恥ずかしい誘いと好奇心

(……やっべえ、死ぬほど眠てえ)


 昼過ぎ一発目の授業中なんだが、早くも俺は襲い掛かって来る眠気にダウン寸前だった。

 最近はこんなことがなかっただけに、俺は自分の頬を抓りながら眠気を無理やりにでも抑え込み授業に集中する。


「それじゃあここを真崎、解いてみなさい」

「っ……はい」


 突然名前を呼ばれてビックリしたが、今に関してはありがたかった。

 先生に呼ばれたことですっかり眠気も吹き飛んでしまい、俺はスッキリした頭で黒板の前に立って問題を解いた。


「正解だ。戻りなさい」

「うっす」


 そこまで難しい問題ではなかったものの、ちゃんと予習などをしていなかったら分からなかったかもしれない。

 これもある意味、将来に向けて勉強を頑張っている成果かもしれない。

 席に戻ろうとした時、茉莉と目が合うと彼女はニコッと微笑んでくれた。


(……良いねぇ)


 授業中に問題が解けたとしても喜んでくれる人は精々が先生くらいだが、こうして大切な女の子が笑顔という形で労ってくれるのは嬉しいものだ。

 その後は眠気に悩まされることなく時間は過ぎていき、放課後になったことで俺は絵夢と一緒に下校していた。


「私、ちょっとドキドキしています」

「そうだなぁ……つうか俺もまさかこんな機会があるとは思わなかったよ」


 元々今日は絵夢との時間を作る約束をしていたので一緒に居るわけだけど、今日これから向かおうとしているのは絵夢御用達の玩具ショップ……そう、以前に俺が催眠状態の絵夢と一緒に向かったあの店だ。


『そう言えばあのショップでのことも覚えてるんだよな?』

『お恥ずかしながら……バッチリ覚えてますね』

『……催眠とか無しでも一緒に行ったりする?』


 それはただの好奇心からの言葉だった。

 絵夢は確かにドMということでそういった類の玩具を大量に所持しているし、絵夢が持っている玩具を俺も彼女に対して使うのでどういったものかも熟知している。

 だからというわけではないが……まあこんな提案をしたところできっと恥ずかしがって有耶無耶にされるだろうなと思っての発言だった――その結果、せっかくだから一緒に行きましょうと絵夢に言われてしまったわけだ。


「改めて聞かせてもらっても良いですか?」

「なんだ?」

「その……先輩が私に初めて催眠を掛けた時、そんなに驚きましたか?」

「そりゃ驚いたよ」


 何なら怖くなって帰ったぐらいだしな……。

 現在の二年生の中で一番の美少女と呼ばれ、清楚な見た目でクールな印象を抱かせる絵夢がまさかのドМとは誰も思わないし、学校でノーパンだったというのも興奮するか引くかのどっちかだ。


「まさかこんな子がそんな趣味を持ってるなんて……って俺だけじゃなくても誰だってそう言う。茉莉たちだってビックリしただろ最初は」

「確かに……」


 まあでも俺からすれば最高にエッチだから最高の趣味だと思う。


「俺自身も気を付けないといけないこと多いんだぞ?」

「え?」

「体をイジメて喜ぶ絵夢を見てると……こう、俺もちょっと気分が乗ってきてハイになりそうなのを抑えてるんだ。もっとイジメたい、もっと滅茶苦茶にしたいって思うけど我慢してるんだから」

「もっとイジメたい……もっと滅茶苦茶に……っ!」


 目を瞑って体を震わせたその理由は聞かないでおこう……。

 道のど真ん中で何を話してるんだとお互いに苦笑し、俺たちは目当ての店に歩いて向かう。


「先輩、別に良いんですからね? それこそ私が気絶した後もお構いなく♪」

「っ……変態が」

「いやん♪」


 俺はそこまで鬼畜なつもりはない……でも、一度だけあった。

 気絶した後もビクンと体が震えるのはなんというか……新たな世界を抉じ開けそうになってしまう。

 話の内容はちょっとマズイものだが、それでも二人でイチャイチャしながら歩いていると見覚えのある背中を絵夢が見つけた。


「あ、あれって愛華さんじゃないですか?」

「うん? あぁほんとだな」


 俺たちの前を歩いているのは愛華だった。

 どうやら今日はフィアナは傍に居ないらしく、学校帰りの彼女は真っ直ぐに家の方向に向かって歩いている。


「もう帰るんですかね」

「だろうな――」


 そう絵夢と言葉を交わした瞬間、愛華は何かに気付いたように立ち止まってこちらに顔を向けてきた。

 別に声を掛けたわけでもないのに振り向いた愛華に俺と絵夢はビックリしたが、愛華はぱあっと笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。


「甲斐君! 絵夢さんも!」

「よ、よお愛華」

「こんにちは愛華さん」


 さて、こうして愛華が合流したわけだが……流石に純粋な彼女を付き合わせるわけにもいかない。

 ということで色々と策を弄した結果、あのショップの前に俺たちは居た。


「……これが例のお店なのね」

「……………」


 あんな風に駆け寄ってきてくれた彼女を誤魔化すのは無理だし、何よりこうして出会えた時にそのまま別れるのも愛華が寂しそうだった……それで素直に絵夢が説明をしたのだが、このお嬢様……かなりノリノリで付いてきたいと言った。


「それでは行きますよ~」


 絵夢が先頭で店に入り、俺と愛華も続く形で中に入った。

 俺としては以前にここに来たこともあって心の余裕はあったものの、愛華に関してはこういう場所は当然初めてなので顔が赤いままだった。


「こ、こんなのがあるのね……」

「それかなり凄いですよ。でも手入れが大変なんですよねぼこぼこしてるので」

「なるほど……」


 何だろうな……女の子がそういうことをしている絵面よりも、こうやって慣れている女の子が実際に物を手に説明する絵面の方が何倍もエッチなんだが。

 しかも二人とも清楚なイメージが先立つ見た目なので、それも相まっていけないことを覚えようとしているお嬢様にしか見えない。


(……このシチュエーション、那由さんに提供しようかな)


 今目の前で二人がこんなことをしているんですがと那由さんにメッセージを送るとすぐに返事が返ってきた。


『なんだそのインスピレーションを掻き立たせる一幕は!! いいね……それ次の漫画に使わせてもらおう!!』


 よし、ならそれを俺も読ませてもらおうかな!

 そんな風に那由さんとやり取りをしていると、一つの玩具を手に愛華が近づいてきた。


「ねえねえ甲斐君。こんなのがあるのね……」

「……すげえなこれ」


 それはまるでトウモロコシのような出で立ちの玩具だった。

 引っ掛かり具合などが抜群らしく、絵夢は持っていないが玩具ソムリエとしての彼女が言うにはこれもかなり良いアイテムなんだと教えられたらしい。


「買うの?」

「買わないわよ流石に!」

「……だよなぁ」

「でも……意外とこういうのを見るのは楽しいわね。なんというか、社会勉強ってわけじゃないけれど、自分の知らないことを知れるのはやっぱり良いモノだわ」

「……それはまあ確かに」


 それは以前に俺が抱いた感想と全く同じだ。

 結局、愛華は何も買わなかったが絵夢は三つほど玩具を買って満足した様子で俺の隣を歩いている。


「本当に良いの?」

「はい! 是非いらしてください!」


 その後、愛華も絵夢の家に訪れることに。

 思えばこうして絵夢の家に愛華が来るのは初めてで、なんならこの二人という組み合わせも更に珍しい。


「私、こうやって年下の子の家に来るのは初めてだわ」

「そうだったんですね。大した持て成しは出来ませんけど、先輩も居ますからたっぷり甘えましょうか!」

「そうね!」


 ということで、二人に甘えられることになった。

 甘えられるといっても、結局俺にとってもご褒美みたいなものでもあるので、俺自身も彼女たちの体に手を這わしてその感触を楽しむ。


「……ふわぁ」


 ただ……そうこうしているととてつもなく眠たくなってきた。

 どうやら授業の時の眠気がここでやってきたらしく、彼女たちの前だからなんとか頑張ろうと踏み止まる。


「眠いんですか?」

「勉強とか、色々頑張り過ぎなんじゃない?」


 かもしれないなと呟くと、愛華が膝をポンポンと叩いた。

 どうやら膝枕をしてあげるという合図らしく、絵夢も少しだけ眠ってくださいと提案してきたので、俺はその言葉に甘えるように愛華の膝に頭を置いた。


「ふふっ、先輩が起きるまで愛華さんにプレゼンしますね♪」

「それは……甲斐君、出来るだけ早く目を覚ましてね?」

「……おう」


 それはそれで是非見てみたい光景なんだが……しかし、俺は我慢できずにすぐに眠ってしまうのだった。


 そして、妙な夢を見ることになる。


「……これは?」


 目の前に広がる景色、そこには一人の男性が居た。

 その男性は机の上に置かれたスマホのような端末を見つめながら呟く。


「使う人の心次第だが……誰かの助けになることを願う。そうすればきっと、これが生まれたことに意味がある証だろうから」


 彼が何を言っているのか良く分からない。

 だが俺は、そんな彼よりも端末の方に目が行ったのだ。


「願わくば……優しい心の持ち主に渡ることを。そして、これが満足して機能を停止することを祈ろう」


 その言葉に端末は起動する。

 その画面を俺は何度も見たことがあった。


「……相棒?」

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