俺とお前は違う

 突然にスマホの画面が光ったかと思えば、特に何も変化はない。

 俺の傍には変わらず茉莉とフィアナが居るので、どこかに飛ばされたみたいな非現実的なことも起ってはいない。


「……なんだったんだ?」


 何が起きても対応できるように二人を俺は抱きしめたままだ。


「甲斐君、それにフィアナも何か体におかしなことは起きてない?」

「ううん、私は大丈夫だよぉ」


 俺も大丈夫だと頷いておいた。

 それからしばらくジッとしていた俺たちだが、こうしているのも仕方ないとして歩き始めた。


「ねえねえ、これって何も起きてないの? 私さぁ、なんかちょっといつもと違う感じがしてるんだけど」

「……実は私も同じ、何だろうねこれ」


 確かに俺も何かが違うと感じている。

 目の前の景色はさっきと何も変わっておらず、少し遠くに視線を向けても俺たちが住んでいる街並みそのものが広がっている……ただ、何かがおかしいと俺たちの本能が訴えかけているんだろう。


「取り敢えず俺の家に行くか」

「うん」

「いこぉ」


 なんで自分の家に戻るのがこんなに怖いというか、おっかなびっくりな感じになっているのか……ったく、本当に何なんだこの感覚は。


「二人とも、俺から離れるな」


 本当に不思議だな。

 自分の身に起きていることが分からず不安だらけなのに、傍に大切な子たちが居ると思うと勇気が持てる。

 二人とも力強く頷き、その豊かな胸に俺の腕を抱くようにした。


(まあでも、こういう時に彼女たちの柔らかさに安心するのは心が余裕を持っている証なのかもしれない)


 注意深く辺りを観察しながら家に向かう……その途中、俺たちはまさかの人物に出会うのだった。


「……え?」

「あれって……」


 前から歩いてくる二つの人影、それは絵夢と才華だった。

 ただ、俺の知る二人とはかけ離れた表情をしていて……言ってしまうと二人とも今にも消えてしまいそうなほどに暗い表情だったのだ。

 俺だけでなく、茉莉もフィアナもたまらず二人に声を掛けたのだが……二人は俺たちの声が聞こえてないと言わんばかりに無視をして歩いて行く。


「お、おい!」

「どうしたの!?」

「……待って!」


 フィアナが手を伸ばし絵夢の肩に触れようとしたが、まるで最初からそこに何もなかったかのように絵夢の体をすり抜けた。


「……は?」

「……すり抜けた?」

「……………」


 フィアナは自身の手をジッと見つめて唖然としており、俺と茉莉も口をあんぐりと開けるように驚いているのは言うまでもない。


「なあ二人とも、何か凄いことが起きているのは間違いなさそうだ」

「……だね」

「……こんなアニメとか漫画みたいなことがあるのぉ?」


 あってたまるかって感じだけど、既に催眠アプリが存在している時点である意味アニメとか漫画的展開が起きてるんだよな……とはいえ、こんな普通ではあり得ないことが起きたのに二人とも比較的落ち着いている。

 どうしてそんなに落ち着いているのかと聞くと、二人はニコッと俺を安心させてくれる微笑みで答えてくれた。


「相棒さんを通じて耐性は出来てるのかも」

「うんうん。それにちょっとこういうのワクワクするかもね♪」


 それはなんとも頼りがいのあることで、俺が二人の堂々とした姿に逆に勇気付けられそうになるぞ。

 二人の笑顔に元気を注入してもらい、改めて俺たちは歩き出す。

 先ほどの二人の言葉は別に虚勢というわけではないらしく、フィアナに至っては本当にこのあり得ない現象にワクワクしている様子だ……もちろん、しっかりと警戒心を働かせているあたりは流石だが。


「家に近づけば近づくほど暗雲が立ち込めるというか……暗くなってるな」

「……まるで、甲斐君を待っているみたい?」


 そんな丸分かりのイベントは御免被るんだけど……。

 俺の家が近づくにつれて暗くなっていく景色、そして今度は愛華とフィアナが向こうから歩いてきた。


「今度は私かぁ」

「つまり……触れないよね?」


 今度は茉莉が彼女たちに手を伸ばすも、当然のように手はすり抜けて行った。

 二度目ということでさっきのような驚きはなかったものの、やっぱり少しだけ気味悪さはある。

 通り過ぎて行った二人から視線を外し、俺たちはようやく家の前に辿り着く。

 玄関の前には二人の女性が立っており、当然のことながらその二人ともが俺にとっては知った顔だ。


「……ここで私?」

「それに都さんだね」


 玄関の前に居たのは茉莉と姉ちゃんだった。

 二人とも表情は暗く、姉ちゃんが突然茉莉に頭を下げ、涙を堪えるような声で喋り出した。


「本当にごめんなさい……ごめんなさい。私が謝ったところで、あなたからすれば怒りは収まらないと思うけれど……それでも謝らせて……ごめんなさい」

「……………」


 謝罪をする姉ちゃんに対し茉莉は無表情を貫いている。

 どこまでも無関心、けれどもその瞳には耐えがたい怒りと屈辱が合わさっているようにも見える。

 茉莉も姉ちゃんも決して俺が見たことのない表情をしており、そんな二人の表情を見て俺はまさかとある考えが浮かんだ。


「もしかしてここは……奴の居た世界?」

「甲斐君?」

「どうしたの?」


 奴の居た世界……つまり、あの夢で見た別の俺が生きた世界のことだ。

 教えてほしいと視線で訴えかけてくる二人に、俺は場所を移動して彼女たちに夢のことを伝えた。


「……つまり、ここは甲斐君が私たちに対して酷いことをした世界ってこと?」

「酷いこと……まあなんつうか、やることは同じなんだけど……俺みたいに茉莉たちと心を通わせることが出来なかった世界かな? 確証はないけど、今まで見てきた子たちの表情を見るとそうなのかなって」


 まあ俺自身も良く分かってはいない。

 そもそもどうしてこんなことになっているのか、何か意味があってこんな超常現象が起きているのか……スマホが光ったことで、俺は相棒が関係していると思ったけどどうもそうではないという気も今はしている。


「私たちが甲斐君に酷いことをされている世界かぁ……なんというか、想像出来ないんだよね」

「フィアナ?」


 顎に手を当ててずっと考えていた彼女は俺をジッと見た。

 さっきまでの光景と、俺の話を擦り合わせれば決して気持ちの良いものではなかったはず、それでも俺を見つめるフィアナは優しい目をしていた。


「だってさぁ、私たちは今の甲斐君しか知らないでしょ? 私たち全員に共通していることとして、甲斐君のことは全面的に信頼している……ううん、不安に思うことが何もないんだもん。だからこの世界の甲斐君のことを聞いても、正直想像出来ないしどうでも良いかなって感じかな」

「それは……」

「もちろん、この世界の私たちは酷い目に遭ったのかもしれない。冷たいかもしれないけど、どこまで行っても私たちには私たちの世界があるんだもん。別の世界のことまで気に掛ける必要はないと思う。私たちと出会ったのは目の前の甲斐君、それだけが私たちの真実だよ」


 そう言ってフィアナは近づいて俺の頬にキスをした。

 照れ臭そうにする彼女だけど、確かにその通りだなと俺も頷き……そして茉莉もチュッとリップ音を立てるようにフィアナと同じようにキスをしてきた。


「そうだね。私たちには私たちの世界がある……別の世界の誰かなんて関係ない、私たちには私たちの世界があるんだから」


 なんというか……本当に強い子たちだなって素直に思った。

 まだどうすれば良いのか分からないこの現状において、悩むことさえ無駄だと言われているかのような安心感に俺は二人を抱き寄せた。


「そうだな……確かにその通りだ。この世界で起きたことに思うことはあるけど、俺が大切にしたいと望むのは腕の中に居る君たちと、待ってくれている俺たちの世界の彼女たちなんだ」


 たとえ似た姿をしていたとしても、俺にとって大事な存在は分かり切っている。

 だからこそ、こんな光景を見せたところで悩みはしないし、無駄なんだと見せつけるように俺は茉莉とフィアナの唇にキスをした後、こう語りかけた。


「それで? 相棒じゃなくてお前なんだろ? 今更何の用だよクソッタレ」


 そう問いかけると目の前の空間が歪み、一人の男が姿を現す。

 その姿は正しく、夢で見た俺自身の姿をしていた。


「ふざけるな……なんでお前はそんなに人生上手く行ってんだ……こんなの不平等すぎるだろうが!! なんでお前はクソアプリに人生を破滅させられてねえんだ!!」

「……うわぁ」

「これ……甲斐君じゃないよ絶対に」


 目の前の存在は確かに別世界の俺だが、茉莉とフィアナは薄汚い者を見るかのような目をしており、俺に向けてくれていた視線とは全く違う。

 俺と奴に対する対応の違いに苦笑しつつ、俺は奴からの憎しみの視線を受けながら悠然と答えてやった。


「悪いな、彼女たちと薔薇色の人生を謳歌しちまってさ。ただ一つ言わせてもらっても良いか?」


 奴の言葉に一つだけ聞き逃せないものがあった。


「お前は破滅させられたんじゃない、自分から破滅したんだよ。勝手に相棒のせいにしてんじゃねえ……自分がアホなことをした事実を棚に上げて、俺の大事な相棒をそんな風に呼ぶんじゃねえよ」


 まあ、本当にただただボタンの掛け違えによってこうも運命が変わっただけだ。

 だから俺がこいつに対して説教をする資格もないだろうし、最初の内は同じことをやろうとしていたのだから同罪も同罪だろう。

 それでも茉莉やフィアナが言ってくれたように、俺と奴は違う。


「俺とお前は違う。同一人物ぶるの止めてもらって良いか? 良い迷惑だよ――そうだよな相棒」


 ピカッと、茉莉に持ってもらっていたスマホの画面が光ったような気がした。

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