第22話 真実は?

「どうしてそう可愛げが無いんだ。

 いいかげんにしないと、婚約解消するぞ!」


「は?」


婚約解消するぞ…?え?誰と誰がでしょう?

思わず頭の中が真っ白になってしまって、何も答えられない。


「もう卒業だというのに、お前の態度は改まらない。

 そんなことでは俺の妃にするわけにはいかない。

 …こうして、俺を慕ってくれている令嬢は多いからな。

 こいつらを婚約者にしても良いんだぞ!」


両側にぶら下がっている令嬢を示すけれど、まだ頭が追いつかない。

この人は…何を言っているのだろう?

いや、言っていることは理解できるのだけど、事実と違いすぎてついていけない。

この王子は本気でそんなことを言っているのだろうか?


今すぐ帰りたくなるが、

この誤解をとかなければ後々めんどくさいことになるのは間違いない。

イラついてしまいそうなのを呼吸を整え、落ち着いて王子に聞こうとするが、

どうしても平常心には戻りそうもなかった。



「あの…ユール様、何を言ってるんですか?」


思わず貴族令嬢らしい笑みが消え、真顔で問いただしてしまう。

もう、この場で取り繕う意味が見いだせない。

一度この国を捨てる気になってしまったからだろうか。

以前の私であれば穏便に済ませて、あとから問い質すこともできただろうけれど。

なんだろう…今は、うまくこの場を誤魔化せる気がしない。


どうして、私が、そこまで苦労してこの王子をかばわなければいけないんだろう。

こんなクズ王子を。


私を傷つけたい、私の表情を歪ませたいという、ただそれだけの理由で、

生き物を殺し、人を傷つけることをためらわなかった、この王子を。


「ほう。お前でも、そんな神妙な顔ができるのだな。

 少しはどういう状況かわかったのだろう?

 俺だって…婚約者に対してそこまで怒りたいわけでもない。

 お前が謝れば…許してやるつもりだぞ?」


「…ホントこのクズは…。」


「何を言ってるんだ?謝ってるのか?小さくて聞こえないぞ?」


ニヤニヤと笑う王子に、もう一度はっきりと言おうとした時に、後ろから抱きしめられた。

ふわっと汗と剣の匂いに包まれる。

この匂いは…ジークフリート様だ。

ジークフリート様の右手で私の顔を隠すようにおおわれ、

左手は腹部にキュッと抱き着くように回されている。


「そんな顔を他に見せるな。」


「ジークフリート様…。」


切なそうにささやいてくるジークフリート様の声に、

張り詰めていた気持ちがゆるむ。

同時に身体の力も抜けていくようだった。


「俺が…なんとかするから、お前はそのまま顔を隠していろ。」


「…はい。」


くるっと後ろ向きにひっくり返され、ジークフリート様の胸に抱き寄せられる。

その胸に額をくっつけるようにして、ゆっくりと息を吐く。

ジークフリート様の身体に抱き着くように腕をまわすと、

いい子だというように優しく頭をなでられた。


「な!何をしているんだ!近衛騎士隊長!

 それは俺の婚約者だぞ!」


怒りのあまり震えたような王子の怒鳴り声が聞こえる。

だけど、もう私は王子のことなんてどうでも良かった。

ジークフリート様の心臓の音が聞こえて、暖かい大きな腕に包まれて、

それだけで満足してしまった。


「ユール王子、まず確認しますが、ユール王子に婚約者はいません。

 婚約してもいないのに、誰と婚約解消するおつもりですか?」


「は?」


「王族の婚約は、婚約式というものがあります。

 これが行われて初めて婚約者として公表されるのですが、

 …ユール王子含め、王子三人の婚約式は行われておりません。

 つまり、ユール王子に婚約者はいないのです。」


「そんなわけないだろう?

 俺は10歳の時からその女と婚約しているのだぞ?

 幼すぎて婚約式をしていなかっただけだろう?」


「…ユール王子の婚約者はローゼリアだと、

 どなたに聞いたのか覚えていますか?」


「お前がローゼリアと呼び捨てにするな!

 俺の婚約者に決まったと言ったのは母上だ!

 この国の王妃が言ったのだ!間違いないだろう!」


「陛下…どういうことですか?」


腕の中から聞くジークフリート様の声が、いつも以上に低くなったのを感じた。

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