第10話 荷物は

抱きかかえられて屋敷の中に入った後、通されたのは応接室だった。

華美ではないが質のいい調度品がそろえられている。

だが、あまり人を通していないように見える。屋敷にお客様はこないのだろうか。


「とりあえず、ここで落ち着いて話そうか。

 今、食事の用意をさせてるから。」


「はい。」


突然、私を抱きかかえて連れて来て、屋敷の使用人達はどう思ってるんだろう。

そう思って周りを見て使用人を探したけど、誰も近くにはいないようだった。

玄関で執事らしき男の人に指示を出していたが、それ以外は見かけていない。


「それで、引っ越しはどうする?

 今は学園の寮に住んでいるんだろう?

 明日にでも荷物を取りにいこうか?」


「あ、取りに行かなくても大丈夫です。

 今日の話し合いが終われば他国に逃げるつもりでしたので、

 荷物はすべて収納に入れて持っています。」


「収納って?」


「この左腕の腕輪の中に入っているんです。

 これは魔術式が中に刻まれていて、

 そうですね…この屋敷くらいの大きさなら入りますよ?」


「えっ。収納ってその腕輪!?」


腕を軽く上げて腕輪を見せると、ジークフリート様が興味深そうに見ている。

この中に寮の荷物だけでなく、今までの研究資料もすべて入っているって言ったら、

もっと驚いてくれるかもしれない。


「はい。寮の部屋にあったものは、家具もすべてここに入っています。」


「それも商業ギルドで販売しているのか?初めて聞いたが…。」


「販売してもいいのですが、普通の魔力量では使いこなせません。

 これは…私が逃げる時のために作ったものです。

 部屋の荷物はどうでもいいのですけど、研究資料だけは持って行きたかったので。

 残しておくと悪用されそうなものもありますし…。」


「そうなんだ。それは確かに身に着けて持っておいた方が良さそうだ。

 他には公爵家のほうに取りに行くものはない?」


「いいえ。特にありません。

 …学園の授業が終われば普通は卒業前に家に帰るものですけれど、

 いつ帰ってくるのかと聞かれもしませんでしたので寮にいました。

 卒業パーティーが終わるまで気が付かないようなら、

 どこか家でも借りて住もうかと思っていたくらいです。

 公爵家の別邸には入学してから一度も戻っていません。

 入学する時に別邸にある荷物はすべて収納に入れておきましたし。」


「あーなるほどね。

 公爵も相変わらずなんだな…。」


あの頃、ジークフリート様に公爵家の話を聞かれたことがあったのを思い出す。

7歳の私が親が連れてくるでもなく、侍女と一緒でもなく、

たった一人で王宮へと来ていたからだ。

その時にも、両親とは一緒に住んでいませんのでと答えた気がする。


今回卒業パーティー前に王宮へ呼び出されたことも、

陛下が呼ばなければお父様は卒業だと気が付かなかったのではないかと思う。

これだけ放置しておいて、今さら公爵家を継げとか子どもがとか言われるとは…

本当に馬鹿らしいと思ってしまう。


「3歳で別邸に移ってから学園の入学まで、

 侍女が食事だけは運んでくれていましたけど、

 お母様とは会った記憶がありませんね。

 お父様とも…数回くらいでしょうか。」


正直言って、顔を見てお父様だと思い出しただけ良いと思う。

おそらくお母様は会ってもお互いにわからないのではないだろうか。


「そうか…じゃあ、結婚の挨拶とか行かなくていい?」


「はい。行きたくありません。

 そもそもどちらも愛人宅にいるでしょうから、行っても会えないと思います。」


「うん、わかった。

 ああ、食事の用意ができたみたいだから、食事しながら話そうか。」

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