第29話 リアの異変

「あら、これって産着?」


「ええ。末の娘が嫁ぎ先で今度二人目を出産するんです。

 孫が産まれる時にはこうやって産着をぬって贈ることにしているんですよ。」


「そうなの…産まれてくるのが楽しみね。」


「はい。」


シャレンが小さな針を巧みに操って産着を縫い上げていくのを、

ただじっと見つめていた。

最初は白い布だったものが小さな服になっていくのが不思議で…。

午後のお茶をしながら、シャレンの指の動きを目で追っていた。





「今日はおとなしいね。何かあった?」


「シャレンの末の娘さんが二人目を出産するんですって。

 午後のお茶に誘ったら、産着を縫っていてね。

 私はあまり裁縫や刺繍は得意じゃないから見ていて…。」


「うん…それで、どうして落ち込んでいるんだ?」


いつも通りに見えるけれど、よく見ると顔色が悪い。

視線もすぐそらされて、何か気になっているのだろうが、

それが俺にも関係することなのだと思う。

横抱きにしていたリアを俺と向かい合わせの状態に抱き直す。

俺にまたがる形で乗るのは恥ずかしいのか、少しだけ抵抗しているが、

俺が腕を腰にまわしているためにびくともしない。

あきらめて俺に抱き着いてくるが、頬は赤く染まっている。


「リア、顔を見せて。ほら。」


額を合わせるようにして、顔を見ると、

目が…少しだけ下を向こうとして迷っているのがわかる。


「困ってる?迷ってる?どっちだ?」


「…どっちもです。」


「じゃあ、全部話して。

 リアは俺に話すのが嫌なのかもしれないけど、俺も隠されるのは嫌だ。」


「……もし、子どもができたらどうしようと思ってしまって…。」


「ん?子ども?」


「私に、子どもができたら、どうしようと。」


リアに子どもができたら、か。

公爵に言われたことは、なぜかリアに話さなかった。

そういう話をすることに俺自身が抵抗あるからだろう。

そして、想像通りならリアも。


「子どもを、リアはどうしたい?」


そう聞くと、ハッとしたように顔をあげた。

どうしてそんなふうに聞くのかと思っているのだろう。

貴族の結婚は子どもを産むのが前提だ。家を継ぐ、血を継ぐための婚姻だから。

だけど、俺たちに子どもは必要だろうか。


「何でも言っていい。怒ったり、嫌がったりしない。

 リアが思ってることを知りたいんだ。」


「…子どもをどうしていいのかわからないのです。

 リト様の子どもなら愛せるかもしれないと思うのに、やっぱり怖くて。」


ジークフリート様、と呼ばれるのは嫌いじゃなかったが長い。

閨の最中に呼ぶには長すぎる。

俺の名前を懸命に呼ぶ姿はいじらしいが、

もう少し簡単に呼べるようにしようと話し合った結果、

フリート様からリート様になり、最終的にリト様に落ち着くことになった。


俺の子どもなら愛せるかもしれない。

あぁ、よくわかる。俺も同じだ。リアの子どもなら、愛せるかもしれないと。

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