第20話 暴走する人
飲み物が無くなりそうになった頃、陛下が入場するのが遠くに見えた。
その後ろにジークフリート様の姿が見えて、思わず頬が緩んでしまう。
黒の騎士服に金の飾緒、黒の剣を腰につけている正式な近衛騎士姿に、
遠くから見ているだけなのに涙が出そうになる。
素敵すぎる…髪も目も黒だから、
まるでジークフリート様のために作られた騎士服みたい。
黒の剣はジークフリート様に合わせて作られた特別なものだと聞いている。
他の近衛騎士の剣が銀色なのもあって、
ジークフリート様の姿が際立っているように思う。
その剣の腕も確かだからこそ、
学園を卒業して騎士団に入った直後から近衛騎士になっていたのだ。
高位貴族出身ということもあるだろうが、
入団した直後の騎士が王子の護衛につくことは通常ありえない。
それだけ入団当初から隊長候補として見られていたのだと思う。
そんなことを考えて見惚れていると、広間の中央がざわついているのに気がついた。
卒業パーティーのダンスが始まる頃ではあるが、音楽でざわついてるのとは違う。
誰かが大声を出しているようだった。
耳をすませて聞いてみると、
「おい、どこにいるんだ!ローゼリア!
まさか卒業パーティーに出席していないってことはないだろう。
これに出なきゃ卒業できないはずだからな。
どこだ!ローゼリア・シャルマンド!」
…なぜ私が呼ばれているのだろう。
その声の持ち主に思い当たるのは一人いるけれど、もう関わりたくなかったのに。
一向に収まる気配が無いのを感じ、渋々広間の中央に足を運ぶ。
私が近づいたのに気がついたのか、他の生徒たちが道を開けてくれた。
ゆっくりと広間の中央にたどり着くと、想像通りの人が仁王立ちしている。
まっすぐな銀髪を耳辺りで切りそろえ、
色白でほっそりとしている体型を誤魔化すように飾り立てた服。
煌びやかな衣装に負けている、あっさりとした顔立ち。
この国の第二王子、ユール・バンブルド様だ。
後ろに側近候補の二人と、なぜか女生徒も二人ほど引き連れている。
女生徒は人前だというのにユール様の腕にしがみついているようだ。
そのはしたなさに気が付かないのかと思うが、
本人たちが気にしないのであればわざわざ指摘する気はない。
この王子が愚かなのは今に始まったことではないのだし。
卒業すればもう顔を合わせることもないと思っていたのに、
今さらいったい何の用なのだろうか。
「お呼びですか?」
「遅い!呼んだらすぐに出てこい!
それになんだ、そのドレス!
俺が贈ったドレスはどうした!?」
俺が贈ったドレス…とは何のことだろう。
「このドレスは自分で注文したドレスですが、贈ったドレスとは?」
「今朝、公爵家に届けただろう!」
あー、公爵家の方にはもう誰もいないのに。
おそらく使用人がお父様に連絡しようとしたけれど、間に合わなかったのね。
「そうでしたか。申し訳ありません。
今は公爵家の屋敷には誰もおりませんの。」
「それに…なんで俺と入場しないんだ!
エスコートすると言ってあっただろう!」
確かに申し出はありましたけれど、それはお断りしましたよね?
もう。こんなところでお断りしたと言われたいのかしら。
これで不敬だとか言われても困るのだけど…。
「お前はいつもいつも…。
昼食に誘っても来ない、お茶会に呼んでも来ない、
夜会には出席しない。何を考えているんだ!」
「…そう言われましても?」
「どうしてそう可愛げが無いんだ。
いいかげんにしないと、婚約解消するぞ!」
「は?」
婚約解消するぞ…?え?誰と誰がでしょう?
思わず頭の中が真っ白になってしまって、何も答えられない。
「もう卒業だというのに、お前の態度は改まらない。
そんなことでは俺の妃にするわけにはいかない。
…こうして、俺を慕ってくれている令嬢は多いからな。
こいつらを婚約者にしても良いんだぞ!」
両側にぶら下がっている令嬢を示すけれど、まだ頭が追いつかない。
この人は…何を言っているのだろう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。