メロ②
月曜が訪れた。
正直休みたい……理由は言わずもがな、柚季と顔を合わせることになるからだ。
しかし勉強は学生の本分、そんな理由で休むわけにはいかない。憂鬱の気配を悟られないよう、首を振りながら、始業時間ギリギリに校門をくぐった。
クラスのドアを開ける。柚季は……いた、相変わらず垢抜けたグループの中でけらけら笑ってる。こっちに目を向けたような気がして、僕は慌てて顔を背けた。
席に着くと同時に担任の先生が入室し、朝のホームルームが開始。
そこから間髪入れずに一時間目に突入。
授業には何だか集中できないけれど、ファンナイの新曲のことを考えながら時間を潰す。休み時間が訪れても、
やることがある方が、気が紛れていい。授業とファンナイ、どちらかに集中していれば、何事もなく昼休みがやってくる。
僕はよくつるむ友人たちと、ピロティ-で昼食を取ることにした。しかし高校生男子集団は、ご飯を食べるのは早い。皆は教室に戻ると言うけれど、何となくそんな気にはなれなくて、僕は当てもなく校内をうろついた。考えるのは当然ファンナイの新曲。
昨日の日曜日には、レイの動画をひたすら見まくった。検索履歴を見られたら、完全にドルオタ認定されるだろう。
彼女の魅力は、透き通るような歌声に、ダンサブルな力強いミュージック。時にはR&Bっぽい曲調のナンバーもあり、改めて聞いてみると、楽曲のクオリティは思ったより高かった。
そういう曲調には、パンチの聞いた歌声や耳に残るハスキーボイスがよく似合うのだけれど、彼女の声質は、どちらかと言えば特徴がない。
しかしその、声と曲調のアンバランスさが逆に新鮮で、高音域をすうっと抜けるように歌う箇所など、妙に印象に残るのだ。アレンジャーがいい仕事をしている。
またビジュアル的にも、顔立ちは整っていて、スタイルは抜群。背はそこまで高くないけれど、ダンスの切れがいいから、パワフルさは全く損なわれていない。
そんなある種完成されたレイワールドに、ファンナイがどう絡んでいくか。
八代さん、やっぱり無茶ぶりですよ……内心そう思いながらぶらぶらしていると、時刻は既に昼休み終了五分前。いけない、急いで戻らなきゃ。
「あ、やっと見つけた!!」
教室のドアを開けた瞬間、聞き覚えのある声がする。
「月島さん!!」
「月曜日、学校でって、言ったじゃん!もう昼休み終わっちゃうから、放課後音楽室に来てよ。カルテットの相談もあるし、待ってるからね!!じゃ!!!」
言うだけ言って、僕の返事を待つことなく、教室を飛び出した彼女。
呆気にとられながらも自席に腰を下ろすと、後ろの席の男子から小声で話しかけられる。
「なあ、藤奏、月島さんと知り合いなん?」
「うん、まあ、一応。最近会う機会があってね」
「マジかー、お前、月島さんのファン多いんだぞ。くそー、俺も話してみてー」
「え、そうなの」
「そりゃそうだろ、あんだけ可愛けりゃ」
やっぱりそうなのか。
それ以上話す間はなく、五時間目の英語の先生がやってくる。
六時間目と帰りのホームルームも、特に何事もなく終了。さあ、放課後が訪れたんだけど……。
「さすがに行かなきゃだよねえ」
おそらく月島さんは、宣言通り音楽室で待っているだろう。
それを無視して帰宅するのは、さすがに人としてダメな気がする。
僕はため息をつきながら、音楽室へと続く階段を昇った。
「お、来たね」
月島さんは先に到着していた。音楽室内の一席に腰掛け、何やら聴いていたのだろうが、僕が入室したのを認めると、イヤホンを外して立ち上がる。
「やあ、月島さん。昼休みはごめん」
「ホントだよ!ま、来てくれたから許す」
「ありがと。ええと、それで、何の用?」
僕が尋ねると、それには答えず、ツカツカと窓際に歩いていく月島さん。茶色い髪がサラサラと揺れる。そう言えば、今日はポニーテールじゃないんだな。後ろ姿も様になっていて、スタイルなんて、それこそレイにも引けを取らないのではなかろうか。他クラスにまで人気があるのも頷けるよ。
「あれはそう、先週末、金曜日の放課後。学校を出た私の元に、ヒラヒラと何かが舞い落ちたのでした……」
えーと、何だか芝居が始まったぞ?
「何気なく手に取ったそれを見ると、そこには二次元コードと、『聞いてほしい曲がある』というコメント。そこから察するに、おそらく二次元コードからインターネットにアクセスした先に、何か曲がアップロードされているのでしょう。
ああ、気になる!
でも、悪質なイタズラかもしれない。アクセスした途端、ウイルス的な奴に感染しちゃう可能性もゼロじゃない。いかがわしいサイトかもしれないし……そんな不安が頭をよぎるものの、私は秒でスマホをかざしたのでした」
不安短いよー!もっと悩んで!
つーか、危険だと思うサイトにはアクセスしちゃダメ、絶対!
いや、その二次元コードを作ったのは僕だから、危険とかはないんだけど、それでもさあ。
「スマホはすぐにサイトへと繋がりました。表示された画面は、見慣れたWeTube。私はとりあえず胸を撫で下ろしました。どうやらプライベートアカウントのようです。動画タイトルは『Citrus Season』。おそらく曲名でしょうが、それはフェイクで、やっぱりいかがわしい動画な可能性もゼロじゃない……。
私は少しのきたい……ゲフンゲフン、疑いは捨て置かず、再生ボタンをタップしました。
すると、何ということでしょう!」
えーと、ツッコミどころが多いな……今のも某リフォーム番組のアレ風だし。
「そこから流れてきたのは、美しいヴィオラの旋律。それはさながら冬の木枯らしのような切なさでした。少し長めのソロから、ベース、ドラムとリズム隊が加わり、打ち込みのストリングス……今時珍しい長いイントロ。
私は思わず……停止ボタンを押しました」
ええ、ダメだったってこと!?
「今月既にギガがヤバいので、Wi-Fiスポットに移動するためです」
そっちかーい!!
「駅前のハンバーガーショップに移動すると、私は改めてイヤホンを身につけます。もう一度頭から……最初のヴィオラソロこそポップスとしては斬新ですが、加わってくるバンドサウンドと打ち込み音、それはまさしくファンナイのサウンド!
けれど歌はボカロでした。
にわかファンならここで曲をストップするかもしれませんが、何を隠そう、私はファンナイデビュー前からのメロ様ファン!
そんな私の耳は、誤魔化せません。
これはソロ活動時代のメロ様を彷彿とさせる!でも、少なくとも私の知識にはない曲でした。
一曲通しで視聴した後、しばし放心状態にあった私。正気を取り戻すと、すぐに『Citrus Season メロ』で検索。しかし、目当てのものは見つからず。
改めて聴いてみると、アレンジの雰囲気は、ソロ時代というより、むしろ最近のファンナイに近い……だから私はこう考えました。
この曲は、ファンナイの未発表曲のデモ版!!」
……あれ、何だろう、耳が熱いゾ?
「私は興奮冷めやまぬ間に帰宅し、その夜はこのビッグニュースをおかずに、ご飯三杯いっちゃいました」
あ、見た目によらずよく食べるんですね。
「育ち盛りなもので。
そこから、またメロ熱が燃え上がった私は、ボロディン、ファンナイ、メロソロ時代、例のデモ版をエンドレスリピート。
明石さんからお願いされたカルテット練習へと顔を出しました。
すると、何ということでしょう!」
またかい!
「そこで出会った少年が、デモ版のイントロを奏でるではありませんか。しかもヴァイオリンめっちゃ上手だし!!それに加えて、アップの時にやったフレーズ、あれもファンナイだったよね!?どういうこと!?」
ちょ、興奮しすぎ、芝居はどこ行ったんだ、素に戻ってるよ!!
「……疑惑の少年に逃げられた後、私は日曜一日考えました。気になって気になって、ご飯は一杯しか喉を通らず、夜も寝られそうにない気分でした……結局寝たんだけど」
えと、健康なのはいいことだよね。
「そして考え抜いた結果、一つの結論に辿り着きました。明らかにファンナイの未発表曲と思われる曲を知っていたこと。ヴァイオリンの音色がメロ様そっくりなこと。
そして極め付けは、君の名前!」
そこで月島さんは、ずずいと顏を近づけてくる。ホントに綺麗な顔立ちだ……。ああもう、恥ずかしさと照れ臭さで、全身が真っ赤になってる気がするよ。
「
メロというハンドルネームは、自分の本名からとったもの!!
藤奏調君、君、もしかして本物のメロ!?」
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