高校生二人が多数の人間に演奏を届けるには

 一月第二週、水曜日。

 僕と美音の予定が合い、会場も確保できたこの日に、二人で合わせ練習をすることに決めた。


 放課後、練習会場のとある公民館で受付をしていると、ほとんど同時に美音も到着したようだ。


 さあ、今日が今年の合奏初め。久しぶりの合わせ練習に心が躍る。


 出だしから息を合わせて……お、いい感じ。

 あれ、テンポ感を少し変えてきたな。前より深みが増している気がする。それなら……。


 今日の練習も、充実したたものにできそうだ。


 そうしてある程度二人で合わせた後、僕たちは休憩を取ることにした。


「美音、休み中にかなり練習してきたでしょ」

「えへへ、わかる?」

「そりゃあ、精度も表現も大分変わってるんだもん」

「そう言ってもらえると、頑張った甲斐があったぜ」


グッ、と親指を立てる美音。


「この調子なら、思ってたより早く完成しそうだね」

「確かに……って、そういえばさ。この曲、どこで披露するの?」

「あっ……」


 あちゃあ、全然考えていなかった。


「そうか。僕ら二人だけじゃ、さすがに演奏会を開くわけにもいかないし……四季色カルテットの前座にしてもらうとか?」

「うーんでも、本チャンのプログラムには私出ないし、ちょっと変な気がする。クラシック曲じゃないし」

「まあ確かに……文化祭とかが現実的かなあ」

「七月じゃん、まだ半年以上あるよ。

 じゃあさ、WeTubeにアップするのは?」


 あ、WeTubeか。僕の中では「メロとしての楽曲をあげる場」という認識が強いから、何だか盲点だったな。


「それはいいかも」

「でしょ?ファンナイのヴァイオリンは、調が弾いて録音しているの?」

「うん、その辺の操作は慣れてるよ」

「いいね。私はそういうの疎いんだけど、どうやってやるの?」

「今はプロのエンジニアさんがついてくれるから、スタジオに入って演奏して……って感じ。ミキシングには参加するけど、音質面でのクオリティはやっぱりエンジニアさんの力が大きいね。

 でも昔は、自宅で演奏して、自分でサンプリング録って編集してたよ。機材はマイクとパソコンと、あと専用ソフトがあるんだけど、全部揃ってるし。

 今回はそっちの方向で十分だと思う。『弾いてみた』系の人たちも多分そんな感じだし」

「そうなんだ。じゃあ、仕上がってきたら、録音してみようよ。いつぐらいかなあ……」

「僕らの予定次第だけど、週二くらいで合わせられるなら、二月の初めくらいでどうだろう?」

「うん、大丈夫。そこが本番ってことだね」


 録音、か……。

 僕はこの時あること・・・・を思いついたんだけど、受け入れてもらえるか不安で、すぐに言い出すことができなかった。


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 そして日は流れ、練習は順調に進む中、僕は更に別のことに気付くことになる。

 それは、録音するってことは、美音が家に来るってことだ!


 二月の第一週、火曜日。

 そこを本番、つまり録音日に設定した。

 まあ誰かが聞いているわけでもないから、失敗したなら日を改めればいいだけなんだけど……。そうは言っても、『本番』と銘打っておくことで、気持ちにメリハリがつくのだ。


 この日を選んだのには、いくつか理由がある。

 まず、平日の昼間だから、楽器を思いっきり弾いても近所迷惑が少ないだろうこと。

 次に、授業時間が少なくて、早めに帰宅できること。

 あとは、家族が多分そんなに早くには帰ってこないこと――。



「おー、ここが藤奏家。一軒家だね」


 家の前の門まで辿り着いた美音が、そんな感想を述べる。二人、学校最寄りの駅前で待ち合わせて、僕の家まで連れ立ってきたんだ。ちなみに美音は、道中で制服から私服に着替えてきている。


「そうなんだ。さ、上がって」

「お邪魔しまーす」


 まずは美音をリビングに通す。昨日のうちに掃除はしておいたから、それほど汚れてはないはず……。


「綺麗なおうち!」

「はは、掃除したからね。よかった。ごめんね、狭いリビングで」

「そうなのかな?私マンションだから、よくわかんないや」

「そう?はい、とりあえずお茶どうぞ」

「ありがとございます」


 一息つきつつも、心臓の鼓動が少し速いのが分かる。


「そういえばご家族の方は?」

「両親は仕事、妹は部活かな?」

「あ、妹さんいたんだ」

「うん、中二。テニス部で、結構忙しいみたい」

「あー、運動系は毎日練習だからねえ。……ってことは、あれだね」

「あれ?」


 そこで美音は少し咳払いして、やや高めの声色を作った。


「今日は家族、誰もいないから……」

「ちょ、そういうニュアンスはないから!

 録音するなら、変に雑音入らない方がいいしね」

「あはは、調、慌てすぎ!!大丈夫、分かってるから!」


 笑いながら僕のことをバシバシと叩く美音。


「ちょ、痛いって!

 じゃ、僕も着替えてくるから、ちょっとくつろいでて」

「はーい」


 急いで自室で着替えを済ませると、リビングに戻る。


「お疲れ。早速始める?ええと、このリビングで弾くわけじゃないよね?」

「もちろん。二階まで上がって」


 僕は美音を階段へと誘導する。向かった先は、僕の自室……ではない。


「何じゃこりゃあ!!」


 その部屋に通された途端、何故かおっさんめいた奇声を出す美音。

 ま、そりゃそうだよね。普通の家にこんな場所ないから。


「ここ、父さんの趣味のオーディオルーム。その辺にある機材は貴重なものも多いから、気をつけて」


 そう、僕の父はいわゆるクラシックオタクで、演奏はしないが、レコード集めが趣味なのだ。

 それが高じて自宅を建てる際、このオーディオルームを作った。

 当時から集めていた、こだわりのアンプやスピーカー。その配置にも気を配り、常日頃最高の音質を追求している。


「……これは、予想外の方向での緊張」


 僕の一言にビビる美音。


「まあ、そこまで縮こまらなくても大丈夫だよ。スペースはちゃんとあるから、とりあえずアップしよう」


 そして一時間ほど、僕らは準備に時間を費やした。


「さて……そろそろ始めようか」


 僕の一言に、美音も緊張して頷く。


「うん」


 そして僕たちは、用意してあった仮面・・を被った。

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