関係性の確定

「……好き」


 絞り出すようなその声は、とても弱々しかったけれど、確かに僕の耳に届いた。


 神社から自宅への道すがら。ムードもへったくれもないような場所で発されたその言葉の意味を、僕は受け止める事ができず、思わず彼女に問いかけてしまう。


「えーと、柚季?」


 気付けば、先ほどまであった笑顔はそこにはなくて。


「私、調のことが好き。

 調が告白してくれて、私も他の人と付き合って、初めて、調の優しさに気付くことができた。虫の良い事を言ってるって分かってる。

 でも、私は今、調と付き合いたい。昔の、ううん、昔以上の関係になりたいって、そう思ってるの」


 ついこの間まで。

 確かに、柚希のことが好きだった。

 でも、その想いは叶わなかったはずで。

 そうして気持ちに折り合いをつけてきたはずなのに、今更ながらに彼女から発された言葉に、僕は混乱していた。


 どうして。


 どうしてあの時、僕の言葉を受け入れてくれなかったんだろう。

 どうして、別の男子と付き合ったりしたんだろう。

 どうして、今更そんなことを言ってくるんだろう。


 どうして、目の前の女の子でなく、別の子の顔が頭に浮かんでしまうんだろう。

 

 どうして、あの頃に戻れないんだろう。


「もう、遅いよ……」

「遅くなんかない!今からでも、私のことを見て!私も、調のことを、素敵な男の子だと思っているから!」


 彼女は半ば祈るような顔で懇願してくる。

 そんな彼女を直視することができなくて、僕は思わず顔を背けた。


「……ごめん、柚希。それはもう、できない」

「やっぱり、月島さんのことが……」

「うん。

 僕が今好きなのは、月島美音だ。柚希の気持ちはとてもありがたいけれど、今となってはもう、それに応えることはできない。

 お互いに、不幸になってしまうだけだと思うから……」

「……どうしても、ダメなの?」

「どうしてもだ」


 彼女の方も遂に俯いてしまい、これ以上何も言わなくなる。

 僕もかける言葉が見つからなくて、結局僕らは、何も話すことができず、別れ道で解散した。


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 年が明けたばかりだというのに、変化は否が応でもやって来る。

 僕たち幼馴染の関係性は、この時確かに、その形を変えてしまった。


 振られるのと振るのと、どちらが辛いのだろうか。

 傍から見れば贅沢な悩みなのだろう。


 告白が受け入れてもらえなかった時、確かに、自分の全てを否定されたような深い悲しみに支配されそうになったことを覚えている。

 でも今回は、あの時とは違う鋭い痛みが、確かに胸に付き纏っているんだ。


 結局僕は、美音とも、もちろん柚季とも、何だか連絡を取ることができず、そのまま冬休みが終わった。


--------------


 数日後。今日から新学期、また学校が始まる。

 教室に入ると、柚季の姿が目に入るけれど、お互いに声をかけることはない。


 昨日は美音からメッセージが来ていた。

 『REDAWN』の合わせをいつやるか、という話だったけれど、結局返事を返せていない……。


 返さないと、と思いつつ、自分が美音の顔を見たとき、どんな気持ちになるのか、分からなかったんだ。


 そして昼休み。


 「調ー!」


 ……予想はしていたけれど、やっぱり、彼女は向こうから現れた。


「美音。ごめん、返事できてなくて」

「や、それはまあいいんだけど、年明けてからあんまり連絡とれなくなっちゃったし、ちょっと心配で……やっぱり元気ないね。何かあった?忙しかったとか?」

「ううん、でもちょっと体調悪くて」

「そうだったんだ。大丈夫?」

「うん、もう元気だよ」

「ホントに?調、意外と無理するタイプだからさ。休める時は休みなよ。私の方は、体調戻ってから連絡くれたら大丈夫だし。

 でもとりあえず、顔が見れてよかった」

「……うん。ありがとう」

「へへ。じゃ、今日はとりあえず戻るね。また連絡ちょうだい!」


 美音は相変わらず元気で、そう言って足早に去っていく。

 でも、心配してくれていたのは本当だろう。


 ……結果的には彼女に嘘をつく形になってしまったけれど、僕は不謹慎にも何だか嬉しくなってしまう。


「あ、忘れてた」


 扉の手前寸前でUターンしてくる美音。


「あけましておめでとう!」

「うん、あけましておめでとう」


 今度こそ彼女は、教室を去っていった。



 そうだ、ずっとくよくよしてもいられない。

 この日から僕は気を取り直して、とにかく楽器の練習に勤しんだ。

 そして一月の三連休の最後の月曜日。

 彼女に、今週のどこかで一緒に練習したい旨を連絡した。

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