再起を図る③
それからは壮行会の名のもとに宴席が設けられた。総司は道中で疲れが出たのか別室で休むことになったが、さくら、勇、歳三は久々に故郷の人たちと語らい、十分に英気を養った。多摩の人たちが一緒に戦ってくれる。それはとてもありがたく、士気も上がるというものだ。
しかし、決して先行きが明るいわけではないのだと、さくらは改めて思い知ることになる。
水をもらおうとさくらが席を立ち台所に向かう途中で、新八と左之助の話し声が聞こえた。二人は「局長たちは日野の人たちと積もる話もあるでしょうから」と宴会には参加せず別室で新参者の名簿確認や兵糧の配分を計算する役割を引き受けていた。
「今のところ内藤新宿で集まったのが三十人、府中で集まったのが五十人、こんな人数で、本当に大丈夫なのかよ……」
左之助が筆を弄りながらブツブツと人数を数えている。
障子は開け放たれていたが、二人はさくらに背を向け気づく様子はない。精が出るな、と声をかけようとしたが、次の新八の発言を聞いて喉まで出かかった声が引っ込んだ。
「近藤さんの、悪い癖がここに来てまた出始めてると思わないか。勝てたら甲府一国一城の主だと言われて、すでに有頂天になっている。今だって、もう大名になったみたいに地元の人たちにもてはやされて、あんな派手な宴会ときたもんだ。うかうかしてたら、薩長のやつらに先を越されるんじゃないか?」
さくらは、勇が甲府城の主になれるかもしれないと最初に話した時、新八が浮かべていた険しい表情を思い出した。やはり、そうだ。新八も、「大名」に価値を感じていないのだ。
そのまま耳を傾けていると、左之助が「えー、そうか?」と疑義を呈した。
「一応地の利は関東者の多いこっちにあるし、薩長の進軍がそんなに速えとも思えねえけどな。まあでも、近藤さんが有頂天ってところは、同……感……」
左之助が振り返った。新八も倣った。さくらの姿を見つけ、二人は息を飲んだ。
「し、島崎さん……聞いてたんですか」
「おいおいさくらちゃん、性格
「『こんな人数で、本当に大丈夫なのかよ』あたりからだ。安心しろ。勇に告げ口するような真似はしない」
新八と左之助はほっと息をついた。さくらは二人の前にどっかりと腰を下ろすと、置いてあった名簿に目をやった。このあたりの人たちは皆、徳川贔屓だ。幕府のために一矢報いることができるならと町道場の師範をつとめるような者から、武術は未経験だが何か手伝いたいという者まで志願していた。統率が取れるか怪しい烏合の衆であるのはもちろん、そもそも頭数が揃ったわけでもない。楽観視できない状況であることは、間違いないのだ。
「確かに、な。お前たちの言いたいことはわかる。これ以上油を売っている場合ではないというのも、一理ある」
さくらは新八と左之助を交互に見やった。
「私からも、勇にそれとなく進言してみよう。だが……わかってやってくれ。勇は、
そう。つまるところ、勇は薩長の兵力を目の当たりにしてはいないのだ。だからこそ、勇を失望させないようにしつつ、鼓舞し、甲府占拠を成功させるべく尽力するのがさくらの役目なのだ。
「それに、たぶんこれは、総司のためでもあるから」
新八と左之助はハッとしたような顔で頷いた。さくらは、残りの作業をよろしく頼むと二人に告げ、その場を立ち去った。
同じ頃、総司の部屋には歳三が顔を見せていた。
「土方さん、いいんですか。抜けてきて」
歳三は頷くと、総司の目の前に腰を下ろした。
「総司。お前はここまでだ。松本先生のところに帰れ」
「そんな。私だって、少し休めば皆さんと一緒に……」
「その『少し』が今日だ。今日いっぱいで区切れと俺は言っている。表向き、皆の士気を鼓舞するための宴会に時を割いているように見えるけどな。まあもちろん、それもあるが、真実、近藤さんはお前を待ってるんだ」
「待ってる……そうか」
総司はぽつりとつぶやいた。これ以上進めないことは、どこかでもうわかっていた。
「近藤先生は、私に納得させるための時を稼いでくれたんですね」
「違う。近藤さんは、お前の体力が回復するのを単純に待ってるだけだ。だが、無期限というわけにもいかないだろ。区切れというのは俺の独断だ」
「ふふ、そうですか。土方さん……ありがとうございます」
翌朝、総司は駕籠に乗って江戸へと引き返していった。松本良順に引き合わせ、必要な治療、療養を行えるよう手を回してある。そして新選組は新たに加わった兵を従え、甲陽鎮撫隊として府中宿を出発した。盤石な体制、とは言い難かったが、今いる人員で全力を尽くすしかない。それぞれが己を奮い立たせ、甲府へと突き進んでいった。
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