第30話 いらない子

「リア。最初に言っておけばよかったな。

 俺は、リアに子どもを産んでほしいとは思っていない。

 そもそも俺は爵位を継いでいないし、騎士爵は子どもに渡せるわけでもない。

 公爵家の婿に入ったわけでもないからな。」


「…子ども、必要じゃない…の?」


リト様に言われたことが信じられなくて、聞き返してしまう。

子を産むために結婚するものなのに、産まなくていいだなんて。


「必要かと言われたら、必要としていない。

 でも…リアの子どもなら、愛せるかもしれないと思っていた。

 俺も同じだよ。子どもが欲しいという気持ちが無いんだ。」


「リト様も…。」


「もし、リアが子どもを産んで…死んでしまったらと思うと怖い。

 元気なまま子どもを産んだとしても、愛せる自信があまりない。

 リアの子どもなら愛せるかも、とは思うんだが…。

 自分の子ども時代を思い出すようで、

 正直…他人の子どもが近くにいられると嫌な気持ちになる。


 そんな俺だから、結婚もせずに生きて来たんだ。

 家族を妻を子どもを幸せにできるとは思えなかったから。


 リアと結婚して、初めて幸せだと思った。

 もしかしたら、リアの子ならとも思うけど、確証はない。

 それよりもリアを失う可能性が怖いんだ。」


「…子どもができなくてもいいと言われるとは思って無かったです。

 結婚って、子どもを作るためのものだと思っていたので…。


 私の母は公爵家の一人娘でした。

 父は婿で…子どもを作るためだけに結婚したようです。

 子を三人作るように命じられていたと聞きました。」


「命じられていた?誰に?」


「お祖父さまです。母が…女性しか愛せない人だと知っていたようです。

 子どもさえ産めば、後は自由にしていいと言ったそうです。

 私を産んだ後、二年後にまた子どもを産む予定だったそうですが、

 その前にお祖父さまが亡くなって…父も母も子を作るのをやめたそうです。

 父の愛人たちには子どもが何人かいます。息子だって。

 だけど、母の血をひく者でなければ公爵家は継げないのだそうです。」


「だからか。公爵がリアの子どもを欲しがったのは。」


「何か言われましたか?」


「リアに子どもが産まれたら渡せと。もちろん了承するわけ無いけど。」


先日会ったお父様の顔が頭に浮かぶ。

そういうことを言いそうな人だとは思っていたが、

実際に言われるととてつもなく嫌な気持ちになる。

娘扱いされたことはないのに、子を産む道具扱いはされるのか。


「はぁぁ。やっぱりですか。そういうこともあって、

 私は子どもを産まなければいけないのかと思っていましたが、

 子どもを産むのが怖いです。

 産んだ子供を見るのもさわるのも怖いのです。

 リト様の子だと思えば…なんとかできるかもしれないとは思うのですが。」


「…いや、そんな風にがんばらなくてもいいよ。

 俺への愛は、俺だけに返してくれればいい。

 俺の子に愛を向けてほしいとは思っていないから。」


「そうですか…。」


リト様のまっすぐな目に、その言葉に嘘が無いとわかる。

産まなくていい、そう言われて体の力がぬけた。

嫁いできてから、もう二か月ほど。

お腹の中に子ができていてもおかしくはなかった。

そのことに気が付かないふりをしていたけれど。


「リアが避妊魔術を作ったんだよね?」


「はい。」


「使い続けていると副作用とかある?毎回使うものなのか?」


避妊魔術は、この国の貴族や平民が必要とすることはほとんどない。

子を生み育てるのが当たり前の中で避妊魔術を使うのは世間体が悪い。

使うのは…娼館の娼婦たちで、商業ギルドから頼まれて私が作り出したものだ。


「今のところ副作用は報告されていません。

 月に一度使えばいいものです。

 娼館用に作りましたので、

 娼婦の腕印がなければ発動しないようになっている魔術式です。

 それも…私がそうしているだけで、誰でも使えるようにするのは簡単です。」


「腕印がなければ発動しない?娼婦専用にしたのか?」


腕印とは、各娼館が自分の店の娼婦を管理するためにつける焼印だ。

左腕につけているから腕印とも呼ばれている。

普通の焼印とは違い、年季明けには消すことができるようになっていると聞いた。


「娼館で使うものとして、無償で提供しました。

 誰でも使えるようにすると悪用するために横流しされたり、奪われたりしますから。

 孤児院がいっぱいで、娼婦の子は引き取ってもらえないそうなんです。

 娼館で育てるのも大変だそうで…

 だからといって堕胎すれば娼婦が死ぬこともあります。

 それで商業ギルドからの依頼を受けたんです。」


「育てられない、捨てられる子どもたちを減らすため、か?」


「…放っておかれる子どもたちを見たくなかったのです。」

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