第19話 卒業パーティー

「今日は一人で入場するのか?」


仕事へと出かけるのを見送ろうとした私に、ジークフリート様が聞いてくる。

その顔は心配しているようで、少し眉間にしわが寄っている。

一人でって、ジークフリート様が仕事なのに、他の誰と行くというのだろう?

聞かれた意味が分からず、思わず首をかしげながら答えてしまう。


「もちろん一人です。と言っても、目立つのは嫌なので、

 入場せずにこっそり転移して中に入りますけど。」


「…それ、大丈夫なのか?陛下もいるのに転移してくるのか?」


「さすがに陛下が来る前に転移します。

 大丈夫です。周りに見られないように認識阻害もかけますから。

 あぁ、ほら。出発する時間過ぎてますよ。」


「わかった。俺も会場内にはいるから、何かあれば言えよ?」


「はい。いってらっしゃいませ。」


「あぁ、いってくる。」


馬車に乗り込んで出発するジークフリート様に手を振って見送ると、

エレンとミレーとシャレンに声をかける。

今日の昼から行われる卒業パーティーの準備を、三人が手伝うと言ってくれたからだ。


今まで夜会やお茶会に出たことは無いし、

普段は簡単に着られるドレスしか着ていなかった。

つい最近までは卒業パーティーもそんな感じでいいかと思っていた。

だけど三人が手伝ってくれると言うので、

せっかくだから一人では着替えられないドレスに挑戦することにしてみた。


エスコートは無くても、会場にはジークフリート様がいる。

このドレスを見たら喜んでくれるだろうか。


「お綺麗です!ローゼリア様のこのドレス姿を見たら…

 坊ちゃんが泣いてしまうかもしれませんね。」


「いいえ、きっとすぐさま仕事を放り出して、

 ローゼリア様を連れて帰って来てしまうに違いありません!」


「ええ、ええ。その通りです!

 お綺麗ですが、他の男には見せたくないとか言い出しそうです!」


着替えが終わると三人が口々に褒めてくれる。

それを聞きながら、ジークフリート様はどう反応してくれるのか想像してみる。

綺麗だ…なんて言ってもらえたらうれしいけれど…。

きっと今日は近衛騎士の正式な制服姿なはず。それを見るのも楽しみで仕方ない。


「馬車の準備はどうなさいますか?」


ドアの外、廊下からグレッドの声がした。

私が着替えているから中に入ってこないのだろう。


「馬車の準備はしなくていいわ。

 この屋敷から転移していくつもりだから~。」


「ええ?大丈夫なのですか?」


「ジークフリート様にもそう伝えてあるから大丈夫よ。」


「それならいいのですが…。」


まだ納得できていなさそうな声ではあるが、馬車で行くわけにはいかなかった。

私が馬車で行ったらこの屋敷が特定されるかもしれない。

卒業パーティーの帰り道に後をつけて来られても困る。

行き帰りを転移で行けば、少なくとも他国の人間はこの屋敷を特定できないはず。


…もしかしたら、自国の人間も私の居場所を特定できないかもしれない。

陛下とお父様が、私の結婚を公表したり…するわけないわ。

安全面から言えば公表されない方が良いのかもしれないけれど…。

第二王子のにやけた顔を思い出して、少しだけ気が重くなる。


「じゃあ、そろそろ時間だから行ってきますね?」


「はい。お気をつけて。」


みんなに見送られながら転移すると、会場の端のあたりに着いた。

軽食を並べてあるテーブルの少し後ろ。

この辺りならあまり人がいないだろうと思って転移したが正解だったようだ。

周辺には誰もいなかった。

王族席を見たが、まだ陛下も来ておらずほっとする。

さすがに王族がいる会場に直接転移するのは失礼にあたる。

わざわざ怒られるような真似は、ジークフリート様のためにもするべきではない。


この卒業パーティーも平穏に学園を卒業するためには出席しなければいけない。

本当なら夜会と同じように欠席にしたかったのだが、学園側から認められなかった。

公式行事なのだから、これも学園の授業の一環であると。

あきらめて出席することにしたのだが、今すぐ帰りたい気持ちでいっぱいになる。

目立たず、静かに、とりあえず参加さえすれば問題ない。

始まってしばらくしたら先生方に挨拶して帰ることにしよう。

近くにあった飲み物を取って、パーティーが始まるのを待った。

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