第4話 良かった、ですね?

「あーでも良かったですわ。

 これで無理やり王命で王子たちを選べって言われてたら、

 この国から逃げようと思っていましたの。」


「へ?」「逃げる?」


「だって…10歳の時にお約束したでしょう?

 この国にとどまって魔術の発展に寄与したら、王族との結婚はしなくていいって。

 それなのに約束を破られたら、私だって約束を守る必要ないと思いません?」


「だからって…他国に逃げるだなんて。

 お前は公爵家を捨てる気か!?」


「公爵家と言っても、誰もいないじゃないですか。

 お父様もお母様も愛人の家に行ったまま帰ってきませんし、

 私は研究のためにずっと別邸にいますし。

 何のために公爵家が必要なんですか?いらないでしょう?」


「おまっ!そっそんなことを!」


「私が逃げようと思ったら、荷物は収納に入れてありますし、

 研究で稼いだお金も個人で管理してます。

 転移すれば一瞬で他国に行けますし、

 私を受け入れてくれる国はいくらでもありますよね?

 どうして私が逃げないと思っているのか、不思議でしょうがありません。」


「…そ、それは…。」


言い返せなくなったお父様から陛下に視線を移すと、

同じように陛下へと聞いてみる。


「ついでにいえば、人質を取られても、すぐに取り返して一緒に逃げられますし、

 王宮の転移制限も私が作った魔術式ですから、私には効果ありません。

 同じように魔力制限の首輪や腕輪も効きません。

 さぁ、これでどうやって私を縛るおつもりでしたの?」


「…すまなかった。」


「いいえぇ。私はジークフリート様の所へ嫁げと言われるのでしたら、

 喜んで嫁ぎますし、これ以上王子との云々がなければ…。

 このまま大人しくこの国にいます。それでよろしいですよね?」


「…あぁ、わかった。」


項垂れている陛下とお父様をそのまま置いて、席を立つ。

陛下の後ろに立っているジークフリート様に近付くと、

なぜか小刻みに揺れているように見えた。

黒い髪を伸ばし、後ろで一つにまとめている。瞳も黒で、騎士服も黒。

陛下よりも頭一つ分くらい背が高く、鍛え上げられた身体をしている。

8年ぶりにお会いしたけれど、あの頃とあまり変わっていないように感じる。

あぁ、でも、口元に手を当てて…もしかして笑ってます?


「ジークフリート様?」


「くくくっ。すまない。笑いがこらえきれなくて…ふふっ。」


ジークフリート様が人前で笑うだなんて!なんて貴重な姿!

このままずっと見ていたいけれど、すぐにしなければいけないことが待っている。

でも、その前に。


「楽しんでもらえたのなら嬉しいですが、ご挨拶してもいいですか?」


「…あぁ。」


「ローゼリア・シャルマンドと申します。

 今日から、ローゼリア・ハングロニアになりますが、よろしいでしょうか?」


もし少しでも嫌がられていたらどうしよう。

話し合いの最中、怖くてジークフリート様を見れなかった。


ジークフリート様が誓約するとき、ちょっとだけ迷っているのがわかった。

きっとジークフリート様は私が王子を選ぶと思っていたはず。

誓約するときに迷っていたのはどうしてだろう。

万が一にでも私と結婚する可能性があることに躊躇したのだとしたら、どうしよう。

誓約までしてしまっているのに、ジークフリート様に拒否されたら…。

挨拶の最後の方、少しだけ声が震えてしまった。

うまく微笑みを作れている気がしない。


怖くて目をそらしそうになった瞬間、ジークフリート様がふわっと笑った。


「ジークフリート・ハングロニアだ。

 年の離れた貴族の後妻に、こんな姫君が来てくれるなんて光栄だよ。」



目の前で跪いて両手を取って軽くくちづけしてくれるジークフルート様に、

見惚れてしまい少しも動けなくなってしまう。

手にジークフリート様の唇の感触が伝わって、一瞬で顔が熱くなるのがわかる。

こんな風に楽しそうに笑うジークフリート様を見れるなんて…。



「おい、ローズ!今日からってどういうことだ!」


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