奇跡か、或いは悪夢の入り口か

「……ふむ」

「どうしたんだよ姉ちゃん」


 部屋に入ってきて早々、姉ちゃんは俺をジッと見て頷いた。

 何の用だと思って俺は黙っていたけど、一人で納得されて何も言われないのは逆にかなり気になってしまう。

 姉ちゃんに負けずに俺もジッと見つめ返してみると、姉ちゃんは俺の頬を軽く叩いた……理不尽だ解せぬ。


「ジッと見てくるんじゃないわよ」

「……理不尽じゃね?」

「私みたいなちんちくりんの姉はこうやって威張った方が可愛いでしょ?」


 姉ちゃん……?

 一体何があったのかと俺は心配になってしまったが、姉ちゃんは別に深刻なことは何もないと言って俺のベッドに腰を下ろす。

 思わず相棒の力を使って何か溜め込んでないか聞き出そうと思ったほどだが、本当にただのジョークだったらしい。


「ねえ甲斐、隣に来なさいよ」

「あいよ」


 本当にどうしたんだろうか、そう思いながら姉ちゃんの隣に座る。

 すると姉ちゃんは俺の腕を抱くようにして抱き着いた。それこそいつも茉莉たちがするように……残念ながら柔らかな感触は一切感じれないが、それでも抱き着かれているという温もりは感じた。


「……真冬も言っていたけど、なんというか大きくなったわねアンタ」

「どういうことさ

「頼りになる男になったってこと。まあ真冬もそうだし、茉莉ちゃんたちがアンタの元に集まる時点で分かっていることだけど」


 姉ちゃんは俺の腕を離し、今度は胸に飛び込んできた。


「……ふ~んなるほどなるほど。これにあの子たちは安心するのねぇ」


 胸元でスリスリと頬を擦り付けて来る姉ちゃんの姿は愛らしいのだが、流石にこんなことをされたからといって姉ちゃんに欲情とか、邪な気持ちを抱くことは一切なかった……まあ当然だけども。


「今日の姉ちゃんはなんか可愛いな」

「いつだって可愛いでしょうが」


 そうだね可愛いね、そう言うと心が込められていないと一発殴られた……解せぬ。

 とはいえ頼りになる男になったと、そう言われて嫌な気はしないし俺としても自意識過剰になるわけではないが己に起きた変化は良く分かっている。


(これも全部、茉莉たちと過ごし大切だと思うようになったからこそ……今よりも立派になって彼女たちが俺を好きになって良かったと言えるような男になりたい、そんな気持ちが強いからだ)


「ふふっ、自分の弟がこんな風に立派になってるのは嬉しいわね」

「まだだよ」

「え?」

「まだ俺は立派になるよ。絶対に」

「……そう、頑張りなさい」


 そう言ってよしよしと俺の頭を撫でてくれた。

 今日は姉ちゃんの可愛い姿もそうだし、頼りになる姿も一気に見る日だなと考えながら、俺は姉ちゃんが今傍に居るからこそ言いたいことがあった。


「……なあ姉ちゃん」

「なあに?」

「俺さ……大切な人がいっぱい出来た」

「うん。そうね」


 姉ちゃんが俺の現状を知っているからこそ言えることでもある。

 俺はジッと見つめてくる姉ちゃんの視線を感じながら言葉を続けた。


「七人も大切な人たちに囲まれて……今でも十分に幸せなのに、この先もずっとその幸せが続くと思うとどうにかなりそうなくらいに幸せなんだ」

「うん」

「けど……やっぱり世間的には難しいことってのも分かってる。もちろんそれが理由で俺たちが離れることはないとは思うんだけど」


 姉ちゃんは真剣に聞いてくれていた。

 この悩みに関してはどれだけ気にしないように心掛けたとしても、いつでも見ているぞと言わんばかりに顔を見せてくる問題だった。

 一夫一妻というのが当たり前の日本において、七人もの女性と過ごそうと考える俺は異端だろう……仮に結婚という形を取らないにしても、その部分に関して俺や彼女たちの親にどう説明していくかが本当に大変そうだ。


「確かに難しいことよね。私も何か良い答えが出せれば良いんだけど、生憎と甲斐が満足出来るような答えは持っていないわ」

「……そりゃそうだろうなぁ。こんなの、姉ちゃん以外の人でもきっと同じだと思うからさ」


 だからこそ、これから俺たちに付いて回る課題の一つであり、どうにか乗り越えなくてはならない壁だ。

 答えは出ずとも怖気づくことはなく、未来を見据える俺の目を見て姉ちゃんはクスッと笑った。


「何よ、別に答えが出なくても気にしないって顔じゃないの」

「気にしないわけじゃないけど」

「分かってる……でもそうね、仮に他の人にどう言われたとしても私はあなたの味方であることだけは言っておくわ」

「最初からそう思ってる!」

「……やれやれ、本当にお姉ちゃんっ子なんだから」


 それはお姉ちゃんっ子と関係あるのか……?

 姉ちゃんは満足したように部屋に戻ると言って立ち上がったが、扉を開ける寸前にこんな言葉を残した。


「もしもいきなり、一夫多妻制とかそんな世界になったら楽なのにねぇ」

「それは……流石に非現実的すぎるだろ」

「まあねぇ♪ それじゃあ甲斐、おやすみなさい」

「おやすみ」


 手を振って姉ちゃんは部屋を出て行った。

 姉ちゃんが居なくなったことで、俺は何もすることがなくなりスマホを手にベッドに横になる。


「一夫多妻ねぇ……外国だとあるみたいだけど、確かにそれに似た何かがあると楽そうなんだけど、かといってやっぱり後に退くわけにはいかねえよ」


 郷に入っては郷に従え……確かに彼女たちのことを考えるのなら、俺が一番最初に答えを出した方が良いに決まっている。

 でも俺は既にこの選択をして、そんな俺に彼女たちも付いてきてくれた。

 今更それを無しにして彼女たちと距離を置こうものなら、姉ちゃんだけでなくどっかの誰かさんにも何やってんだって言われそうだ。


「どっかの誰かって誰だよ」


 そんなツッコミをしながら苦笑しつつ、俺は眠りに就いた。


▼▽


「へぇ、そんな話をしてたんだぁ」

「都さんも本当に色々と考えてくれるよね」


 早速、姉ちゃんとした話について放課後に共有していた。

 傍に居るのは茉莉とフィアナなのだが、本来は茉莉と過ごす予定だったのだがフィアナが後から加わった。

 茉莉が少しフィアナとお話したいと言って彼女を誘ったら、光の速度で返事が返ってきて彼女が合流したのである。


「ちなみにぃ、うちの両親はたぶん大丈夫だと思うなぁ」

「そうなの?」

「うん。最近、いつも食卓で甲斐君の話をしてるんだけどねぇ? 私をこんな風にしてくれた甲斐君にうちの両親は凄く感謝してるからぁ」


 ちなみに、今のところこんな風に詳細は知らずとも俺のことを良い感じに受け止めてくれているのは才華とフィアナ、那由さんのご家族になる。

 そうでないからといって悪く受け止められているわけではないが……まあ知らない部分もあるので本当にこの先は俺もたくさん頑張らないといけないわけだ。


「こうなってくると、ずっと高校生で居たい……なんて感じもするね」

「私は嫌かなぁ。確かにそれは楽と言えば楽だけど、甲斐君とずっと高校が違うのは嫌だよぉ」


 フィアナが俺の腕を抱きしめながらそう言い、茉莉もそれは確かに嫌だねと強く頷いていた。


「そういえば今週だねみんなで集まるの」

「そうだな。なんつうか……変に緊張してるわ」

「みんなもう文面上のやり取りはしてるけど、確かに私も緊張するかな」


 以前より予定していた全員での集まり、場所は那由さんの家から変わらないけど全員一泊する形なので、俺としても彼女たちとしても初めて全員で一夜を明かすことになるわけだ。

 もちろんこの集まりが決まった段階での約束事があるのだが、その日は誰もエッチなことをしないという約束がされた。


(そりゃそうだ……流石に七人も相手したら俺が死んじまうって。三人が限界だぞ流石に)


 誰とそういうことをするか限定したとしても、それはそれで不公平感があるからとのことでこの約束をしたわけだ。


「なあ二人とも」

「なに?」

「どうしたのぉ?」


 とはいえ……昨日姉ちゃんとそういう話をしたからなのか、彼女たちが傍に居ると本当に幸せと共に伝えたいことが溢れて止まらなくなる。

 俺は二人を両手で抱きしめるようにしながらこう口にするのだった。


「茉莉、フィアナも絶対に離さないからな。これから先もずっと、ずっと一緒だ」


 そう伝えると二人は笑顔で頷いてくれた。

 この笑顔があるからこそ、俺は頑張れる気がする……いや、確実に彼女たちの子の表情が俺の努力の原動力になっていることは明白だ。

 この温もりと繋がりを手放すことはしないと……そう俺が改めて決意したその瞬間だった。


「甲斐君? なんかポケットが光ってるけど」

「え?」


 茉莉にそう言われてポケットに目を向けると確かに光っていた。

 そこにはスマホしか入っていないのだが……俺がスマホを手に取ると、画面が明るくなり更に光が強くなった。


「なんだ!?」

「甲斐君!」

「っ……なんなの!?」


 突然のことに二人がギュッと抱き着いてくる。

 一体これは何だと驚く中、俺は決して触れている二人の存在が片時も離れないようにと意識を集中させ続け……そして光は止み、俺たちは不思議な体験をすることとなる。

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