換している間に、10人と連絡先を交換してデートをして帰ってくるくらいにはこいつはモテる。
この間、弘人にいつも黄色い悲鳴を上げている女子に聞いたところ、女の気持ちが分かっているとのこと。
ケーキ食べたいとかか?って聞いたら、深いため息をついてだからあんたはモテないのよって言われた、解せぬ。
俺は、自信なさげな弘人に疑問を覚えながらも、尋ねる。
「は?何、普段から女の子に話しかけても無視される兎斗君?」
「何だよ?喧嘩か?」
売り文句に買い文句、俺が弘人にファイティングポーズを取っていると、がらりと教室の扉を開け、一人の男が近づいてくる。
「よおお二人さん今日も仲がよろしいことで、クラスの女子とかみんな噂してるぜ?あの二人は実はできてるってよ」
俺たちにそんな不愉快な報告をしてきたのは、小学校からの腐れ縁の霧島紫苑(きりしましおん)である。
高校生にしては珍しくも何ともないない所々むらがある茶髪に自信に満ち溢れた目、そしてなぜか片方だけ空いているピアス。
なぜ片方しか開いてないのかと前に聞いてみたら、片方開けた時に聞いた際
「……痛かったから」
と少し頬を染めながら涙目で語っていたのはいい思い出だ。
でも決して友達などではない。
ただの腐れ縁である。
俺の友達は弘人だけなのである。
「何だよその不愉快な邪推は」
弘人はさぞ不快そうに顔をゆがませ、そっぽを向いていた。
俺とこいつが喋っているとたまに視線を感じると思ってはいたが、まさかそんな風に思われていたとは、確かに弘人も男同士でそういう風に見られていたら嫌だろう。
この件に関しては全くの同意である。
だから、そっぽを向きながら赤く染まるその頬は噓だよな。な。
「ねぇ、弘人君が兎斗君と話して顔を赤く染めているわ~」
「ホントだ!やっぱりあの噂は本当だったのね」
俺が弘人の意外な反応に戸惑っていると、周りからきゃあーと黄色い悲鳴が上がる。
いつも弘人が受けている黄色い悲鳴を少し羨ましいと思っていたが、実際に受けてみると存外いいものではないらしい。
まあ、弘人がいつも受けている黄色い悲鳴とは少し種類が違うが……
「はあーお前の辛さが少しわかったよ」
「えっ?良かったよ?」
弘人は、俺の言ったことを理解出来なかったのか、頭に?を浮かべていた。
「てか俺がここに来たのはお前らの関係をからかいに来たわけじゃなくて、お前の姉ちゃんから呼んで来いって言われたんだよ」
言われた瞬間、俺の背中に冷たいものが流れる。
まずい、弘人と屋上に行く行かないの押し問答から始まった喧嘩をしていたら、もうそんなに経っていたのか。
早くいかないと不味いな。
「ほら行くぞ。さっき二つ返事で受け入れただろ」
「ああ、でも本当にいいのか?お前は姉たちから逃げたいんじゃなかったのか?ここは姉に反抗の意思を見せるべきじゃないのか」
弘人は、ニヤリと笑い俺に悪魔の囁きをしてくる。
ここで弘人の提案に乗ることもできるが、乗ったら最後、捕まったら確実に1週間は奴隷生活の始まりだ。
次女、三女ならいざ知らず今日俺を昼休み屋上に呼び出したのは、長女沙希捕まったら終わりだ。
その結果——
「いや、屋上に行こう。すぐ行こうここで逃げたら後が怖いし。てかここで逃げたとしても家に帰ったら顔合わせるし、何なら姉が2人増えてめんどくさくなる」
「はあー分かったよ。もう粘っても意味ないし、早くいって終わらせよう」
弘人は、今まで渋ってたのが嘘のようにあっさり了承し、屋上に行くことが決定した。
「何だよ。いきなりあっさりだな」
「いや、今話しているうちに女の子たちも居なくなっちゃったし、心の整理もついたし」
「紫苑はどうするついてくるか?」
「いやいやいや、俺はいいわやっぱり家族家いらず昼食楽しんでくれ」
俺が今の今までずっと黙っていた紫苑についてこないか話しかけると、紫苑はいきなり顔色を悪くして、後ずさりし踵を返して教室を出ていった。
「いや、家族家いらずってなんだよ。水だろ家はいるわ」
「ほら、紫苑は行かないんでしょ。早くいくよ。ほらさっさとする」
「え?ああ」
俺は弘人に引きずられながら屋上に向かった。
その際、すれ違う人たちに奇妙なものを見る目で見られた。
*
「なにこれ」
「いや、俺にも何が何だか」
もうすぐで屋上というところで、大勢の人だかりができていた。
人だかりは、俺が俺がと前のめりになって屋上を覗き込んでいるようで、この人だかりを作った原因は何となく分かっているが、恐る恐る除くとそこには竹刀を持った般若がいた。
その瞬間、俺は弘人の手から逃れ踵を返した。
そこから俺は綺麗にクラウチングスタートを決め、走り出した……かった。
俺が走り出す寸前俺の肩に置かれる冷たい手
あ、終わった、俺の内心は流石に怒ってないかなとか、姉だしこれくらいのミス許してくれるよねとか、色々考えてたけど一目見た瞬間分かった。
ガチで怒ってるこれ
後ろをゆっくり振り返ると、そこにはモーセの海割りのように大勢の生徒の群れを割り、
俺の肩に手を置き、優等生モードで笑みを浮かべる沙希がいた。
「遅かったね。さあいこっか」
「はい」
沙希のもの言わせない笑みにビビった俺は、沙希についていくことしか出来なかった。
俺が出来る最大限の抵抗は、俺の先を行く沙希の背中を睨みつけることしか出来なかった。
出荷される家畜ってこんな気持ちだったんだな~ドナドナ~
「あーお姉さま?今回遅れたのには訳がありまして……」
「はい?」
「何でもありません」
え、こわーーー何今の笑顔、表情はちゃんと笑っているのに後ろに刀持った化け物見えたんだけど。
「え、僕も一応付いていった方がいいよね?」
完全に置いてけぼりを食らった弘人は、困惑しながらモーセ(沙希)に連れてかれる俺の後ろをトボトボと付いてきていた。
「ねえ、僕今からモーセ口説くの?流石に無理なんだけど」
「大丈夫だ!モーセはモーセでも女だつまり口説くことは可能!」
不安がる弘人を俺は元気づける。
てか、不安なのは分かるが身を寄せてくるのはやめろ、男に体を寄せられても何もうれしくないから!
沙希が周りの生徒に話が聞こえないくらいの場所まで行くと、振り返り口を開いた。
「何で遅れたか説明……を……何してるの貴方達は?」
振り返り俺たちを見た沙希は、俺たちの光景を見てギョッとしていた。
分かります。そうですよね遅れた理由を聞こうと振り返たら、弟が美少年と2人体を寄せ合っている場面を見たら百人中五千人がこのような反応をするだろう。
「え、いやこいつがいきなりくっ付いてきたんだ。決してあなたの弟は新世界の扉を開いてはいません」
「じゃあ早く離れなさい」
「はい分かりました。おい離れろって」
俺が弘人を引きはがそうとするが、まるで弘人は離れる様子が見られない。
「ごめん。腰が……抜けちゃった?てへぺろ」
俺の肩に手を置きながら、そう言ってくる弘人に殺意を抱きながら俺は力を込めて引きはがそうとするが、全く離れようとしない。
「え、いや早く離れてくれないと俺の姉が実刑判決食らうことになるから」
「僕は分かったよ。これまで色んな部活で体を鍛えてきたのはこの時の為だったんだって!」
完璧なイケメンスマイルでサムズアップしてくる弘人に、今後の関係を改めようかと心の中で思っていた。
「いい加減に離れなさい!」
「うわっ!」
沙希は突然怒り出して俺にへばりついてくる弘人を剝がしてくれた。
今日ほど沙希に感謝した日はない、ありがとう沙希、弘人お前だけは許さない。
「姉上ありがとうございます」
「あんたは何でささっと引きはがしなさいの?まさかこの人の事す、す、好きとか!?」
「いや、ありえませんよ」
俺は沙希をこれ以上怒らせないように、微笑みながら沙希の言葉を否定する。
いや、男好きな訳ないだろ、いくら俺がモテないからってバカにしすぎだろ。
沙希は昔からこういうところがあるからなー
俺は現実逃避していると、沙希に無理矢理引き剝がされた弘人が起き上がり燃えている火に油を注ぎこむような発言をしてきた。
「いやーそれはどうですかね~もしかしたら兎斗は、新しい世界に飛び込みたくなったのかもしれませんね。僕男ですし。男ですし」
「へーそう。そういうこと言っちゃうんだあんた。弟を悪い道に引きずり込もうとする奴は〆ないとね」
「ひっ!?」
弘人は沙希の怒気に当てられ完全にビビっていた。
そんなすぐビビるくらいなら煽るなよ。
そして俺を巻き込まないでくれ、俺は決してそんな新世界の扉は開かない絶対に。
俺の目の前には、般若のごとき顔で佇む化け物。
隣には顔を青くして、雨に打たれるチワワのごとく震える弘人。
こうして話は冒頭に巻き戻る。
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