相棒の居ない日々

 ひょんなことから出会い、ずっと俺の力になってくれた相棒は居なくなった。

 どれだけスマホの画面を見ても、ファイルを探しても催眠アプリの存在は完全になくなっており、かつて存在していた痕跡すらも綺麗に失われていた。


「……本当に綺麗に居なくなっちまったなぁ」


 スマホを眺めながら俺はそう呟く。

 あの日、茉莉とフィアナと共に別世界に移動するという摩訶不思議な現象を経験してから数日が経過した。

 結局どのような原理であのようなことが起こったのは分からないが、もうあんなことが起きないという安心感はあった。

 俺が催眠アプリを失ったのと同じで、二度と俺の世界で催眠アプリが発現することはないと相棒も言っていたし……ある意味で、催眠アプリを巡る俺たちの物語は終わりを告げた。


「……ふぅ」


 相棒が手元に来てから本当に色々なことがあったなと俺は思い返す。

 最初は欲望のままに女の子たちを貪ろうと考えていたはずなのに、手を出そうとする女の子が必ずと言っていいほどに問題を抱えており、彼女たちの体を楽しむ代わりにその問題に対処していたら……うん、七人もの女の子に好かれていた。


「茉莉、絵夢、才華、愛華、フィアナ、那由さん、真冬さん……なんつうか、物語の主人公になったみたいだな」


 催眠アプリを通じて日常に変化が起こるまでは容易に想像出来るものの、まさかそれだけ多くの女性と恋仲になったのは俺としても予想外だった。

 いくらか流された部分はあれど、自分自身でも答えを出して今に至るわけだ。


「相棒が残してくれた俺たちの繋がり、絶対に断ち切らせたりはしない。だから安心して見守っててくれよ」


 特に変えようとする必要はない、今まで通りに彼女たちと仲睦まじくどこまでも過ごすことが相棒を安心させ、そして喜ばせる在り方だ。


「甲斐~! 入っても良いかしら」

「良いよ~」


 パジャマ姿の姉ちゃんが入ってきた。

 ベッドに腰を下ろしていた俺の隣に座った姉ちゃんは、俺が手にしていたスマホを見つめて口を開く。


「アンタ、あれからスマホを見ることが増えたわね。頼れる相棒がいなくなったのは寂しいかもしれないけど、他にも頼れる存在はいっぱい居るんだからね?」

「分かってるよ」


 ちなみに、姉ちゃんも相棒のことは知っている……というより話の流れで教えることになったのだ。

 もう一人の自分と決別したあの日、こちらに帰ってきた段階で何が起きたのかはグループチャットでみんなと共有し、当然のことながら物凄く心配された。


(相棒が居なくなったことも伝えるとみんなも悲しんでくれたんだ。たとえ俺のようなアプリの持ち主じゃなくても、相棒はみんなから感謝されて大切に思われていたわけだ)


 まあ、それだけなら姉ちゃんに相棒のことを話すまでは行かないはずだった。

 しかし……この世界に戻ってすぐ、この日本にて新しい決まりが作られていたことを俺たちは知ったのだ。

 一人の男性が複数の女性と婚姻を結ぶことが出来る、つまり今の俺たちの関係が合法的に認められる世の中に作り替えられていたのである。


「それにしても驚いたわねぇ。突然変わっていたから私も驚いたけど、アンタたちの現状がプラスに向かうことが分かったから嬉しかったわ」


 新たにその決まり事が作られるのではなく、元から存在していたという流れになっていた。もちろんそれは混乱を招くのではないかと思ったものの、相棒の残してくれた力は絶妙な形で人々の意識を改変したらしい。

 ただ、父と母を除き俺と限りなく親しい存在の記憶はそのままらしく、姉ちゃんも凄く混乱していたが今は受け入れていた。


「まあでも、この決まりが出来たとしても特に変わりはないみたいだよね」

「そうね。複数の女性と結婚しても補助金なんかが出ることはないし、よっぽどお金に余裕があるか、複数の女性に好かれる人じゃないとねぇ」


 いくらハーレムというか、それに似たことが合法化したとはいえ人々の感覚は今まで通りと言っても差し支えないため、今のところはこの決まりによって枷が無くなったのは俺たちくらいなものだ。


「それにしても催眠アプリかぁ……みんなが受け入れてくれて、アンタもみんなに好かれたから良かったものの。私はもしかしたらを想像しちゃうわよ」

「……そうだな。まあでも、その未来は来ないよ」


 その未来はあの世界での、あのバカな俺だけの未来で十分だ。

 その後、簡単にこれからのことを話してから姉ちゃんは部屋に戻り、俺はグループチャットをチラッと覗いた。


「みんな活発だな」


 どうやら俺が姉ちゃんと話をしている時間の辺りからみんなで話をしていたらしく上から下までびっしりと文字が書かれていた。

 これは俺も参加……しなくても良いかな。

 最近は色々とあったばかりだし、休みたい意味も込めて横になって画面を見つめるだけにするか。


『甲斐君が見ている気がする』

『先輩?』

『無視はダメ』


 ……おかしい、最近彼女たちの察知力が異常なほどに高い。

 参ったなと苦笑しつつ、俺は会話に参加するのだった。


▼▽


 さて、複数の女性と付き合うことが合法になったとはいえ、やっぱり学生生活でも特に変化はなかった。

 そもそも学校で分かりやすくイチャイチャするようなことは今まで通りしていないので、今の俺たちの関係はやはり俺たちの中だけで留まっている。


「なあ甲斐。最近相坂もそうだけど、本間とも我妻とも仲良くね?」

「もしかして……みんなと付き合ってんのか!?」


 たとえイチャイチャはしていなくても、雰囲気というのは伝わるらしい。

 ただ俺の友人たちたちも気付いたらこんな反応をするなという感じなので、本当にただおまけのように世の中に浸透しているという形なのだ。


「仲が良いのは確かだな」

「……羨ましいよなぁ」

「くぅ! 俺たちと甲斐で何が違うんだ!!」


 相棒に出会えたかそうでないか……だな。

 妙に悔しがる二人に苦笑しつつ、放課後になったことで俺は彼女たちを連れて歩いていた。


「……やっぱりそこそこ視線を集めるな」

「これだけはたぶん変わらないんじゃないかな」


 終礼が終わり、放課後になった段階で茉莉が近づいてきたのだが、その後に才華も教室にやって来た。

 二人と一緒に帰るだけでもそれなりに注目を浴びるようになったのだが、ここに絵夢も加わるとそれはもう凄いことになる。


「視線が鬱陶しいですね」

「甲斐君、見せつけよう」

「え?」


 チュッと頬に柔らかな才華の唇が触れた。

 驚いて彼女に目を向ければ、そのまま少し顔を離し、そしてスライドさせるように俺の唇へと移動して改めてキスが交わされる。


「もう才華ったら」

「でも確かにありですよね♪」


 ちなみに、周りには何人か生徒も居るのでバッチリ見られている。

 すぐに満足した様子で才華は離れてくれたが、当然茉莉と絵夢にも順番に唇へのキスをされることになった。


「今の私たちを見て相棒さんは喜んでくれてるのかな」

「きっと喜んでくれますよ」

「うん。きっと見守ってくれてる」


 ……ほらな、俺だけじゃないんだよ相棒。

 もしもまだ俺のスマホに残っていたらピカピカと光りまくってご機嫌状態を見せてくれるかもしれないが、もう俺のスマホが反応することはない。


「そう言えばみんな、今週の予定通り集まれそうか?」

「大丈夫だよ」

「大丈夫です!」

「バッチリ」


 那由さんに家に集まるのも待ち遠しいが、色々と話すことは多そうだ。

 でも何も心配はしていない、俺たちが俺たちの関係を信じる限りずっとこの絆が途切れることはない……だから相棒、安心してくれよ。そしてずっと笑顔で楽しく見守っていてくれ。


【あとがき】


後少しで今度こそ完結!

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